後編おまけ 兄の策略
◇◆◇
ひかりちゃんの体は、まだ誰も触れたことがないまっさらな綺麗なままだと聞いて、俺はえもいわれぬ感動を覚えていた。
夏休み明けの始業式の日、一緒に帰ろうと思ってひかりちゃんのクラスに迎えに行けば、案の定、あの忌々しい男がひかりちゃんにまとわりついていた。
思わず舌打ちが漏れた。ひかりちゃんを自分のモノだなんて馬鹿なことを言ってるあの男を、殴りつけたい衝動を抑えるのが大変だった。
あんな奴のモノなわけあるか。ひかりちゃんは俺の妹だ。髪の毛一本たりともおまえなんかにあげたりしない。
どのタイミングで割って入れば効果的に俺の存在をあの男に知らしめられるだろうかと話の成り行きを伺っていたら、ひかりちゃんが処女であることを暴露された。
そのときの俺の感動といったら。
俺の妹があんな男に体を暴かれていたともなればあの男を殺してやるところだが、無事だったらしい。ひかりちゃんは健気にも貞操を守り続けてきたんだ。顔のいい男がちょっと誘えばすぐに股を開く女共とはやっぱり何もかも違う。現に、あの男の新しい彼女だというあの女はとっくにあの男とセックスしてるはずだ。
そんなことを考えていたら、ひかりちゃんが俺の腕の中に飛び込んできた。
ふわふわのマシュマロみたいにやわらかい体が俺の腕の中にある。甘い香りがふわりと鼻腔をかすめ、胸の中までなぜか甘い何かで満たされていくみたいだった。
できることならこの愛おしい妹をずっと腕の中に閉じ込めておきたいところだけど、変態だと思われたくないので名残惜しいけどすぐに離した。
ひかりちゃんは俺にぶつかったことにすごく驚いて、申しわけなさそうにしていた。
たぶん学校では俺と関わらないようにしようと思ってたんだろうに、それをすっかり忘れて俺と普通に話すひかりちゃんがとても可愛かった。まあひかりちゃんがどういうつもりであれ、俺は最初から学校でも積極的に関わる気でいたけどね。
そんな俺とひかりちゃんの邪魔をするように、男がひかりちゃんを追いかけてきたので、これはいい機会だと思って俺は駆除を開始した。
ひかりちゃんには、俺の冷たい部分なんか見せられないので、耳をふさいだ。触ってみて改めて、小さな顔だなと思う。可愛い。
「俺は関係なくないんだよね。だってひかりちゃんは、俺の大切な子だから」
嘘は言ってない。ひかりちゃんは俺の大切な妹なんだから。
でも誰もそんな事実は知らないから、おおいに勘違いしてくれたみたいで、辺りの奴らがざわつきだした。それはそうだろう。俺は今まで女の噂なんか一切なかったから。
「……なんだと?」
男もちゃんと勘違いしてくれたみたいで、苛ついたように声が低くなった。そんな反応にこっちこそ苛つくんだけど。
「……だいたいキミさぁ、身持ちの堅い清らかなひかりちゃんが体を許してくれないから、そっちの股のゆるそうな子に乗り換えたんでしょ? サイテーだよねぇ。それでよくもノコノコとひかりちゃんの前に顔だせたもんだよ。しかもひかりちゃんが派手な格好をやめてまたいっそう魅力的になったからって、慌てて復縁迫るとか有り得ないんだけど。しかもそっちの子はヤリ捨て? ないわー」
ひかりちゃんの耳をふさいでいて良かった。こんな下品な言葉を言ってるとこなんか聞かれたくないし。
「し、知ったような口聞いてんじゃねぇよ!」
「へえ? だったらキミ、その子とセックスしてないの?」
「それは……っ」
「ねえ、そっちのキミ、どうなの?」
「え! わ、わたしですかっ!? ど、どうしよう、綾織君に話しかけられるなんて!」
「そういうの要らないから。ヤったかどうかだけさっさと言ってくんない?」
彼氏がいるくせに他の男にまで色目を使おうとする女。そう、これがそこらの普通の女の反応。ウザいしキモい。だから女なんて付き合いたいとも思わないのだ。あの男みたいに性欲解消のためなんていう理由で付き合うのも無理。それなら一生独身でいいくらい。
「――で? どうなの? まあ女の子だし、言いたくないならべつにいいけど。でもここでハッキリさせとかないと、その男、キミとは何もなかったとかウソ言ってまたひかりちゃんに迫っちゃうかもよ。ひかりちゃんは素直で優しくて天使みたいに良い子だから、そう言われたら簡単に騙されて寄り戻っちゃうかもね?」
まあそんなことは絶対にさせないけど。
危機感を煽ってやると、女はキッと鋭い目でひかりちゃんの背中を睨みつけた。そのタイミングで、俺はひかりちゃんの耳をふさいでいた手を離した――。
結果的に、俺の策略はうまくいった。
ひかりちゃんは、知ってしまった元彼の下半身事情にひどく嫌悪感を持ったらしく、可愛く俺の背中に隠れながら、絶縁を言い渡していた。
それを言われた時のあの男の顔は、絶望や後悔に満ちていて、ひどく間抜けなものだった。ひかりちゃんの三年間を独占してきた罰だ。
父さんがもう少し早く母さんと出会っていれば、その三年間も俺のものだったのに。
まあいい。これからは他人なんかが入る隙もないくらい、俺が兄としてずっとずっとひかりちゃんのそばにいればいいんだから。
初めて一緒に帰った帰り道。
家族の時間を大切にしようと言った俺に、満面の笑顔で頷いてくれたひかりちゃんは、頭がおかしくなりそうなくらい可愛かった。
明るくて優しい母さんと、可愛い可愛い可愛い死ぬほど可愛い妹。
新しい家族は二人とも素晴らしくて、父さんも優花も俺も幸せ者だ。