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プロローグ


 いつからかな? ううん、7年前のあの時からだ。

 クリスマスイブになると、私の上には毎年雪が降るようになった。

 私はその理由を知っている。見守ってくれているんだよね。

 これからもきっと、ずっと……。



「エンジ!」

 そう呼ばれた少年は柔らかな金髪をなびかせ、空高く舞い上がった。

 ひと際大きな身体は、空中で静止すると同時に見る者の時間をも止めていた。太陽に照らされたその影が、切り取られた時間の中、反転する。

 明らかに強すぎる――。

 誰もがそう思ったパスを、大きな孤を描いたその足は見事に捕らえていた。

 オーバーヘッドキック!

 少年の姿にコンマ何秒かだけ見とれていたキーパーは、我に返り、飛んできたモノに必死で食らいつく。しかし、その伸ばした手をあざ笑うかのように、ボールはゴールネットに吸い込まれていった。

 一瞬の静寂の後、審判の笛が鳴る。

 ピピィー!

 止まっていた時間がまた動き出した。


「キャー、エンジ君かっこいい〜!」

 黄色い声援が飛ぶ。サッカーグラウンドの周りは女生徒達でいっぱいだった。仲間達に手荒い祝福をされながらガッツポーズを取る先ほどの金髪少年。

「ほら、今の私に向かってしてくれたよ!」

「はぁ?何言ってんの? 私に決まってるじゃない」

 ギャラリーのそこかしこからそんな声が沸いていた。

 しかし、少年の視線はその集団を通り越し、少し離れた位置に立っている少年と少女に向かう。

 片方は茶髪でセミロングの女の子だった。軽くサイドに流した前髪の下、くりっとした瞳はまだあどけなく、綺麗というより可愛いという言葉が似合う。少女は、白い半袖から伸びた白い腕を大きく振って応えた。小さな口を元気よく開く。

「エンジやったね!」

「うん。やっぱりすごいな」 

 そう答えたのは、黒ぶち眼鏡をかけたやや背の高い少年だった。黒い髪に黒い学生服。一番上まで止めたボタン、しっかりと前の閉じられたカラーが、生真面目な優等生を思わせる……とはいえ決して四角四面ではなく、時折り見せる柔和な表情から、人懐っこさが滲み出ていた。 

 周りの熱狂ぶりに比べると、その二人は明らかに浮いている。ただ彼らが金髪の少年に送る眼差しは、誰よりも温かかった。


 雲一つ無い青空の下、試合は続く。ここは私立青葉中学校。同じ学区内のライバル、栄中との試合の真っ最中だ。

 3対2。先程の金髪少年のゴールで、青葉中が一点リードしたところだった。

 もうロスタイム。栄中は諦めムード。試合は決まった――誰もがそう思った。

 しかし、かつて『栄中のファンタジスタ』と呼ばれていた小さな栗毛の少年は、残り少ない時間の中、だらけそうになった空気を一人で切り裂いた。

 キックオフと同時にもの凄いスピードで敵のゴールに向かっていく。慌てる青葉中DF(ディフェンダー)は対応しきれない。

 ただ一人予測していたかのように、先ほどの金髪少年がその影に追いすがった。徹底的なマーク。熾烈なボールの奪い合いが始まった。

 一瞬の隙をついて栗毛の少年がシュートを放つ。ボールは金髪の少年の脚をかすめて、ゴールポストの端に当たり、そのままグラウンドの外に転々と跡を残した。その刹那……


 ピィ、ピィ、ピィィィー!


 試合終了の笛が響き渡る。

 栗毛の少年は、ひとつため息を付いて空を見上げた。

「終わっちゃった、か」

 駆け寄ってきた金髪の少年が、嫌味の無い声で話しかける。

「さすが栄中のファンタジスタ。惜しかった、な」

「あはは、昔の事だよ。恥ずかしいからその名前止めてよね、フライングゴールデンヘアー君」

 栗毛の少年はわざとらしく最後の部分を強調して言った。

「うわ、それ周りのヤツが勝手に付けたあだ名だから止めてくれよな」

 あきらかに表情を曇らせた金髪少年は、ぶつぶつと独り言のように続ける。

「大体金髪はゴールデンヘアーじゃなくてブロンドだっつーの、まったく日本人はこれだからなー」

 栗毛の少年が笑いながらその様子を眺めている。その視線に気付いた金髪の少年は思い出したように握手を求めた。

「わざわざありがとうな。引退前に決着付けたいって俺のわがまま聞いてくれて」

「いいよ、楽しかったからね」

 栗毛少年はしっかりとその手を握り返した後、やれやれというジェスチャーで大げさにあきれ顔をして見せた。

「でもやっぱり適わないなー、君みたいなのがいるんだもの」

「いや、お前がずっとサッカー続けてたらどうなってたかわからないよ」

「あはは、買いかぶりすぎだよ」

 二人は嬉しそうに言葉を交わした。

 ライバル同士の爽やかなやりとりを、再度の固い握手で終えると、金髪の少年はグラウンドの外に走っていく。そのまま黄色い声援を無視して、温かい視線を送っていた二人に近付いた。


「エンジ、お疲れ様〜」

 迎え入れた茶髪の少女が、スポーツドリンクの入ったペットボトルとタオルを金髪少年に渡した。

「あ、うん。ありがとうユキ。それにリュウもサンキュ、な」

 金髪の少年は、くるくるとフタを回しながら、少女の後方に立つ学生服の少年に目をやった。

 リュウと呼ばれた少年は、黒ぶち眼鏡の奥で優しい目をして応えた。

 

 青葉中サッカー部三年生の引退試合が行われたその日、スカウトの視線を釘付けにしていた金髪の少年が、試合を終え、満足気な笑顔を浮かべていた。

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