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天使の国

 白い、白い光が広がる。限りない白、しかしそこには混沌があった。

  

 俺は……ああそうだ、トラックに巻き込まれて、それで……。どうなったんだ?

「あれ? 身体、痛く無ぇな」

 不思議に思って見回してみると、見渡す限り白い世界が広がっていた。

「ここは……天国か?」

「半分正解。ここは天使の国だよ」

 後ろから声が聞こえた。慌てて振り向くと、そこにはまだ若い女の子が立っていた。10歳ぐらいだろうか? 

「お前……誰?」

「私は天使の国の案内人、実伽ミカ。よろしくね♪」

 女の子は白く長い髪をなびかせ、青い瞳で俺の顔をのぞき込んできた。

「あ、俺エンジ。よろしくな」

 とっさにそう返した俺は、ふと我に返った。

「っていうかさ、天使の国?……って事は、俺は死んだのか?」

「ピンポーン♪ 死んじゃってまーす」

 軽いノリでものすごく深刻な事を告げてきた。何だか少し腹が立つのは気のせいだろうか。

「お前ね、人の命をクイズの答えみたいに……」

 文句を言おうとしたが、子供相手に怒っても仕方ないと思い直した。それに大人気ないってユキにチョップされちまうからな。

 そう思ったが、ユキがここにいないのを思い出して、一つため息をついた。

「はぁー、そうかぁ……生き返れたり……しない?」

「ブッブー。世の中そんなに甘くありませーん。一度全うした命は同じ個体として戻る事は出来ないのでーす」

 あくまで軽いノリらしい。だんだん慣れてきた。

「って事は違う個体として生まれ変わるって事?」

「おっ、なかなか物わかりがいいねぇ〜。でも厳密に言うとちょっと違うの。生まれ変わるって言ってもひとつの魂がひとつの命に転生する訳じゃなくて、全ての魂は天国へ行くと、一旦ひとつのエネルギー体として融合して、新しく生まれ出てくる命に必要な分だけ分配されるの」

「んー、つまり生まれ変わらない……って事じゃねーの?」

「あはは、そうとも言えるかもねぇ。でもそれが輪廻の(というものなの。前世とかいう考えは人間の世界だけの話よ」

「まぁもう死んでるんなら関係無ぇよなー……ん? って事はさ、なんで俺は俺の姿のままでいれてるんだ? そのエネルギー体ってやつに融合されてないのか?」

「おっ、するどい! ここまで物わかりがいい人はめずらしいなぁー。簡単に言えばあなたはまだ成仏してないって事なの」

「成仏? って、俺クリスチャンだからできねーのかな?」

 信心深くもないのにな――。

 そう思うと苦笑が漏れた。

「あ、そうだったわね。まぁこの際宗教的な事は置いといて、普通に死んだ魂は、そのまま天国へ行けるんだけど、若くして死んだり、心残りがあるまま死んだ人は、天国へ行けずに中途半端に彷徨っちゃう訳」

