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軍神(いくさがみ)の伝説

「副長には生まれついての将の才気があります。戦国時代なら信長や秀吉、家康と凌ぎを削ったかもしれない。が、それはあくまでも惚れたおとこの傍でその才を縦横に発揮するだけで満足なのです。けっしてみずからが頂点に立とうとしない。あくまでも副に徹することを望まれている。ああみえて存外控えめなんですね。そして、それ以上に将としての才があるのが坊のほうだ。いまとなっては頷けますが、その才はうちなるものやその格とは関係ないのかもしれません。彼にはさらに将の才があった。否、まさしく軍神いくさがみそのものだ。事実、蝦夷では多くの敵味方が彼を軍神いくさがみと思っていました。が、彼もまた控えめで主や仲間の陰で働くことに喜びをみいだす性質たちだった。新八さん、蝦夷での戦、副長が大将軍になって陣頭に立ち坊がその脇にいさえすれば、勝てたどころかあの二人が日の本を掌握できたはずだ。まぁそれがうちなるものの人間ひとへの制裁かなにかで、多くの血と骸が必要だったのでしょう」

 伊庭は皮肉な笑みを浮かべた。永倉は感慨深げに頷いた。

 そのとおりだと思った。

「伝習隊の大鳥おおとりさんはご存知ですか?」唐突にきりだされ、永倉ははっとした。小柄で人懐こい笑みを浮かべていた旧幕府の士官が即座に脳裏に浮かんだ。

 

 大鳥圭介おおとりけいすけは播州赤穂の産で幕臣の一人だ。父親が医師でその影響で蘭学や西洋医学を学んだ。ジョン万次郎こと中浜万次郎なかはままんじろうに英語を学ぶ。西洋式兵学に工学等にも興味を持ちそれらも学んだ。大鳥活字と呼ばれる日本で初の合金製活版を作り本を出版したこともある。幕臣の勝の知遇を得幕臣となってからは順調にエリートの道を歩み士官教育を受けた後に伝習隊を率いて蝦夷へと転戦、敗戦後に謹慎処分となる。その後、それが解かれると明治政府で日の本の為に尽力することとなる。

 いつも笑顔を絶やさず、性質たちはあけっぴろげで明るい。人望はあるがあいにく将としての才能は皆無だった。用兵学や兵法を学んではいるものの使う術を心得ていない。だが、前向きであっけらかんとした性質たちは多くの将兵に好意的だった。「一生懸命に努力して頑張っている」姿勢は、だれをしてもこのおとこを助けてやらねば、という印象と信念を与えるに充分だった。

 その大鳥の小姓で高田たかだという者がいた。旗本の三男坊で剣槍術より語学や兵法を学ぶことを好んだ。大鳥の小姓となってからは、大鳥の人柄にすっかり魅せられ、敗戦つづきの過酷な状況下にあっても蝦夷までしっかりとその役割と責とを果たしつづけた。

 その高田は蝦夷とそこに住むアイヌの民に興味をもった。戦も終盤近くになり、伊庭が重症を負って坊の力で九死に一生を得た際、伊庭と田村と一緒にアイヌの村にゆくことを望んだ。

 現在いまもそこで過ごしているだろう。将来、高田は大鳥の許に戻って蝦夷やアイヌの為にできうるかぎり尽力することになるだろう。


 伊庭はアイヌの村で過ごした際、高田から坊の力や将としての才を仲間でない視点からきかされた。

 それを永倉に披露したかったのだ。

「大鳥さんは、副長の上官に当たる陸軍奉行という地位にありました。ですが実際のところ、陸軍を束ねていたのは副長でした。そして坊もです。そういうわけで、だからこそ副長は死なねばならなかった。まぁそれは置いておくとして、大鳥さんの用兵の拙さといったらもう驚くばかりのものです。だが、どこか憎めない。偉ぶったところはまったくなく左右の言に素直。ある意味では副長以上に資質があったのです、部下を惹きつける魅力が。彼は騎馬を操るのにたいして長けているわけでもないのに、「白い稲妻ホワイト・サンダー」と名づけた白馬に跨り陣頭にありました。それこそ金覆輪の鞍を置いたような派手な姿形なりです」

