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序章

 老若男女。年寄りだろうが赤子だろうがそんなものは関係なく、この大いなる大平原の一部に広がる屍の山・・・。

 大虐殺。これが同じ人間ひとのやることとはにわかに信じがたい。

 戦?そんなことはいいわけになりゃしねぇ。なぜなら、少なくともここで生活してたのは女子ども、年寄り、病人や怪我人といった者も含めた、戦えねぇ人たちだったからだ。

 インディアン、というだけで行われたそれは、侵略者どもの身勝手に過ぎねぇ・・・。

 おれは震えていた。心の底から怒りが、悔しさが、悲しみが、不甲斐なさが沸々と沸き、いまにも溢れかえりそうだ。

 それはおれの周囲にいる者たちも同じだ。この土地にきて知り合い、ともに戦ってきたブラック・エルクやレッド・クロウといったスー族の戦士たち。そして、おれの元からの大切な仲間たち・・・。

 新八しんぱち左之さの島田しまだ山崎やまさき斎藤さいとう平助へいすけ総司そうじ相馬そうま野村のむらてつぎん良三りょうぞう、そして伊庭いば。義兄の厳蕃とししげと甥の厳周としちか

 息子もまたおれと似たり寄ったりの表情を浮かべてやがる。おれと同じように眉間に皺を寄せてやがる。まだ十歳とおの餓鬼だってのに。

 そう、ちょうどあいつと同じ年齢としだ。あいつと・・・。だが、あいつと違い、感情豊かな息子は一人涙を流しながらこの地獄絵図をみている。まるで一部始終をその二つの眼にしっかりと焼き付けておこうとでもいうように。

 ブラック・エルクとレッド・クロウのそれぞれの腕の中で赤子が泣いている。息子や鉄たちが助け出してきた赤子。そして、義兄や新八たちが助けてきたスー族の戦士や少年たち・・・。ここにいる戦士や子らの親兄弟が、身内が、さらには同じ居留地で暮らす兄弟たちが、あっという間に殺されたのだ。

 

 ウーンデッド・ニーの谷間に広がるこの光景、そして血と死の臭気は、おれに数十年前の蝦夷でのことをはっきりと思いださせてくれた。

 あいつが死んだときのことを・・・。


「だめだ」おれは息子が口を開くより早くぴしゃりと否定した。あいつの力と生命いのちの継承者の一人であるおれには、息子がいまからいわんとしていることがはっきりとわかっていた。

 馬上から白き巨狼狼神ホロケウカムイの背に跨る息子を見下ろした。そこにあるのは、隻眼ではなく双眸で、凍てつく平原をささやかに照らす陽光の中、そのの奥には憤怒の焔が揺らめいているのがみてとれる。そして、それ以上に深い悲しみの色にも染まっていた。左の瞳が奇妙な輝きを帯びているように感じられる。

「金色の瞳」・・・。神の依代の証。否、蒼き龍神の御印・・・。

 息子から白き狼へ、それから義兄へと視線を移す。白狼はその大きな頭部をまるで人間ひとのごとく右に左に振り、義兄のほうは肩を竦めている。二神ふたがみにも息子の考えていることはわかっている。そして、これから起こるであろう父と子の諍いについても。

りゅう殿になら、わたしの従兄殿にならお命じになられたのでしょう、父上?」

 白狼の背から上ってきた声音は意外にも穏やかだ。変声期前のわっぱ独特の甲高いものではなく、落ち着き低いそれは、あいつを鮮明に思いださせてくれる。

「あー、なんだ、副長。親子喧嘩に水をさすつもりはねぇが、早いとこずらかるなりなんなりしねぇとやつらが戻ってきちまう。朱雀すざくが物見から戻ってきたぞ」

 新八の言が終わるまでに、一羽の大鷹が息子の肩に舞い降りた。あいつが会津候から下賜された一代目の朱雀は五年前に大往生した。あいつの死後、朱雀はおれにとっても大切な友であり、あいつの忘れ形見でもあった。あいつが死んでからも、朱雀はあいつから頼まれていたのか、おれにも生まれてきた息子にもよき友、よき協力者であった。どれだけ助けられたことか。死期を悟ったんだろう。朱雀はこの異国の地で伴侶をみつけ、そして次に繋げる雛をもうけてくれた。雛の一羽を息子と若い方の三馬鹿、鉄、銀、良三が文字通り手塩にかけて育て、いまでは一代目と同様「勇敢なる空の大者」として助けてくれている。

 

 元祖三馬鹿と斎藤、義兄や甥が殿しんがりを務める為に移動を始め、伊庭や相馬や野村と若い方の三馬鹿は動ける者を促し、島田と山崎が怪我人を誘導し始める。

 おれのかけがえのない仲間たちの機転と連携は完璧だ。いつもながら頭が下がる思いだ。

「兎に角、いまは生き残ってる者を無事にパインリッジに送り届けることが最優先だ。話はそれからだ、いいな?」

 ことさら厳しい声音で息子にぶつけた。二神ふたがみも同意見であるかのようににおわせることも忘れやしない。

「承知」息子はあきらかに不承不承のていだ。

 息子とはあとでじっくりと話し合う必要がある。あいつのときのように、話すことを、さらには感情のぶつけ合いを怖れ、それらを忌避するのではなく、しっかりと向き合わねばならない。

 それが父と子、というものなのだから。


 やつらが、第七騎兵隊が追ってくる。

 一人でも多くのスー族の兄弟の生命いのちを次に繋げなければならない。

 これこそが、この新撰組の「鬼の副長」のあの世にいる親友たちへの土産話の一つとなり得るのだ。

 なんでもいい、信じるものの為にまことを、精神こころを、生命いのちを、次へと繋げるでかいことをしでかすのだ・・・。

 

 かっちゃん、りゅう、あの世からどうかおれたちをしっかりと見つめ、そして仲間を護ってくれ・・・。



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