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政治家(ポリティシャン)と鬼の副長

『Mr.ハミルトン、ハチロウはわたしの患者でね、戦闘で傷ついた自分の手首をカタナで斬り落としたんだ。それでこの国へきて義手を得、その後の訓練リハビリで日常生活どころかまたカタナを遣えるまでになった』

 Dr.グリズリーは伊庭にすっかり惚れ込んだようだ。いまではすっかりハチロウ、ハチロウと呼んで友達づきあいしている。

 食事をつづけながらそんな話もきかされ、フィッシュはそのどれにも興味を示した。

 政治家ポリティシャンは話し上手なだけでなくきき上手でもあらねばならない。

『伝説の「竜騎士ナイトオブドラゴン」は知っているでしょう、フィッシュ?トシは彼の叔父なんだ』

本当かねリアリーそいつはすごいグレイト!知っているとも、欧州の英雄だ。その噂をきいたのは南北戦争中だった。アメリカここにもきてくれないかと軍関係者はいっていたものだが、ふふっ、アメリカここにきたとて北軍われわれに味方するとはかぎらぬのにな、と密かに笑っていたものだよ』フィッシュは笑ってしばし沈黙した。いわゆる一種の内戦ともいえるかの戦のことを思いだしているのだろう。

『Mr.ハミルトン』土方がきりだした。いま一つ問いたいことがあったのだ。

『その南北戦争が終わり、この国もまた新しい世に向けて前進をつづけているようですが、日の本われわれとは違い、あなた方の多くが欧州から移ってきた民だときいています。この国に元からいる民はこれからどうなるのでしょうか?』

 じつは仲間のうちにスー族の戦士が二人いる、と補足説明した。

『残念ながらわたしはそちらのことは政権の中でも蚊帳の外に置かれているのだが、すくなくとも彼らの将来みらいは明るくなさそうだ。彼らはわれわれを受け入れない。いや、違うな。われわれが彼らを受け入れずに排除しようとしている』

 国務長官はナプキンで口元を拭ってから窓のほうへと視線を移した。短い吐息が漏れた。

『黒人に会ったことは?』視線を三人の武士サムライに戻すと問うた。

『ここへくるまでの船の乗務員にいました。気さくでいいおとこでしたが』

 Dr.グリズリーが義弟のニックとその仕事と黒人はその船で他の白人同様に働いている乗組員だと説明して土方の答えの補足フォローをした。

『そうか。ならば奴隷のことは知らないだろうな。われわれのそう遠くない祖先は、欧州から移る際に阿弗利加アフリカなどから黒い肌をもつ人種を奴隷として連れてきたのだ。彼らに自由はなく、主人の為に重労働させられる。はした金で売買され一生を鎖につながれたままで過ごすのだ。先の戦争ではその奴隷を必要とする南軍とそれを必要としない北軍われわれとの戦いだった。その是非もまた戦いの要因の一つだ。そして北軍われわれは勝ち奴隷制度はなくなった。だが、それはあくまでも表向きのことだけだ。人身売買こそ公にはされず黒人はさまざまな権利と自由を与えられた。しかし、それらを急に与えられ、はたして彼らは自立してやっていけるのか?白人われわれはそんな彼らを対等に扱いやっていけるのか?答えはどちらもできないノーだ。彼らは自立できず、白人われわれは人種差別という形で彼らをみ下しこき使う。つまり、ほとんどなにもかわっていない。スー族を含めた先住民インディアンたちにも同じことがいえる。受け継がれてきた地と智慧があるだけこちらのほうがむしろ厄介だろう。黒人は隷属という立場で泣き寝入りするが彼らは抵抗する姿勢で戦いつづけるだろう。この国が抱える問題はいずれも重くまた難しいのだ』

 土方も山崎も伊庭も驚いた。黒人についての知識がなかったからだ。そしてこの国の闇についても。

 きいたばかりの話しを頭の中でまとめるには時間ときがないし情報もすくなすぎた。それでも三人はそれなりに理解した。

 この面子はもともと頭の回転が速く柔軟に物事を理解できる。


『使節団が去ったらきみらはどうするのかね?』

 デザートも終わりコーヒーを呑みながらフィッシュが尋ねた。フィッシュは紅茶ティーより珈琲カフェ派だが、いつもはアメリカ仕様の薄いものを呑んでいる。本場イタリアの珈琲カフェはエスプレッソが主流だ。濃すぎるそれはフィッシュですら濃く感じられた。ましてや土方らは・・・。

(呑むんじゃねぇ、死ぬぞ)山崎も伊庭も珈琲カフェが苦手で紅茶ティーを呑んでいることを知っている土方は、自身が小さなカップからその濃い珈琲エスプレッソを口に含んだ瞬間に心中で警告していた。左右の二人はその小さなカップの取っ手に指を掛けていたが迷うことなく掌を膝の上に戻した。

 小さなカップのなかのおどろおどろしい液体は、店の天井から吊るされている大きな洋燈ランプの淡い光のなかでもあきらかに濃すぎるのがわかる。そして毒のような異臭を発していた。

『スー族の友人たちの部族にゆくつもりです。われわれの信仰する神々がそう望んでいますので』

 土方がきっぱりと答えた。左右の二人は思わず口の両端を歪めた。そう、まさしく彼らの神々のお導きだ。

『それもいいかもしれないな。もしかするとわれわれは今後違う立場に立つかもしれないが、せっかくだ、この国のすべてをみて欲しいとも思う。当事者にはみえぬもの、きけぬものを存分に体験してくれたまえ。ドン・サンティス、食事の味はさることながら同席者との語らいはそう将来さきでない旅立ちまで忘れられそうにない。心から感謝するよメニー・センクス・トゥー・ユー。そして勇敢で聡明な武士サムライたちよ、その前途にゴッド・ブレス祝福あれ・ユー!』

 いま一度握手を交わし、店を颯爽とでてゆくハミルトン・フィッシュの背をみながら土方は思った。

 句を作らせたらきっといいもの作るに違いねぇ、と。

 ハミルトン・フィッシュが句に近いポエムを嗜んだかどうかはわからぬが、すくなくとも歴史にはおおいに関心があり、まつりごとの世界から引退した後はさまざまな歴史学会で仕事をし、1893年にニューヨーク州にある自宅で死亡した。老衰だった。


 非公式の会談は大成功だったといえるだろう。

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