ラスボスの仲間になってしまったが。(仮)
気がつけば私は、だだっ広く薄暗い大地に立っていた。ただ一人ポツリと。
「何処さ、ここは」
そう呟いても周囲に人なんていないのだから分からない。
だんだんと胸中に積もる焦りに辺りを見渡せど、さっきまであった電柱の光も家々の灯りも月の明かりもない。
残業のせいで帰るのが遅れてしまったため小走りしていたら、だ。
おかしい、明らかにおかしい。
住み慣れた土地だし迷うはずもなく、こんな所はない。しかし、どうしようもなく歩くしかなかった。
谷の様な場所を抜けようにも周囲は壁が続く。
どうして?
何で?
ぐるぐると頭を回るのは、この言葉だけで自身に起こった現実が理解できない。
暫くして壁が消え開けた場所に出たと思ったら、一面に広がるクレーターの数々。まるで、ここは……
「月面……?」
私は知らぬうちに月に来たのか。
…………。
「いやいやいやいや!」
おかしいでしょう。こんな作り話みたいな展開、ありえないでしょう。
けれど否定を込めて上を見上げる。何もありませんようにと。
そんな期待は、あっさりと崩れたが。
「嘘でしょー……」
真っ暗な空に浮かぶ青い星があった。
結論から言うと、舗装なんてされていない歩きにくい地を歩き続けた。勘だけれど近くに、こうなってしまった元凶がいると思ったからだ。
反響する足音を聴きながら下へと降る。
ふと、巡った思考に止まる足。
「夢なら崖から飛び降りても死なないよね」
崖っぷちに立ち、下を見下ろすも闇が続くだけで何も見えない。ここから落ちるのかと思うも自然と怖くはなかった。
意を決して踏み出そうと思った時だった。
「待て!!」
後ろから強く声が響いた。余りに大きな声だったので、思わず耳を塞ぐ。
若干イライラしながら振り向けば、何処かで見たことがあるような漆黒の甲冑を身に纏った長身の人物が立っていた。
声の高さからして男性か。
あれ、なんかデジャヴ。
不審に思うこちらを知ってか知らずか、男は話し続けた。
「我が名は魔王アークラウエル、異世界より我に喚ばれし神よ……我が召喚に応じたことに感謝する」
律儀だ。悪魔の頂点、魔王なのに。
もう一度言う、魔王なのに。
というか応じた事など一切記憶になく瞬きの如く、景色が変わっていたはず。たぶん。
「さぁ、我と共にテラに巣食う者共を滅ぼすぞ!」
「……」
そんないきなり言われても私には、あの青い星にたいして恨みも何もない。押し付けないでほしい、切実に。
この魔王が、あの有名なRPG“黄昏の伝説”のラスボスならば、頭上の遥か上の青い星はゲームの舞台となる惑星テラだ。
この魔王が言う異世界の神……つまり私を召喚したということか。まったく傍迷惑だな。
静かに魔王は話し出す。
「テラが我が物となった時、そなたを世界へと還そう」
「……信用できない。というか、見返りもないじゃん! 勝手に喚んどいてなにソレ!!」
そんな事を言いだした魔王にスッパリ言った。だってなんだか無理そうなんだもの、勘だけど。
この魔王のことだ、用がすんだらスパッと殺されるのが関の山だ。だから言いたいことは山ほどあるが。
「ねぇ」
「なんだ」
「わざわざ異世界から召喚したんだからさ、力を頂戴よ」
利用してやろうと思った。そっちがそうなら此方だって考えがあるのだから。そうでなくとも、主人公側に付けばいいのだから。
「いいだろう」
「えっ!?」
魔王の掌が額に触れた。ひんやりとした手甲から溢れたソレは私の中へと注がれた。不思議な感覚に、ぼーっとしそうになる。
ゲームは何周かプレイしたが、名場面とか出来るなら見たい。
しかし、主人公達に不用意に近付くのは出来る限り避けたい。きっと彼らと敵対関係になるだろう。
どうしてこうなった……できるならば主人公達と旅したかったよ。
「では我が配下の元に送ろう」
この際行く宛もないので仕方がない、従うとしよう。でも、自力で帰ってみせる。明日は給料日だったんだぞ、畜生。
足元を中心に転送の魔方陣が展開されると同時に、視界は薄れていった。
***
かれこれ数十分、背後から迫る羽音から逃げるように全力疾走していた。不思議な事に全く疲れることはない。魔王から貰った力のせいなのか、はたまた異世界の神としての能力なのかわからない。
「魔王の嘘つきぃーー!!」
あんな奴の言う通りにするんじゃなかったと既に遅く、転送された先は深い森の中だっだ。
