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第39話 最悪の第一印象

ここ数日、カイルが学者たちと親交を深めている話は、アルフォンス殿下の耳にも届いていた。


「まだ授業も始まっておらんというのに、随分熱心だな」


報告書を閉じたアルフォンスは、口元へ穏やかな笑みを浮かべる。


クラウスをはじめ、城へ出入りする学者たちのもとを訪ねては、夜遅くまで議論を交わしているらしい。


その報告に耳を傾けていたレオナルドも、わずかに表情を緩めた。


「騎士学校の学生というより、学者の卵と聞かされた方が納得できますな」


「いや、おそらく違う」


即座に返したアルフォンスへ、レオナルドが視線を向ける。


「と言いますと?」


「彼の中心にあるのは、すべて商売だ」


その答えに、レオナルドは静かに眉を動かした。


城へ招くにあたり、アルフォンスはエルマーからカイルについて詳しく聞き取っていた。


発明家兄弟として歩んできた経歴。


魔物素材を利用した新商品の数々。


そして、トリニティ・クロスというブランドを立ち上げ、自ら商売まで手掛けていること。


どれも、騎士学校へ通う十六歳の学生から出てくる話とは思えない。


「商売をするために数字を学ぶ。魔物素材を加工したいから自然学や鉱石学を学ぶ」


「なるほど……」


レオナルドが小さく漏らすと、アルフォンスは楽しげに続けた。


「天候や農業を知れば作物や相場を読める。歴史や天体ですら、話の種や流行を読む材料になる」


そこまで聞き、レオナルドもようやく腑に落ちたように息をつく。


「知識そのものではなく、目的が明確なのですな」


「そういうことだ」


アルフォンスは満足そうに頷いた。


「売るために知る。知るために学ぶ。だから、どの学者とも話が合うのだろう。面白い子だ」


珍しい少年を眺めるだけの興味ではない。


将来への期待が、その声には滲んでいた。


しばらく沈黙が流れたあと、レオナルドがふと思い出したように口を開く。


「しかし、騎士を目指すのであれば、肝心の剣がいかほどか」


「それも明日には分かる」


アルフォンスは窓の外へ目を向けた。


「いよいよ座学と鍛錬の始まりだ」


「そうですね」


返事をしたレオナルドだったが、次の瞬間には眉間へ小さく皺を寄せる。


「ですが、クラウスはカイル殿を騎士たちへ紹介したのでしょうか?」


その一言で、アルフォンスの動きが止まった。


「……そうだった。今回は城で鍛錬を受けさせる予定だったな」


嫌な予感が胸をよぎる。


クラウスのことだ。


興味を持った場所へしか近寄らない。


研究棟なら喜んで案内するだろうが、騎士たちとなれば話は別である。


そもそも騎士の名前など、ほとんど覚えていない。


いや、覚えようとすらしていないはずだ。


額へ手を当て、小さく息を漏らす。


「……すまん、レオナルド」


「はい」


「お前がカイルを連れて、挨拶に行ってくれ。クラウスへ任せると、学者しか紹介せん」


レオナルドも納得したように頷いた。


「確かに、その可能性は高いですな」


「悪気はないのだがな」


「興味がありませんからね」


二人は顔を見合わせ、小さく笑う。


一礼したレオナルドは、その足でカイルたちの部屋へ向かった。


しかし、何度扉を叩いても返事はない。


「留守か……」


窓の外を見ると、日も傾き始めていた。


授業も始まっていない今、出歩く場所など限られている。


自然と答えは一つに絞られた。


「……まだクラウスが連れ回しているのか」


ため息をひとつ漏らし、踵を返して研究棟へ向かう。


案の定、学者棟へ近づくにつれ賑やかな声が聞こえてきた。


普段なら議論の声が響く程度だ。


ここまで騒々しくなることは滅多にない。


「何事だ?」


足早に廊下を進み、角を曲がる。


飛び込んできた光景に、レオナルドは思わず足を止めた。


大柄な男たちが一人の少年を取り囲んでいる。


中央に立っていたのはカイルだった。


周囲を囲むのは、武具研究室の鍛冶師と学者たち。


揉め事なのか、それとも議論なのか。


距離があるため会話までは聞き取れない。


ただ、一人だけ見覚えのある男が最前列に立っていた。


「……ジーク殿か」


王国屈指の鍛冶師。


武具研究室へ籠もりきりで、人付き合いを嫌う頑固者として知られる男だ。


そのジークが、自ら部屋を飛び出し、一人の少年へ身を乗り出している。


(何があった……?)


