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虐めっ子と虐められっ子

 学校は街中にあった。煉瓦造りの二階建てで裏には小さいながらも運動場グラウンドがある。さほど大きいわけではない。この時代、学校そのものに通える子どもがすくなかった。そして学ぶことじたいがまだまだ重要でなく需要もすくなかった。

 その日の糧を得、寝起きすることのほうが大事だったのだ。


『おいおいおい、いったいなんの真似だ?』

 校舎の裏側、運動場グラウンドの片隅で、一人の生徒を何名もの生徒が取り囲んでいた。そこへ割って入った者がいた。

『イタ公の息子がなめた口きくんじゃない』生徒たちのリーダー格が凄味をきかせた。

『いやですっ!どうしていつも虐めるのです?』『『どうしていつも虐めるのです?』だってよ』集団のなかの一人が叫んだ。

 いわゆる虐め、だ。この学校には七、八歳から十七、八歳位までの年齢の生徒が通っている。そのほとんどが男子で無論経済的に余裕のある家庭の子どもたちばかりだ。

 弁護士ロイヤーの子がこの虐め集団のリーダーである。ほかには医師、政治家、商人、と経済的には裕福で地位や名誉ある父をもつ、いわゆる甘やかされて育てられたお坊ちゃまばかり。ゆえに性質たちが悪かった。

 虐めの対象は多岐に及び、その方法や期間はさらに多種多様だ。最近は人種差別に凝っていた。虐めっ子のほとんどが英吉利イギリス仏蘭西フランス独逸ドイツからの移民を祖にもち、それ以外の国は劣っているあるいは最下層ときめつけていた。最近、西のゴールド・ラッシュで成功し一攫千金を当てた東の国の民が移住してきてこの街に住み着いた。その子が入学してきた。子は戸惑っていた。英語もろくに話せぬまま一種の象徴ステイタスの一つである学校なるものに放りこまれた。清の国からやってきた親をもつその子は、体躯も態度もでかいアメリカ人たちに囲まれ、暴力を振るわれたり金を巻き上げられたりしながらも必死に耐えるしかなかった。先生や親にいえば、さらなる暴力が待っているだけだからだ。

 

 この日は様子が違った。自分と同じ位の年齢に体躯の子が止めに入ってくれたのだ。

 ヴィトだった。ヴィトはこの年長の生徒たちの虐めの対象にはなったことはない。ほかの生徒同様言葉と拳の暴力を振るわれることはあっても、徹底的にやられることはなかった。おそらくはヴィトの祖父グランパのお陰だろう。だが、ヴィトはいつも震えていた。怖かった。暴力を振るわれることが。そして虐められている者をみることが。

