「I’m sorry.」and「I apologize.」
「謝罪なさいっ!」信江は押し殺した声で囁いた。仁王立ちになったその前に幼子が立って信江をみ上げている。
柳生親子の寝室でのことだ。深更の鍛錬の為に一階の奥にある納戸だったところを整理してそこを寝室がわりにしていた。一階はあとは土方親子とスー族の戦士たちとフランクとスタンリーだけだ。
この夜、土方は柳生親子と息子が無事に帰宅して安心したのか早々と眠ってしまったという。
つまり多少の声の大きさ会話したとしてもその内容を理解できる者がいない、というわけだ。
「いやです。これは謝る類のことではありませぬ」幼子はきっぱりと拒否した。
「なにを申すのです?あなたが叔父と従弟をぼろぼろになるまで痛めつけたのでしょう?試練だかなんだかわかりませぬが、これは度を越しています。謝罪なさいっ、坊っ!」
「叔母上おやめ下さい、従兄殿の申すとおりです。わたしたちが不甲斐なかっただけのこと」
「息子の申すとおりだ、信江。われらが情けなくなる、もうやめてくれ」
布団の中で呟くようにいってから柳生親子は痛みに耐えかねて呻いた。
納戸の床に直に毛布を敷いただけの寝床だ。それをいうならほとんどの者がそのようにして眠っていた。寝台も布団も足りぬのだ。それでも外で眠るよりかはずっといい。だれも文句の一つもいわぬ。
「頑固な子、いったいだれに似たのかしら?」信江の機嫌は直りそうにない。
柳生の姉妹剣士だろう?と柳生親子は布団のなかで突っ込んだ。
「なんですって?」仁王立ちの姿勢で哀れな怪我人二人を睥睨する女剣士。
「まったく、柳生の漢どもは・・・」
信江は呟きながら準備してきた濡れタオルと塗り薬を床の上に置いた。
「厳周、あなたからよ」信江が甥の両肩を支えつつ半身を起こそうとしたが、呻き声ばかりで起き上がることもままならず真に辛そうだ。
「あなたは従弟を殺すつもりだったの、坊っ?」育て子の辛そうな呻き声は、信江の怒りにさらに火を注いだ。
「まさかっ!わたし自身も古豪たちから立てなくなるまでやられました。三日三晩ですよ。四日目は鞍馬の山中で夜まで地に臥せったまま指一本動かせませんでした」
「だから同じことを叔父と従弟にしたと申すのですかっ?」
「信江、もうよいと申しておる。頼むからやめてくれ。不甲斐なさが身に沁みてかなわぬ」
「頼みたいのはわたしのほうです、兄上。お願いですから無茶はお止め下さい。兄上にも厳周にもなにかあったらわたしは・・・」
「叔母上、わたしなら大丈夫です」厳周は痛みをおして起き上がろうとしたが体躯は心意気についてはこない。じつに正直だ。激しい痛みに父親似の秀麗な相貌が歪んだ。
「申し訳ありませぬ。やりすぎました。叔父上と従弟殿の介抱はわたしにさせて下さい」幼子はついに自身がやりすぎたことを認めた。そうしないと母は、否、叔母はけっして許さないだろうと判断したのだ。
「馬鹿な子、前言を容易にくつがえすものではありませぬ・・・」認めれば認めたで理不尽に返してくる。なぜなら、信江には幼子の真意がわかっているからだ。
それでもわずかにその怒りを払拭できたらしい。口の端をわずかに綻ばせてから言をつづけた。
「いいでしょう。では叔父上を頼みます。それと頬に接吻するくらい、叔父や従弟を叩きのめすことよりよほど容易で気も楽でしょう、坊?」
「照れ臭いのですよ」幼子はもじもじとしながら答えた。「亜米利加の人間たちのようには参りません」口中で呟くようにそうつづける。
「わたしの記憶が正しければ、誰かさんは日の本にいた期間より異国にいた期間のほうが長かったはずです。キャスへの接吻はまるで日常から行っているかのように自然でした」
「だから前世の精神的負担だと・・・。いたたたた、やめ、やめてくれ・・・。おぬしのほうがよほどわたしを殺そうとしておるぞ」
信江に胸部を叩かれた厳蕃の悲鳴が狭い室内に響き渡った。
そのとき、柳生一族は気配を察した。