「地縛霊みたいなもん?」

「あー、そうそう。人間の世界ではそう言うのよね。それを私達は『天使』って呼んでるの」

「ちょっと待て! 何だか変な話になってきてるな。俺が天使?」

「そうそう。背中触ってみ?」

 なんだか訳が分からないまま言われた通りにすると、ふわっ、としたものに触れた。鳥の羽根みたいだ。

「うわっ、なんだこりゃ」

 驚く俺を無視してミカが笑いながら言う。

「頭のわっかもサービスしといたよ。人間ってそういうの好きでしょ?」

 頭の上に手をやると、確かにぐにょぐにょとした変なわっかがある。

 さっきから妙に明るいと思った。それにしても天使の輪って柔らかいのな。

 そう思いながら身体のあちこちを見てみた。傷も全部無くなってる。

「やっぱりビジュアルは大切だからねぇー。形から入るってのも悪くないんじゃない?」

 極めていい加減な事を言うミカ。ふと見るとミカには羽根もわっかも無い。

「お前は天使じゃねーの?」

「ううん。私は違うわ。ここで生まれたの。人間でも天使でも無い、それこそ中途半端な存在なの」

「んー、そうか。よく違いがわかんねーけど」

「わからないなら、死にたてほやほやの先輩天使がいるから呼んであげるよぉ。実際に会ってみた方が早いと思うしね♪」

 ミカは何かぶつぶつと呪文のようのものを唱えた後、えいっ、とかけ声をかけた。

 そのまま顔だけ振り向くとこう言った。

「実は今のしなくても呼べるんだけど、こういうの好きかと思ってやってみた♪」

「意味無いのかよ!」

 どうもこのノリにはついていけない。頭をかいていると、目の前に突然女性が現れた。テレビなんかで見るテレポーテーションみたいだ。後ろ向きになっているのでまだこちらには気が付いていないようだ。

 背中に羽が生えている……って事はこいつが天使なのか。

「なんか用?」

 女性は気だるそうな声でミカに問いかけた。ミカは無言でこっちを指さした。

 振り向いて俺に気が付いた女性が、急に笑顔になって声をかけてきた。

「あ、エンジだー。いらっしゃい、待ってたよ」

 いきなり馴れ馴れしい態度。

「へ? 何で俺のこと知ってんの?」

「あはは。私、昨日死んじゃったんだけど、外人みたいなイケメン君がいいってごねてたら、ミカがエンジの事教えてくれたの」

「何だよ? 意味分かんねー」

 話についていけない俺を見て、慌ててミカが話に割り込んできた。

「あー、ちょっと待ったぁ! まだエンジにここのシステムを説明してないんだからぁ〜」

「あら、そうだったの?」

 とぼけた声を出す女性に続けてミカが言った。

「えーと、どこまで説明したっけな。とりあえず心残りがあるまま人が死んだら、天国に行けずに彷徨って天使になっちゃうってとこまではOK?」

「ああ、そうみたいだな」

 輪っかや羽根を見せられては否定もできない。どうやら夢でもウソでもなさそうだった。

「それでね、天使は天国に行くために試練を乗り越えなきゃいけないの」

「試練?」

「うん。まぁ難しい事じゃないよ。天使はひとりの人間をあるじと決めて、その人の願いをひとつだけ叶えるという使命を負ってるの」

「ひとつだけ? えらく簡単じゃねぇ?」

 拍子抜けして答えた。

「んー、まぁそうなんだけど実際はそう簡単にはいかない事が多いかな」

「なんで?」

「じゃああなたはすぐに天国に行きたい?」

 そう聞かれた俺は冷静に考えた。

「あ……そうか、天国に行ったら魂が吸収されちゃうから、俺が俺じゃ無くなるんだよな」

「そう。大抵の人はそう簡単に主の願いを叶えようとしないわ」

「んー、じゃあずっと叶えなければいいんじゃないか?」

「あっははー。誰もが考える事だけど、そうは問屋が卸さないんだよねー。天使の寿命は三年だけなのだぁ♪」

「え? たった三年?」

 あまりの事に驚いて、素っ頓狂な声が出た。爪を噛みながら眉間にしわを寄せた。俺は昔から困った事があると爪を噛む癖があるんだ。

「じゃあどうあがいても三年しか俺でいれないって事か」

「そう、その通り。誰に付くかは自分で選べるけど、誰に付こうが三年なのよー」

 困ったもんだ――というジェスチャーをしながらも、なぜか笑顔のミカ。

「もし3年過ぎたら?」

 俺の問いにミカは初めて神妙な顔をして答えた。

「消滅……ね。もう二度と生まれ変わる事は無くなるわ」

「消えちまう……のか」

 俺はまた爪を噛んだ。それまで大人しくしていた女性が横から割って入ってくる。

「理解できた?」

「ああ、何となく……はな」

「って事で、昨日死んじゃった私はイケメン君に取り付きたいって思ってたから、ミカに誰かいない? って聞いたらエンジの事教えてくれたって訳」

「そうか、じゃあお前が俺の天使……」

 そう言おうとしてまてよ――と考え直す。

「……って違うか、人間に取り付くんだもんな」

「そうそう、エンジに決めたーって思ったのにさ、今日死ぬ人間には取り付けないってミカが言うからせっかくいい人見つけたのに大ショック! で、仕方ないから友達のリュウ君にしたの。リュウ君の名前って私と同じ漢字だから親近感湧いたしね」

