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刀工と銘

「柳生の大太刀」への挑戦で大怪我を負った柳生親子が痛みをおして刀の打ち直しをおこなったお陰で、この日すべての作業が終了した。

 小さいほうの畜舎を仮の鍛冶場にしていた。そこには仮の祭壇を設て天目一箇神あめのまひとつのかみを祀ってあった。天目一箇神は製鉄と鍛冶の神様である。

 そこには唯一信江だけは近寄れなかった。鍛冶場は女人禁制だからだ。

 そして、この鍛冶作業を熱心に見学し、鍛冶に興味を持ったのがやはりこのおとこ斎藤と意外にも田村だった。二人とも親子の作業を手伝い、習った。剣術・兵法家とはいえ厳蕃の腕は師匠を呻らせたほどのものだ。もてる技術のすべてを二人にみせ、ともに打った。息子もまた父親と同じ師匠の元で修行の経験がある。ただし、こちらはまだ日にちが浅く修行中の身である。


 野村の性質たちはどちらかといえば短気で粗暴だ。だが、それも新撰組でもまれ蝦夷でアイヌの人々と暮らすうちに緩和されてきた。宮古湾海戦の際に腕を負傷し、しばらくは剣術ができなくなった。その際にアイヌの人々が木彫りをしているのをみ、自身でもはじめてみた。これが意外に愉しいことがわかった。蝦夷そこには木はたくさんある。おもにえんじゅを用い、小刀やのみを使って彫ってゆく。キンナカムイ島梟コタンコロカムイ蝦夷狼ホロケウキタキツネチロンヌプなど動物を一心不乱に彫りまくった。アイヌの長老エカシも褒めてくれ、貴重な収入源の一つとして売ったほどだ。

 厳蕃から依頼され、野村は舞用の面を製作した。武舞用のを、だ。それは宮廷の儀式などで舞う雅楽の一つで例の御所での宴の際に辰巳が舞ったのが武舞だった。武人を模した面と衣装をまとい、通常は二名から四名で舞うところを辰巳は単独で舞ったのだ。

 面ははじめて彫ったのだったが野村は器用に大小二つを彫りあげた。

 二つとも見事な出来ばえだった。


 その夜、居間の床に全員がきちんと端座し、戻ってきた自身の得物を検めた。

 刀を扱うときは正座し背筋を伸ばしいっさいの邪念を捨てて集中して行うべし、と常日頃から斎藤に厳しくいわれているからだ。

 もっとも、だれもが武士さむらいだ。真剣を扱う際には自然と集中できる。

 全員が無言のうちに柄頭から切っ先まで丹念にみてゆく。

 槍術家の原田もまた愛槍を打ち直してもらったのはいうまでもない。剣士たちと同じように愛槍を検めている。

こりゃすげえグレイト」「ああ、すごいとしかいいようがない」「やっぱ師匠はすごいよな」

 永倉、原田、藤堂の「三馬鹿」がまず止めていた息とともに讃辞を吐きだすと、つぎつぎに同じような讃辞の嵐が居間におこった。

「おいおい、これはわたしよりも一と銀、それから息子の仕事だ。これからは四人で全員の得物をみるし、後、新しい刃金も鍛えるつもりだ。今回はわたしが一振り鍛えてみた。みるかね?鞘と柄は利三郎作だ」

 厳蕃はその一振りを義弟に示した。鍛え直された自身の「千子」を鞘に納めて左脇に置くと、その一振りを両の掌で丁重に受け取った。その横で土方の息子がみなと同じように端座し、父親の掌へと渡った新しいソウルを覗き込んでいる。

 土方は野村が作った鞘からゆっくりとそれを抜いた。

「すごい・・・」土方は自身でも表現に芸がないと思いつつもその一語しか思い浮かばず呟いていた。

 全員が息も言の葉も呑んだままその一振りに注目していた。

「刀身が短いですね・・・。あぁそうか、これはもしかして」

 鞘に戻しつつ土方が義兄をみ上げると、小柄な刀匠もどきの端正な相貌にいたずらっぽい笑みが浮かんだ。

「ああ、そうだ。これはわが甥にはじめてできた親友へのわれわれからの贈り物プレゼントだ」

 全員がそれぞれの言の葉で称賛を送った。

「銘は切ってるんですか、師匠?」

 山崎の問いに厳蕃の相貌にさらにいたずらっぽい笑みがひろがった。


 手伝った斎藤、厳周、田村は知っていた。

「新撰組とともに 勇景」

 茎に切られたその銘を。


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