「知っている」永倉もその騎馬を覚えていた。その軍装束も。あまりにも派手だったので忘れられなかったのだ。「ありゃ、ある意味衝撃的だった」そしてくくくっと笑った。

「全戦全敗。副長と坊がかかわらなかった大鳥さんの戦績です。常勝将軍と軍神いくさがみが補佐しないともはやどうにもならない戦下手、というわけです」伊庭も喉の奥から笑った。「大鳥さんを敬愛する高田さんたちは、それでもずっと一緒だった。二本松で大鳥さん率いる伝習隊が敵軍のなかに取り残された。新撰組もその近くにいたが、もはや数でも装備でもどうしようもできなかった。そのとき、空に一羽の鷹が現れた」「朱雀だ!」永倉は空になった葡萄酒ワインの壜を打ち振りつつ叫んだ。「おれたちの隊士だっ!」興奮しているのは伊庭の戦話によるものだ。

「そうです。そして朱雀あるところに・・・」伊庭がにやりと笑うと永倉もにんまりと葡萄酒ワインで真っ赤になった相貌に不敵な笑みを浮かべた。「あいつだ。おれたちの軍神いくさがみっ!」

そのとおりイグザクトリー。坊は敵から貸してもらった・・・・・・・ミニエー銃と朱雀を使い、まず丘の上から敵の将の赤熊しゃぐまの冠物をその頭から弾き飛ばした。それから、辰巳が狩りをするぞと敵軍にばらまき混乱させた。そのとき、一発の砲声が響き周囲の山そのものが鳴動した。まるで大軍が押し寄せるかのようにです。敵軍は戦わずして敗走しました。なんだと思います?後方で控えていた敵の砲撃隊から奪った大砲をその地に棲まう猿たちに撃たせ、さも大軍が迫っているかのように木々を揺らさせたのです」「すげえソー・エクサイティングっ!」永倉は膝を叩いて喜んだ。

「蝦夷でもやはり敵軍に追い詰められた大鳥さんたちの前に朱雀と坊が現れました。そのとき、大鳥さんたちはまるで軍記物か巷談のように崖の上に追い詰められたそうです。大鳥さんだけは例の「白い稲妻ホワイト・サンダー」に跨り、高田さんら側近は徒歩かちです。ちなみに、その前の戦で大鳥さんは陣頭にあって馬上で「漢詩」なるものを優雅に詠んでから負けています」伊庭も永倉も腹を抱えて笑った。

「崖上に現れた坊は、育ての親つまり狼神ホロケウカムイとその五頭の子らを連れていた。坊は「白い稲妻ホワイト・サンダー」に大鳥さんと騎乗し、高田さんらは白き狼たちに跨った。狼神ホロケウカムイの遠吠えが蝦夷の山々に響き渡ったかと思うと、なんと白馬と白き狼たちの群れが崖を駆け下りたのです。半町(約50m)近くある崖上からですよ?高田さん、生涯であれほど興奮に満ちたソー・エキサイティングことはなかったそうです。平家物語の「一の谷の逆落とし」を再現してのけたのです」

 永倉は夜の空をみあげ瞼を閉じた。するとなにゆえかそのときの光景がくっきりと浮かんだ。さぞ爽快だったろう。そして、それをみた敵軍はさぞ驚異的だったろう。

 京の「鳥羽・伏見の戦い」でも坊は借りた強弓と朱雀を使って桃山城から撃ってくる大砲二つを破壊した。「壇ノ浦の戦い」での那須与一なすのよいちを再現してのけたのだ。


「ありがとよ、八郎。なんか気分がすっきりした。根本的な問題は解消されてねぇし、副長のこともあるがそれでもおれたちにとっては一つの区切りがついた。決着けじめをつけることができた。前に進まねばな」

 ぱんと力いっぱい肩を叩かれ、伊庭が悲鳴をあげた。伊庭は「馬鹿力ーっ!」と同い年の藤堂の真似をしてみせる。

 永倉と伊庭の含み笑いが夜のしじまに流れていった。

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