訝しげに眉をひそめながら、その輪へ歩み寄る。


「その契約とは何をすればいい?」


「殿下の許可が要るのか?」


「今すぐ結べるのか!?」


鍛冶師も学者も我先にと詰め寄り、口々に問い掛ける。


押し寄せる勢いを見たルークが咄嗟に一歩前へ出てカイルを庇った。


それでも当人は困った様子もなく、小さく首を傾げる。


「そんなに興味があるんですか?」


その問いに、一同は一瞬だけ顔を見合わせた。


次の瞬間――真っ先に叫んだのはジークだった。


「当たり前だ! 魔物の牙が加工できるなど聞いたこともない!」


興奮を隠そうともせず、さらに言葉を重ねる。


「そんな素材が自在に加工できるなら、武具の歴史が変わる!興味がないわけがあるか!」


あちこちから賛同の声が飛び交い、その熱気に学者たちまで大きく頷いていた。


カイルは目をぱちりと瞬かせる。


「そうなんですね」


あまりにも淡泊な反応だった。


だが、それも計算のうちだ。


魔物素材を加工できる――そう口にしたのは、彼らの興味を引くため。


仮に話だけが広まっても、「冗談ですよ」と笑えば済む。


証拠さえなければ、それで押し通せる。


だからこそ、安心して投げられる餌だった。


額へ手を当てたジークが呆れたように呻く。


「坊主……お前、自分が何を言ったのか分かっておらんのか……」


小言を受けても、カイルは小さく笑うだけだった。


「興味本位で話を聞くだけの人は求めていません。本当に力を貸してくださる方だけです」


穏やかな口調。


その一言で場が静まり返る。


沈黙を破ったのは、やはりジークだった。


「もちろん協力する! 話だけ聞いて終わる気などない!」


「必要なら私も手を貸そう」


「わしもだ!」


鍛冶師たちが次々に名乗りを上げ、学者たちまで力強く頷いている。


熱意を真正面からぶつけられたカイルは、少し照れたように笑った。


「ありがとうございます。でも、皆さん王国でも有名な方ばかりじゃないですか。僕なんかがお願いしたら、雇うだけでも大変そうです」


その言葉に、鍛冶師たちは一斉に口を閉ざした。


「金の話か?」


「まぁ、それは……」


「いや、それ以前に――」


誰もが続きを口にしかけた、その時だった。


「――何の話だ?」


低く落ち着いた声が、その場を静かに貫いた。


一斉に振り返る。


鍛冶師たちの間をゆっくり歩いてきたレオナルドは、そのままカイルの前で足を止めた。


「随分と賑やかだな」


穏やかな口調とは裏腹に、その視線は鋭い。


カイルは思わず目を丸くした。


(まずい)


レオナルドはアルフォンスの側近だ。


魔物素材の加工自体は知られているが、未成年の自分が武器製作まで進めようとしているとなれば、さすがに面倒になる。


(さて、どう誤魔化すか……)


頭の中で言い訳を組み立てながら、営業用の笑顔を浮かべる。


「皆さんと少しお話をしていただけですよ」


「話?」


「はい」


カイルはあっさり頷いた。


「古い設計図を見ながら、『もし今の技術で作るなら、こうした方が面白いんじゃないですか』って話をしていただけです」


嘘は言っていない。


肝心な部分だけを綺麗に伏せただけだ。


レオナルドは何も答えない。


射抜くような視線で、しばらくカイルを見つめ続ける。


(……やっぱり似てる)


心の中で小さく苦笑した。


この男の空気は、やはりグランツ家の執事長ギルバートによく似ている。


普段は冷静だが、一度何か引っ掛かれば簡単には見逃さない。


こちらの表情や言葉尻から、僅かな違和感まで拾い上げてくる。


(やりづらいんだよなぁ……)


笑みを崩さず待っていると、やがてレオナルドが小さく息を吐いた。


「……そういうことにしておこう」


追及はそこで終わった。


助かった、と胸の内で安堵する。


「カイル殿」


「はい」


「明日から剣の鍛錬が始まる。その前に、鍛錬を受け持つ騎士たちへ挨拶に行くぞ」


その一言で、カイルの表情が明るくなった。


「それは大切ですね」


すぐにジークたちへ向き直り、深々と頭を下げる。


「皆さん、本日はありがとうございました。また改めて、お話しさせてください」


「お、おう……」


「待て、まだ話は終わっとらん!」


「契約の件も聞いておきたい!」


名残惜しそうな声が次々と飛ぶ。


カイルは困ったように笑いながら一歩後ろへ下がった。


「続きはまた今度ということで」


そう言ってレオナルドの隣へ並ぶ。


(助かった……)


