EP 8
地下隠田と、世界樹の過剰施肥
魔導ボーリングマシンの重低音が響く、ポポロ村の地下空間。
着々と進む「ハリネズミ作戦」の軍事要塞化と並行して、ニャングルが最も力を入れていたのが、他国の徴税官の目を盗んで食糧や換金作物を育てるための巨大な『隠田』区画だった。
「ひぃ、ふぅ……。龍魔呂兄貴、土壌の入れ替えはこんなもんでっしゃろか」
「あぁ。地下で日光が足りねぇ分は、魔石のランプで補うしかねぇな。育ち具合は落ちるが、背に腹は代えられねぇ」
龍魔呂が土の匂いを嗅ぎ、隠田の運用計画を練っていた、その時である。
「あらあら……。こんな暗くてジメジメした地下室で、土いじりだなんて」
ふわりと甘い花の香りが地下のオイル臭を上書きした。
フリフリのドレスの裾を持ち上げながら、階段を下りてきたのはルナだった。
「げっ!? ルナはん! ここは関係者以外立入禁止の極秘エリアでっせ!」
ニャングルが慌てて追い返そうとするが、天然の善意は誰にも止められない。
「まぁ、ニャングルさん。隠し事なんて水臭いですわ。……それにしても、太陽の光も届かない場所で作物を育てるなんて、あまりにも可哀想。植物たちも泣いていますわ」
ルナは胸の前で両手を組み、同情の涙を浮かべた。
「待て、エルフ。嫌な予感がする。お前、何もしなくていいから……」
龍魔呂が制止の声を上げたが、コンマ一秒遅かった。
「大丈夫ですわ! 太陽がないのなら、私が『地下の太陽』を作って差し上げます! さぁ、芽吹きなさい、大地の子供たち! 『世界樹の過剰施肥』!!」
ルナが世界樹の杖をトンッと地面に突いた瞬間。
ピカァァァァァァァァァッ!!!
地下空間全体が、真昼の屋外と錯覚するほどの異常な閃光に包まれた。
隠田の中央から、まるで小型の太陽のような強烈な光を放つ巨大な『黄金の向日葵』がズドォォン!と生え上がったのだ。
それだけではない。世界樹の魔力を直接注ぎ込まれた隠田の作物たちが、狂ったように急成長を始めた。
キャベツは鋼鉄のように硬く巨大化し、トマトのツルは大蛇のようにうねり、大根は筋肉質な二本足を生やして「オラァッ!」と叫びながら土から飛び出してきた。
「ぎゃああああ!? 野菜が、野菜が襲ってきますぅ!」
作業を手伝わされていたリーザが、筋肉大根のドロップキックを食らって吹き飛ぶ。
「アカン! アカンでルナはん! 根っこが天井(地上)を突き破ろうとしてまっせ! このままじゃ秘密の地下要塞が地上に大露出してまう!!」
ニャングルが頭を抱えて絶叫する。
巨大化した向日葵の茎が、ミシミシと音を立てて地下シェルターの天井の岩盤を押し上げ始めていたのだ。
「ふふっ♡ 元気に育って何よりですわね!」
ルナは、狂暴化したジャングルの中で一人、ニコニコと微笑んでいる。
「……チッ。どこの世界でも、農家を一番悩ませる敵は『雑草』って相場が決まってんだよ」
龍魔呂は、咥えていたバレッドを携帯灰皿に捨て、黒い学生服の袖を乱暴に捲り上げた。
彼の手には特殊警棒――ではなく、壁に立てかけられていた『特大の草刈り鎌』が握られている。
「おい、てめぇら。……俺のシマの畑(隠田)で、勝手にデカい顔してんじゃねぇぞ」
赤黒い闘気が、龍魔呂の全身から爆発的に噴き上がる。
「鬼神流農業術――『間引き・鏖』!!」
ザンッ!! ザザザンッ!!!
龍魔呂は弾丸のような速度で狂暴化した植物の群れに飛び込んだ。
ただ力任せに刈り取るのではない。農業高校で培った完璧な知識をもとに、植物の「成長点」と「主茎」だけを正確に見極め、それ以上の暴走を食い止めるための『極限の剪定』を物理的暴力で行っているのだ。
「オラァッ! 大根は大人しく土に埋まってろ!」
ドゴォォン!
龍魔呂の蹴りが筋肉大根の急所(根の先端)を正確に捉え、強制的に土の中へ鎮座させる。
さらに、天井を突き破ろうとしていた巨大な太陽向日葵の茎に飛び乗り、鎌を一閃。成長を促す頂芽だけを鮮やかに切り落とした。
数分後。
地下空間に静寂が戻った。
暴走は完全に鎮圧され、そこには「太陽の光を放つ適度なサイズの向日葵」と、ルナの魔力によって栄養価が限界突破した「極上の発光野菜」たちが、行儀よく畑に整列していた。
「……ふぅ。これで日光問題も、肥料問題も解決だな」
龍魔呂が鎌を肩に担ぎ、汗を拭う。
「さ、さすが龍魔呂兄貴や……! 世界樹の暴走を、農業の知識とヤンキーの拳で完璧にコントロールしよった……!」
ニャングルが震える声で感嘆を漏らす。
「もぐもぐ……んんんんっ! 美味ひいいいい!!」
いつの間にかリーザが、発光するトマトにかぶりついていた。
「野菜なのに、特上の霜降り肉みたいな旨味が爆発してますぅ! これ、一つで金貨1枚は下らない超高級食材ですわ!」
「あらあら、龍魔呂さん。私の溢れんばかりの愛(魔力)を、こんなに上手に受け止めて調教してくださるなんて……♡ ますます貴方のことが気に入りましたわ」
ルナが頬を染め、ふにゃりと笑って龍魔呂に擦り寄る。
「てめぇは二度と俺の畑に近づくな。殺すぞ」
龍魔呂が本気で凄むが、ルナの天然フィルターには「照れ隠し」としか変換されていないようだ。
「ちょっと! ルナぁぁ! さっきから龍魔呂さんに色目使わないでよね! 龍魔呂さんの愛を受け止めるのは私なんだからぁ!」
キャルルがダブルトンファーを構え、ウサギ耳を逆立てて威嚇する。
「やれやれ……。隠田のシノギはこれで軌道に乗りそうだが、別の面倒事の種がデカくなりやがったぜ」
龍魔呂は新しくバレッドに火を点けながら、地下の人工太陽の下で騒ぐ女たちを見て深くため息をついた。