「へ? お前、リュウの天使なんだ」

「うん。だからエンジがどうやって死んだかも知ってるよ」

「なんか複雑な気分だな……」

 俺はあの少女を助けた時の事を思い出していた。

「あ、いっけない。自己紹介してなかったね。私は江琉エル。よろしくね」

 その声に我に返って顔を上げた。

「ああ、よろしくな」

 手を握り返すと、まじまじと顔を見てきたエル。

「それにしても君ホントにイケメンだねー。本物の天使みたい。ますます惚れちゃった」

 あまりのストレートさに、どう答えていいかわからず、俺は愛想笑いを浮かべた。そこにミカが割り込んでくる。

「はーいそこまで! まったく、私を無視して二人だけの世界に浸っちゃって感じ悪いよー?」

「いや、俺は浸ってねーけど……」

 無視してミカが言う。

「とりあえずシステムがわかったところで、そろそろ誰に付くか決めようね。誰に付くか決めてる?……って聞く必要も無いと思うけど」

「もちろんユキ……だ」

 即決する俺にエルという天使はちょっと不満顔をしていた。続いてミカが言う。

「やっぱり……ね。ひとつ気を付けて欲しいんだけど、天使は人間に手は出せないの。天使が出来る事は、どの願いを叶えてあげるかを決める事だけ。もし主に酷い事が起こったとしても、何も手は出せないし、ずっと見守らないといけないの。見たくない事も全て……ね。それでもいいの?」

 含みのある言い方をしてきた。それでも俺の決意は変わらない。

「ああ、俺はユキのそばにいたいんだ」

「わかったわ。では最後にもう一つ。天使は取り付いた主の心の声が聞こえるようになるの。しっかり聞いて、慎重に願い事を選んであげてね」

「ああ」

「準備はいい? もし私が必要な時は呼んでくれたらいつでも来るからねー」

「オッケ。センキュ!」

「おっ気軽にぃ♪」

 最後はまた軽いノリに戻っていた。

「じゃあ、私はリュウ君のところに戻らないといけないから……」

 エルが言った。

「ああ、またな……」

 俺がそう言うと、周りの白い世界が一瞬にして色付いていった。


               ――――――――――――――――――――



 現実世界に戻ったようだ。しかしそこは見慣れない部屋の中だった。エルは……いない。代わりに椅子に座っているひとりの少女が目の前にいた。背中を向いてはいたが、すぐにわかった――ユキだ。

 辺りを見回すと、何となく思い出した。そういえば昔ここに来た事がある。ここはユキの部屋なのだ。

背中を向けて座っているユキに近づいた。

 ユキは俺が渡したお守りを黙ってじっと見つめていた。握りしめたまま何も言わない。ふと、その心の声が聞こえる。


――ねぇエンジ、ウソだよね?もうあなたがいないだなんて、ウソだよね?――


 涙は流れていなかった。だが肩は小刻みに震えていた。その姿を見て、いたたまれなくなった俺は声をかけた。

「ごめん、ユキ……」

 しかしユキは気が付かない。


――私、絶対泣かない。エンジは死んでなんかいない――


 ユキは必死で現実から逃れようとしていた。俺はその可哀想な後ろ姿を、そっと抱きしめようとした……が両腕はするり、とユキの身体を通り抜けた。

『天使は人間に手を出せないの』

 ミカの言葉を思い出した。

「くそっ、そういう事か……」

 俺はユキに対して何もしてやる事はできないんだ――。

 悲しい現実をいきなり突きつけられた俺は、ユキの震える肩をただずっと眺めるしかなかった。




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