旅のはじめはぎこちない
食事をしながら、わたしたちは旅について話し合った。そして、このまますぐ出るよりは、一晩ここで過ごして早朝出かけた方がいいだろうという結果になったため、その日は早々に就寝することにする。
方針が決まった後は、昨日のようにリーダイスがお風呂の支度をし、わたしは再び微妙な気分になりながらも、湯船に浸かった。なお、わたしが不在の間、リーダイスに構われまくったらしいユートは、すっかり彼に懐いて、食事のときも、わたしが入浴の間も、リーダイスの肩に乗ったままである。……淋しくなんてないんだからねっ。
そして寝なくても大丈夫という、謎の強がりを見せるリーダイスを寝台に追いやると、ユートを間に挟んでわたしもその隣に滑り込んだ。羞恥心は忘れるに限る。これから、いつこんな寝台でゆっくり寝れるかなどはわからないのだから。……まぁ、ぶっちゃけ疲れ切ってて寝たかったんですけどね!
「おやすみ。明日からよろしくね!」
「あ、ああ……」
『リーダイスもいっしょ! たのしみだね!』
ハイテンションなわたしとユートとは違い、リーダイスがいまいちなテンションなのは、きっと感傷に浸っているのだろう。なぜなら、明日彼はこの塔を出るのだから。
◆
「リーダイスもわたしも旅慣れてないから、ゆっくり行こうね~」
そして翌朝。有り難いことに天候は上々である。
先導者のわたしの号令に、神妙な顔をしてリーダイスが頷いた。ユートはわたしたちの頭上をふわふわと飛んでいる。
「たーびーはー楽しいな~」
以前歌ったのを思い出しつつ、わたしは都合のいい旅の歌を唄う。リーダイスに魔法は効かないので、疲労云々は意味がないが、魔獣については必要事項だ。
「楽しそうだな」
「楽しいよ~。自由ってすばらしい!」
「……そうだな」
浮かれているわたしとは逆に、相変わらずリーダイスのテンションは低い。ここにいたってわたしは、さすがに気を留めた。
「……大丈夫? リーダイス、具合悪い? 疲れた?」
「いっ、いや、大丈夫だ! 大事ない!」
「ホント? 無理しないでよ? 旅はまだ始まったばかりだし……。でも、一応休憩とろ? 急ぐ旅でもないし、ゆっくり行こうよ。わたしたちの速さでさ」
「わたしたち」
「そうだよ。リーダイスとわたし。ユートは空飛んでるか抱っこされてるし、他に誰もいないでしょ?」
指摘すると、図星を指されて恥ずかしかったのか、リーダイスが真っ赤になった。最近よく赤面してるけど、熱があるとかじゃ、ないよね?
「!」
「ごめん、熱測ろうと思って。うん、触った感じ、熱はないね」
額を寄せると、リーダイスは目を見開いた。ものすごい驚きようである。宝石みたいな目玉が落ちそうなくらい。
あ、そっか、王様はこんな風に熱を測らないのかも。それに思い当ったわたしは、慌てて謝罪する。
「ごめんね、父や伯父が皆こんな風に熱測ってたから、うちのきょうだい、こんな風に測るのが当然になっちゃってて」
「い、いや、驚いただけだ。その……突然だったから」
「そだね。うん、次からは一言言います」
しまった、浮かれすぎて失敗した。自由を謳歌していると言っても、他人様に迷惑をかけるのはまずいだろう。
『リーダイス、まっかっか~』
「わたしが悪いんだよ」
『フィリアのせいなの? うれた赤リーツみたい。かわいい~』
リーダイスの顔を覗き込むように頭上にとまったユートが、からかうように笑ったが、当の本人にそれを聞かれなかったのは幸いとしておこう。