配下の元に送ってくれるんじゃなかったのかと、さ迷っているうちに魔物達に取り囲まれ今に至る。
「恨んでやる!」
全世界で約五千万本売り上げた大人気RPG“黄昏の伝説”シリーズ。
自由度の高い戦闘とドラマチックなストーリーに、発売当初ゲーマー達は熱狂した。
一作目の無印版では主人公ラルは赤子の時、城門前で捨てられていたのを子供に恵まれなかった王様と妃様に拾われ王子として育てられる。
やがて騎士団長になり職務を全うしながら次期国王として来るべき日を待ちわびていた。しかし……
ある日を境に、優しかった王様と妃様は人が変わったかのように国民に圧政を強いる。ラルは違和感を抱きつつも王様の命令に従い、部下と共に世界各地を大使として巡る日々が三年も続いた。その間、王都に一切帰ることなく唯一の伝令役の竜騎士とのやり取りのみ。
まるで自分を王都から遠ざけるように。
始まりは王都が火の海になる三日前から始まる────……。
ラルは早馬で王都が壊滅の危機に陥ったと知らせを受け、急遽帰還する。だが、既に遅く王都は瓦礫の山と化していた。
王都の中心であった城は崩壊していた。
血の繋がりのない両親は愛情をもって育ててくれた。なのに、恩返しもままならぬうちに死んでしまった。幼馴染みの少女は行方不明。
僅かな情報を元に故郷を滅ぼした者達を探すため、ラルは旅立つのだ。
二作目では、魔王封印後から十年間後から始まるが割合しておこう。
木々の隙間から月の光が射し込み、それを頼りに森を抜けた先に人が居たことに気付き立ち止まざるをえない。
「逃げてッ!」
「……!」
森から抜け出し、正面の人物が逃げてくれる事を祈るが虚しくも、あっという間に森から出てきた複数の魔物に囲まれ退路を塞がれた。月光に照されて魔物の姿見を鮮明に写し出すそれは、二十センチ大のコウモリ数羽と三匹の狼。赤い眼と鋭く光る爪は抉られたら只では済まなさそうだ。
波打つように心臓が煩い。思わず後ずさるが、後ろに人がいて背後も塞がれる。四面楚歌とはこういうことかと心の中で舌打ちする。
どうする、どう切り抜ける?
ー力を頂戴よ
ーいいだろう
意思のままに、両手を開いて前へと翳す。私に力があるのならば、異世界の神というのならば放てるだろう世界の究極技を。
「 」
辺りを静寂が包み大地を揺らし、熱と光と轟音が轟く。それは閃光となって魔物の群れに直撃した。正直、自分が何を言ったのか言葉にならかった。いや、言葉としての機能はどうでもいいのかもしれない。多分、重要なのはイメージ。そう、考えるとしっくりくるような気もしない。
魔物の群れは跡形も無くなり大地が焦げた音を発する。焦げた臭いが漂った。思わず安堵のため息が出て一難去ったと安心するも、また新たな問題が浮上し頭を抱えたくなった。
背後で地面を踏む音がし、人がいるんだと振り返る。
「何者だ?」
そう問われ振り返れば純白のパーティードレスを纏った一人の女性が佇んでいた。自分は配下の元に送られたはずなのに、体が密着するほど近くにいる、この人物に見覚えはなかった。
「貴女は誰ですか?」
相手の質問も、そっちのけで尋ねたが彼女は気にするでもなく続けて問いかけられた。
「お前は術士か? 私の名はデュンヘル」
魔王アークラウエルの配下が一人、闇の女神に愛されたデュンヘル。黒衣の花魁風の着物と金色の仮面で主人公達に幾度となく立ちはだかる。
けれど目の前の彼女は、純白のパーティードレスにダークグレーのレースのストールを肩に掛け、こちらを観察するように見られている。
ストレートロングの白髪にアメジストの瞳から感じるそれは、好奇心を向けられているようだった。
内心を圧し殺し、僅かな動揺と不信感だけ滲ませ対峙した。
「で、お前の名は?」
「なまえ?」
まさか名前を聞かれるとは思わなかった。だが名乗られてしまっては答えないわけにはいかない。
「久遠です」
「クオン……不思議な響きだ」
何故だろう、デュンヘルは魔王アークラウエルの操り人形なのに溢れでるこの人間味は。いや、元々彼女は人間だった。ある事件が切っ掛けとなり闇に堕ちてしまい、そこに魔王アークラウエルはつけこむ。
禍々しく憎しみに満ちているはずなんだ。
だが、もしかすると魔王の憎む対象に私は含まれていないからだろうか。
デュンヘルもその影響を受けて、と考えられる。魔王の背後にあるものは別として思考に耽る。その様子を見るデュンヘルは再び問いかけた。