『イタ公、すっこんでろ。どうした、いつもだったら校舎の陰に隠れてみてるだけの弱虫が?ははん、用心棒どもが控えてるのか?勘違いするなよ、イタ公っ』

 いじめっこどものリーダー格の少年は背も高くがっしりとしている。少年はヴィトの胸倉をむんずと掴むとそのまま宙へと浮かせた。

『おまえの祖父がどれだけおれの親父に助けてもらってるかわかってるのか、えっ?用心棒どもがおれにかすり傷一つでも負わせてみろ、おまえの祖父は即座に牢屋ゆきだっ』

 いうなり放り投げた。グランドの土の上に放り投げられ、ヴィトはともすればでてきそうな涙を必死に押しとどめた。

『おーいヴィトーっ!』『へー、学校ってこんなのか』『思ってたより大きくないな』

 そのタイミングに現れたのが若い方のヤング「三馬鹿」と幼子だ。

『ヴィト兄、どうしたの?大丈夫?』

 いまだ地に転がったままのヴィトに幼子は市村の肩上から飛び降り近寄った。

 その間に若い方のヤング「三馬鹿」は冷静に状況を観察し推測する。

『おいおい、また黄色い大陸の猿どもが現れたぞ。これがイタ公の新しい用心棒か?』

 リーダー格の少年がいうと、その取り巻きたちはいっせいに大笑いした。

 少年たちとは同年齢くらいだろうか?市村、田村、玉置は反応しなかった。

『こいつらも難しい英語はわからんらしいぞ?こんにちはハローありがとうセンキューさようならグッバイ、だけか?』

 取り巻きの一人が叫ぶとさらなる笑いが起こった。

大丈夫メイ・ファン・シィ?』語学の得意な玉置は「The lucky money(幸運の金)」号の清国人乗組員から清国語の基礎を学んでいた。虐められていた清国人生徒は、やさしくかけられた問いが馴染みある言語だったので安心したようだ。両のに涙を溜めながらも頷いた。

『ヴィト、見直したぜ』『ああ、おとこだ』田村がヴィトを助け起こしてやり制服についた土埃を払ってやっている間中、田村も市村もヴィト少年を褒め称えつづけた。

『ではいこうか。迎えにきたんだぜ、ヴィト』

 市村は片掌でヴィトの掌を引き、もう片方の掌で清国人の生徒の肩を抱き、それぞれ促したところで虐めっ子たちがそのゆく手を阻んだ。

『おいおい、逃げるのか?』虐めっ子たちのほうが体躯ははるかに立派だ。縦にも横にも。いまも市村ら三人を見下ろして恫喝していた。

「相手にするな。いつもいわれてるだろう?相手は素人だ」

「へー、てっちゃんが?めずらしい。雨でも降るんじゃない?」

「ほんとほんと、いつもだったら一番に殴り飛ばしてるよね?」

 玉置と田村の言はもっともだ。まっすぐで気の短い市村がこういう場で取る行動は一つしかなかった。驚くのも無理はない。

「ちぇっ、おれだって成長するさ」市村は舌打ちした。その根底にあいつから学んだことがあることはいわないでおいた。

 そのとき、そのあいつの生まれかわりたる幼子の怯えた泣き声が耳朶に入ってきた。

 虐めっ子たちの何人かが幼子を取り囲んで足蹴にしており、幼子は普通のそれがとるであろう泣くという行為を演じているのだ。

『ぴーぴーとやかましい餓鬼ベイビイだ。どけっ、だまらせてやる』

 市村が止めるよりもはやく、リーダー格の少年が幼子を力いっぱい蹴りつけた。

 刹那、小さな乾いた音がし、その後わずかに静寂が訪れた。

 若い方のヤング「三馬鹿」は驚いた。幼子は受身を取って打撃を最小限にするだろうと思っていた。だが、幼子はもろにとまではゆかずともそのほとんどの打撃力を小さな体躯で受け止めたのだ。

 その結果、右掌の中指が折れ、歯が一本折れた。

 生活するにも鍛錬するにも不自由のない箇所をわざと・・・折らせたのだ。


 市村の両の拳が固く握り締められた。もう我慢がならなかった。それでなくともなけなしの忍耐力だった。ここまで我慢した。これなら副長にも師匠にも頭ごなしに叱られることはないだろう。否、そのようなことはどうでもいい。大切な弟分を傷つけた連中を許すわけにはいかない。しかもいわれのない理由わけでだ。

 ふと、幼子が相貌を覆った掌の下からこちらをみている視線があった。市村ははっとした。まさしくあいつだった。すくなくともあいつのように感じられた。

 あいつの行動のすべてに意図があった。いまも意図してやっていることだ。身を挺してのその策を自身の感情で潰すわけにはいかぬ。

 市村は止めていた息を一気に吐きだし軽く深呼吸してから体躯の力を抜いた。同時に幼子の甲高い泣き声がさらに大きくなった。

『いったいどうした?何事だ?』

『なにをしている?』

 このころになってやっと騒ぎに気がついた学校関係者が駆けつけてきた。

『くそっ!』『いくぞっ』無論、加害者・・・たちはわれさきに散ってしまう。


 市村は、グランドの向こうから副長、八郎兄、魁兄さんと丞兄が並び立ちじっとこちらを伺っていることにこのときはじめて気がついたのだった。

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