EP 7
コーンバター味噌ラーメンと、アイドルへの請求書
奇跡のような大熱狂に包まれたライブから数時間後。
祭りの余韻が残るポポロ村の村長宅では、深夜の胃袋を満たすための至高の調理が始まっていた。
「さて……」
キッチンに立つ龍魔呂は、エプロン姿で巨大な中華鍋を振るっていた。
ラードで豚ひき肉とモヤシを豪快に炒め、そこへ数種類の味噌をブレンドした特製ダレを叩き込む。ジュワァァァッ! と、焦がし味噌の圧倒的な香りが弾けた。
濃厚な豚骨ベースのスープを注ぎ入れ、茹で上がった極太麺の上に熱々の具材を乗せる。仕上げに、たっぷりの黄金色の『甘トウモロコシ(コーン)』と、分厚く切った特大のバターを中央に鎮座させた。
「お腹空きましたわ〜……歌い切って、カロリーがすっからかんですぅ……」
「楽しみ〜! 龍魔呂さんの夜鳴きラーメン♡」
「美味しそうな匂い〜♡ もう限界ですぅ……」
リビングのテーブルでは、リーザ、キャルル、リリスの三人が、腹を空かせた雛鳥のようにスプーンと箸を握りしめて待機していた。
「出来たぞ。特製『コーンバター味噌ラーメン』だ」
龍魔呂が三つの巨大などんぶりをテーブルにドンッと置いた。
熱々のスープの熱でバターがゆっくりと溶け出し、味噌の香ばしさと混ざり合って、深夜には凶悪すぎる『背徳の香り』を放っている。
「「「いただきます!!」」」
ズルッ、ズルズルズルッ!!
三人は一切の会話を忘れ、一心不乱に極太麺を啜り上げた。
「う〜ん……っ! 美味しい〜♡」
キャルルがウサギ耳を幸せそうにパタパタと揺らす。
「味噌のコクとバターのまろやかさが、麺にねっとり絡みついて最高ですぅ……! チャーハンもいいけど、深夜のラーメンは罪の味がしますぅ!」
「美味しいですぅ、美味しいですぅ……!」
リリスは猫舌のくせにフーフーするのももどかしく、涙目でスープを飲み干していく。
「最高ですわあああ……っ!」
真紅のドレスを着たままのリーザは、顔をどんぶりに突っ込む勢いで貪っていた。
「パンの耳じゃ絶対に味わえない、この圧倒的な油分と塩分……! 生きてて良かった……! 地下アイドルから這い上がって良かったぁぁ!」
ガツガツと幸せそうに飯を食う彼女たちを見届け、龍魔呂は自分の分のラーメンを早々に平らげた。
「そうか」
短く応え、彼は学生服のポケットに手を入れて、縁側へと歩み出た。
夜空には、アナステシア世界の美しい二つの月が浮かんでいる。
龍魔呂は『バレッド』を一本取り出し、真鍮製のオイルライターのフタを弾いた。
カチッ……!
オレンジ色の炎がタバコの先端を焦がし、深く吸い込んだ煙が、冷たい夜風に溶けていく。
「ふーっ……」
「……リーザ」
縁側に背を向けたまま、龍魔呂がポツリと名を呼んだ。
「ふぁい?」
口の周りをバターと味噌でテカテカにしたリーザが、どんぶりから顔を上げる。
龍魔呂は月を見上げたまま、紫煙と共に静かに言った。
「今日の歌、悪くなかった。……俺のハート、きっちり撃ち抜きやがったな」
「…………っ」
その言葉に、リーザは持っていた箸をピタリと止めた。
ぽかんと口を開け、信じられないものを見るように龍魔呂の広い背中を見つめる。
東京の裏社会で「てっぺん」を張り続けてきた男。絶対に折れない、最強の農業ヤンキー。
その男が、自分の歌を正面から認め、心を動かされたと口にしたのだ。
真紅のドレスに身を包んだリーザの瞳から、ポロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。
だが、彼女はすぐにそれを袖で拭い、少しだけ泣きそうに、けれど最高に誇り高い「アイドル」の笑顔を作った。
「……当然ですわ♡」
リーザは胸を張り、力強く言い放った。
「私は、絶対無敵のスパチャアイドルですもの!」
最高のステージと、最高の飯、そしてパトロン(?)からの最高の賛辞。
リーザのアイドル人生において、これ以上ないほどの完璧なハッピーエンド――
「な、なんですってええええええええ!?」
突如、リビングの空気が氷点下に凍りついた。
「リ、リーザぁぁぁ……! 抜け駆けは許さないって言ったよね……!? 私の龍魔呂さんのハートを撃ち抜いただとぉぉぉ!?」
キャルルが両手にダブルトンファーを構え、瞳孔を縦に開いてヤンデレのオーラ(紫電)をスパークさせ始めた。
「ひぃぃぃっ! ち、違いますわキャルル! これは芸術的な意味でのリスペクトでっ……!」
慌てて弁解しようとするリーザ。
だが、地獄はそれだけでは終わらなかった。
「ズズズーッ……ぷはぁ、美味しい美味しい。深夜のラーメンは命のスープでんなぁ」
のんきにスープを飲み干したニャングルが、口元を拭いながら立ち上がった。
「あ〜、そやそや。リーザはん」
「ふぁい!? な、何ですかニャングルさん? あ、ライブのギャラの件ですね! もちろん、私がメインボーカルですから、取り分は私が『8』で、ニャングルさん達の運営が『2』で……」
「アホな事を言いなすなや」
ニャングルの三白眼が、極悪商人のそれにスッと冷たく細められた。
彼は懐から、分厚い紙の束をドンッ! とテーブルに叩きつけた。
「な、何ですか? これ……」
リーザが恐る恐るその紙束を覗き込む。
「あんたはんがステージを建設する際にごまかして使い込んだ『異常な額の高級弁当代』と『高級コスメ代』の請求書。……それから、強制労働させられたロックバイソンと土方のおっさんたちからの『労働基準法違反の告発状(損害賠償請求付き)』や」
「…………ひ、ひいいいいんッ!?」
目をひん剥いて悲鳴を上げるリーザ。
ギャラどころではない。請求額は、今日のライブの投げ銭をすべてつぎ込んでも足りないほどの莫大な借金になっていた。
「っちゅうわけで。あんたはんのギャラは全額借金返済に充てさせてもらいまっさ! それでも足りん分は……明日からポポロ村の畑で、馬車馬のように働いてもらいますさかいな! 逃げたらルナミス帝国の衛兵に突き出しまっせ!」
「そ、そんなぁぁぁぁっ! 私は深海の至宝! 世界の歌姫なのにぃぃぃ!」
ドン底の地下アイドルから、ついに大ステージの頂点に立ったというのに。
結局彼女は、明日からもポポロ村の泥にまみれて働く「強制労働アイドル」の運命から逃れられなかったのだ。
「往生しろよな。……世界の歌姫」
縁側から、龍魔呂の呆れたような、けれどどこか楽しげな声が響いた。
「助けてええええええっ! 龍魔呂さぁぁぁん! パトロンなら借金も肩代わりしてえええぇぇぇ!」
村長宅に響き渡る、人魚姫の情けない悲鳴と、キャルルのトンファーが風を切る音。
龍魔呂は振り返ることなく、二つの月を見上げながら、美味そうにバレッドの煙を空へと吐き出した。
異世界の夜は、今日もとてつもなく騒がしい。
第三章 貧乏神アイドル歌姫リーザ登場 完