「クオンは何処かに属しているのか?」
「いや」
否定を込めて顔を横に振る。
「ならば、私と一緒に来ないか?」
「……部下にはならない」
こちらの返事に怒るわけでもなく、デュンヘルは少しがっかりした顔をするも一瞬で、いつも通りの凛とした態度に戻る。
「そうか、では客人として迎えよう」
「ならいいよ」
正直デュンヘルが利益に成らない事はしないだろう予想した。だから何かに利用されるかもしれないから一応警戒しておくに越したことはない。
既に魔王に利用されている身だが。
デュンヘルは、にこりと微笑み右手を差し出し、私はそれを握った。
彼女の手は少し冷たかった。
◆◆◆
いつもの金色の仮面を付け魔法で戦闘服に着替え、喚びだした竜に共に乗るクオンを確認し飛び立った。自分でも不可解な事に、クオンに全く憎しみを感じなかった。人間に対して二度目だ。
力もあり、こちら側に引き入れたく連れてきたが、色々と忙しい身であるから誰かに任せようかと考えるが……
「うちの陣営、女が殆んどではないか……」
ポツリと呟いた言葉は夢の中へ旅立ってしまったクオンに聞こえていないらしく、唯一の男性である彼は部下は任務で城を離れている。デュンヘルは、これからの事にガックリと肩を落とした。
満月が綺麗な夜だった。
その日は、クスーゼ王国の建国記念日で城ではパーティーが催している。最高文官である私も例に洩れず出席を余儀なくされた。
アークラウエル様の命令で、計画のためとはいえ欠席するわけにもいかず、いつものように当たり障りのない態度で人間と接する。
いずれ滅ぼす国だ、不要なものに情など要らぬからな。
そういえばと、王子の姿がなかったか。ああ、私が長期任務に飛ばしたんだったか。なぜか、あの青年には私の惑わしの術が効かなかった。
面倒なものもあったが、何よりあの曇りのないアメジストの瞳を見ていると、どうしようもなく心がざわめきたつ。一体何なのだろうか彼は……王子は。
不思議と憎しみは湧かなかった。どうしてと、考えたところで答えは見いだせず、彼を城から離すように諸国を回るよう仕向けた。
──私は、あの瞳を見てはいけないと……あの瞳を知っていると。
心に芽生えたもどかしい気持ちを振り払い、すべては私を救ってくださったアークラウエル様の為に動くだけだ。
そんな時だ。パーティーから抜け出して王国周辺の森、その入り口に立ってぼんやりと夜空を眺めていたら、黒髪黒眼の奇妙な格好をした十代後半くらいの子女と出会ったのは。
森からやって来た彼女の背後には数匹の魔物。排除してもよかったが、彼女から感じる力に興味が湧く。この者の行動を見てみたいと。
向こうもこちらに気づき、何やら逃げろと言っていたようだが魔物は我らの従属なので襲われることはあり得ない。
やがて退路を絶たれた彼女の表情は険しく、この窮地をどう脱するか考えているのだろう。吸血蝙蝠に狼、その組み合わせだと並の冒険者では苦戦を強いられる最悪なペアだ。さて、どうする気だ?
武器になる様な物は見当たらないとなると、やはり魔法か。
そして、それは当たっていた。
「雷撃針震」
大賢者のみが長々しい唱術を重ねて発動できる伝説級魔法、電撃針震。彼女によって放たれたそれは、周囲の魔物を跡形もなく消し去った。
それを意図も容易くやって見せるのだから驚きだ。
同時に仲間にできないかと一瞬考えが過る。ダメだ、これは人間ではないか。
いや、しかし……
王子の時のように心がざわめくこともない。その勘を信じて近づく。
「何者だ?」
その問いかけに、彼女は振り返った。
黒曜石の綺麗な瞳が驚きに見開かれる。
「貴女は誰ですか?」
質問され、そういえば名乗っていなかったと答える。
「お前は術士か? 私の名はデュンヘル」
奇妙な格好だが力もあり、人間だが何か違うと勘が告げる。この子女は、こちら側だと、そう思えた。強い意思に、魔物どもを一掃した力に只者ではないことは確かだ。どうやって引き入れようか、部下は断られたので客人として迎え入れることにした。
とっても不服だけれど。
拠点にしている古城に着くと、クオンを起こす。
「着いたわ。起きて」
「……ぉぅ」
ぼんやりと覚束ない足取りだったので左腕を持ってやる。
とりあえず適当な部下にクオンを任せて私はクスーゼに戻らねばならない。計画のその日まで。
リハビリ中