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嘲繰(おちょくる)理由(わけ)

 武家の才女だけあり信江は乗馬も軽くこなす。新選組の隊士たちの多くが馬に乗り慣れていないこともあり、おっかなびっくりで騎乗しているのを尻目に華麗なまでに乗りこなす。

 というよりかは信江もまた動物や得物と対話できるのだ。否、それができるのは厳周も同じである。これもまた血筋なのであろう。


「あなた、もっと背筋を伸ばさないと長駆は疲れますわよ」

「あなた、あぶみに足先をしっかりと掛けてください」

「あなた、騎馬を腿でしっかり締めて!女子おなごを抱くときの要領です」

 馬場での練習時の土方は、これまでよりいっそう悲惨だった。妻に頭ごなしに注意されてそれをできずにいるのだからさらに悲惨この上ない。

 馬場の外で柵に頬杖ついて眺めている彼の部下たちの多くが同情ぎみだった。

 それは名実ともに「土方からかい隊」の隊長を自認する沖田を除いて、の話だ。

 沖田はその悲惨とまでいえる光景をにこにこ笑いながら眺めていた。その右隣には藤堂が、左隣には永倉が立っている。最初のうちは三人で笑いながらみていた。が、ときが経つごとに左右の二人からそれが消え、いまではただ気の毒そうなあるいは憐みの視線と引き攣り気味の苦笑がどちらの相貌にも浮かんでいた。

「あぁおかしい。いまのききました、新八さん?女子おなごを抱くときですって?」くすくす笑いが語尾につづいた。

「あのなぁ総司、おまえ副長が気の毒だとは思わんのか?」

 永倉が呆れ顔でいった。すると沖田は視線副長・・に走らせるとさらに笑った。藤堂も呆れたように小振りの両肩を竦めている。

「だって「鬼の副長」ですよ。あの人は強い。他者ひとになにをいわれようが笑われようがあの人は気にしない。おれたちとは根本的なところで違うんですよ。だからこそこれだけの仲間たちがついていくし、生命いのちすら惜しまない。あの人はあんな姿ところをみせておく必要があるんですよ。おれはわらべだった時分ころからあの人とつるんでますが近藤さんとは別の意味で尊敬していますよ」

「総司?」藤堂は驚いた。沖田はいまや笑ってはおらず真剣な面持ちで馬上の土方をみていた。永倉もそこになにかを感じ同じように無言で土方をみた。

「辛いんです、いまのあの人をみていると。ずいぶんと丸くなりましたよね、昔に比べると。それが年齢としや経験や苦労だけによるものでないことは新八さんや平助にもわかりますよね?」

「ああ・・・。わからねぇほど付き合いは短くはねぇな」「うん、そうだな・・・。局長と坊のこと、か」

 永倉も藤堂も感じていた。だが、それを当人にいえるわけもない。  

 土方は傷つきすぎている。近藤と坊、この二人の親友は土方を救う為に死んだも同じことなのだ。

くそっ(シット)・・・」永倉が呟いた。右の拳で左の掌を力いっぱい殴りつけた。

 自分たちではどうしようもできない口惜しさ。慰めの言や励ましの言あるいは叱咤や非情な言、どれをとっても仲間であるがゆえにかえって土方にはきかず、いたずらにその精神こころの傷を広げ深くするだけだ。そして、それを仲間たちのなかで一番感じているのが沖田だということを永倉も藤堂も知っている。沖田こそが近藤と土方の大切な弟分であり、沖田にとって二人は兄貴分否ある意味では育ての親なのだ。

「この前、師匠たちに柳生は素直じゃないっていったけどおれもそうだから。あの人が笑ったり怒ったり、そんな普通の感情表現みせてくれるなら、おれは喜んでからかいつづけるつもりです」

「総司・・・。おまえ、じつはいいやつだったんだな?」「いまさら(ホワイ・ナウ)、平助?」

「そうだよな。よしっそれだったらおれでも協力できそうだ、なっ、しんぱっつぁん?」

 藤堂はそういうなり沖田越しに永倉がいまだ作ったままの拳に自身の拳を軽く打ちあわせた。

「「元祖三馬鹿」の真髄を味あわせてやれるんじゃね、しんぱっつぁん?鉄のお馬鹿になど負けられるか」 いや、すこしずれてやしないか?永倉はそう思ったが、さしあたって他にいい方法が思い浮かぶわけでもない。なにか思い浮かぶか事態が転ぶまで、それもありかなと自身にいいきかせた。

そうかもな(アイ・スィー)わかった、(オール・ライト・)やって(アイム・)やろうでは(ガナ・ドゥー・)ないか(イット)!」

 永倉はそういいながら藤堂の拳を殴り返し、その返す拳で沖田の右肩を軽く殴った。

(総司のやつ、ずいぶんと筋肉がついたな・・・)労咳だったとはとても思えないほど鍛錬と食事で体躯も精神こころも元に戻るどころか以前よりも成長していることが実感できる。

 三人は再び馬場に視線()を戻した。

 そこではまだ「鬼の副長」が柳生の女剣士にしごかれていた。 

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