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PTSD

 敵船に乗り込むときいたとき、野村の両肩がびくりと動いた。その隣で立っている相馬が気遣わしげな視線を相棒にそっと送る。

 無理もない。

 箱館政権下での戦において、幕府がアメリカから買い入れた軍艦 甲鉄ストーンウオール号を新政府軍がなかば横取りし、それを奪取せんが為に仏軍の脱走兵ニコールの進言において海軍奉行 荒井郁之助あらいいくのすけ及び陸軍奉行並の土方両名の采配の下 接舷攻撃アボルタージュを敢行した。これは、世界史においても類をみない攻撃として記憶されることとなる。この攻撃で勇敢に甲鉄ストーンウオールに斬り込んでいった野村は、彰義隊の隊士とともにそこに取り残され死ぬはずだった。生命いのちは助かったものの腕の筋を絶たれた。その後、アイヌの村で療養しつつ再び振るえるようになるまで鍛錬するが、心身ともに参ってしまったのも詮無いことだ。


 勇敢なる空の大者は、この日中これより約二百マイル(約三百二十キロメートル)先の海上でこの「The lucky money(幸運の金)」号よりも小さい中型商船が襲われているのをみていた。朱雀の元の相棒と同じ力をもつ厳蕃はそれを朱雀の双眸を通してすべてを目撃したのだ。

 その海域にさしかかるのもさほどときはかからない。すぐさま船主のニックも交えて軍議さながらの話し合いがもたれた。

 そう、日の本ジパング戦人いくさびとたちは、これはもはや自衛の為のいくさと結論付けているのだ。

 

「はははっ!こりゃあいい」

 厳蕃の助言で土方が作戦を伝えると、一番に喜んだのは敵船に斬り込む栄誉を担った永倉だ。自身の膝を叩きながら上機嫌である。その隣では、やはりともに斬り込む原田と藤堂が互いの掌を打ち合わせている。

 三位一体。新撰組の必殺の攻守法。この戦法をこれからも使用するという。そして、敵船に斬り込むのに新撰組でも幹部だった「三馬鹿」ほど適任者はいないだろう。

 土方と厳蕃、斎藤と沖田、狙撃手スナイパーとして相馬が乗り込むことも決まっている。

 おそらくは先にあちらからこの船に乗り込んでくるであろう客人・・に相対するニックには、厳周と伊庭と島田が護衛として左右に従い、狙撃手スナイパーとして田村と玉置が援護することになっている。山崎と市村はいつでもどちらに対してでも動けるよう控えておく。


「利三郎」厳蕃が項垂れている野村の肩をぽんと叩いた。いわゆる心的外傷後トラストレス症候群ウマだ。現代いまでこそ精神的苦痛として挙げられるこの精神こころの障害は、いつどんな時代とき、誰にでもどんな理由においても起こりえるものだ。とくに戦場いくさばならばそれは顕著だろう。

「一と総司と組むのだ。二人がおまえの背を護ってくれる。仲間を信じよ。そして、甲鉄ストーンウオール号でみた奇跡を再度みるといい。おまえの精神ここが」厳蕃は右の人差し指で野村の胸元を軽く突いた。

「すこしは晴れるはずだ。おまえの武勇はわが義弟の自慢の一つ。それを誇るといい。案ずるな、怖れるな、そんなものは捨てて自信をもて。おまえは強い。充分やれる。われら武士もののふは、信じるものの為、仲間の為に戦うことことこそが業。これはおまえ自身の為のいくさでもあることを忘れるな」 

 単調だが唄うような厳蕃の低い声音は、野村自身だけでなくだれの精神こころにも沁みてゆく。

 暗示だ。機会きっかけと勇気を与えることで、野村の心的外傷トラウマを軽減させようというのだ。

「利三郎、やるぞ」土方が頷いてみせる

 野村はにやりと笑って応じた。「承知」


「師匠はなんでもご存知なんですね?」

 場を和ませるのも「元祖三馬鹿」の重要な役割の一つ。やはり藤堂が今若のごとく整った相貌の中ににんまりとした笑みを浮かべて暢気に尋ねた。

「ああ、戦術のことかね?」ふわりと笑うと、厳蕃は隣に立つ自身の息子の肩を叩きながらいった。

「誰もが忘れているか、あるいは知らないかのどちらかだろうが、わたしと息子の本職は兵法家だ。すくなくともそのつもりなのだがな。のう、厳周?」

「ええ。開祖石周斎の時分ころより、わが流派はそうだときき及んでおりますが?」

 息子は父になにをいまさら?といった表情で返した。そしてたまらず噴出すと、父親も同時に笑い出した。それにつられて全員が笑いだし、その笑声はしばしの間つづいた。


 この面子での初陣はもう間もなくだ。



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