内心では胸を撫で下ろしていた。


これ以上ここへ留まれば、契約の話も剣の話も雪崩のように質問が飛んでくる。


レオナルドの登場は、まさに渡りに船だった。


背後からはなおも声が飛ぶ。


「忘れるなよ!」


「必ず戻ってこい!」


「約束だからな!」


苦笑しながら手を振り返し、その場を後にする。


一方、残されたクラウスはというと、あっという間に学者と鍛冶師たちの輪の中心へ引きずり込まれていた。


「お前はその契約を結んでいるのか?」


「魔物素材とは具体的に何を指している?」


質問攻めに遭うクラウスを横目に、ルークは小さく頭を下げると、急いでカイルたちを追い掛ける。


歩き始めたカイルとルークへ、レオナルドの視線が向いた。


二人が抱えている紙束は相当な量だ。


何が書かれているのかまでは分からないが、この数日で集めた資料なのだろうか。


「一度部屋へ戻ろう」


「はい」


紙束を抱えたまま訓練場へ向かうわけにもいかない。


資料を部屋へ置いた三人は、改めて騎士たちが鍛錬する訓練場へ向かって歩き出した。


道すがら、レオナルドが静かに口を開く。


「知っているとは思うが、この城の騎士について改めて説明しておこう」


「お願いします」


「この城にいる騎士は大きく二つに分かれる。一つは城門や城内警備、巡回を担う一般騎士。もう一つが、殿下や重臣方の護衛を務める近衛騎士だ」


「はい」


「見分け方は鎧や訓練着の色、それに紋章だ。宿舎も訓練場も分かれている」


「そんなにはっきり分かれてるんすね」


ルークが素直に感心すると、レオナルドは短く頷いた。


「基本的には一般騎士の中から優秀な者が近衛へ選ばれる。騎士の世界には明確な上下があるからな。近衛へ配属されることは、多くの騎士にとって一つの目標でもある」


少し間を置き、続ける。


「もっとも例外がないわけではない。他国の要人を迎える場では見栄えも重要になる。そのため容姿や家柄を理由に近衛へ置かれる者もいる」


騎士たちの間では"お飾り"と陰口を叩かれることもあるが、過去には妃や姫が自ら望んで近くへ置いた例もあった。


もっとも、それは極めて稀な話だ。


レオナルドは真っ直ぐ前を見据えた。


「大半の近衛騎士は実力でその座へ上がっている。そして実力が足りぬ者は、家柄や後ろ盾を利用して出世するしかない。どこの組織にもある話だ」


そこで初めてカイルへ視線を向ける。


「だからこそ、この世界では家柄もまた一つの力だ。君なら、その力も使えるだろう。グランツ家といえば、三男坊でも十分に名が通る。見栄えも悪くない」


淡々とした口調だった。


喧嘩っ早い少年。


そう聞いていたレオナルドは、家柄や容姿を持ち出した時、カイルがどう反応するのか見ていた。


しかし当の本人は表情一つ変えない。


「それはいい家に生まれましたね」


にこりと笑う。


「生まれは選べませんし、容姿も役に立つなら使わせてもらいます」


家柄を誇ることも否定することもない。


使えるものは使う。


ただ、それだけだった。


(……聞いていたほど単純ではないな)


レオナルドは胸の内だけで評価を改め、そのまま歩みを進めた。


「もっとも」


一拍置き、静かな声で続ける。


「騎士の世界で最後に物を言うのは、やはり腕だ」


「はい」


「そこで今回、殿下の指示により、君を近衛騎士の訓練へ混ぜる」


「えっ!?」


ルークが思わず声を上げた。


さすがのカイルも、わずかに眉を下げる。


「レオナルド様。言っておきますが、僕はまだ学生なのですが」


「承知している」


即答だった。


「だからといって、訓練内容を変えるつもりはない」


迷いのない言葉に、ルークは思わず息を呑む。


近衛騎士。


王国でも選び抜かれた者だけが所属を許される精鋭だ。


そこへ学生が加わるなど、聞いたこともない。


「……随分と買われたものですね」


苦笑混じりに返したカイルへ、レオナルドは静かに首を振った。


「期待ではない」


「?」


「確認だ」


短く言い切る。


「君に、その資格があるかどうかをな」


その一言に、カイルの口元がわずかに持ち上がった。


「なるほど」


殿下が見たいのは、今の実力ではない。


近衛騎士に並ぶ資質があるのか、その先まで伸びる人材なのか。


魔物を狩る騎士を目指すというのなら、人よりも遥かに強い魔物を相手にすることになる。近衛騎士と並ぶ――いや、それ以上の力が必要だと、殿下は考えているのだろう。


だから最初から近衛騎士たちの中へ放り込み、その目で見極めようとしているのだ。


(そういうことか)


何とも荒っぽい。


だが、嫌いではない。


(ここで腕を見せられれば――)


魔物を狩る騎士。


その組織を作るという夢も、ただの理想では終わらない。


この城にいる者たちへ実力を証明できれば、計画は大きく前へ進む。


「楽しみですね」


自然と笑みが浮かんでいた。


その返事に、レオナルドは何も言わず、小さく頷くだけだった。


やがて三人は、近衛騎士たちが鍛錬を行う訓練場へ辿り着く。


重厚な木扉がゆっくりと開く。


次の瞬間――


ガァンッ!!


木剣同士が激しくぶつかり合う音が、訓練場いっぱいに響いた。


さらに奥では、実剣による打ち込みだろうか。


乾いた金属音が何度も鳴り渡る。


怒号にも似た掛け声。


土を踏み締める音。


汗と土埃が入り混じった匂い。


研究棟とは空気そのものが違っていた。


「近衛騎士長を呼ぼう」


レオナルドが奥へ声を掛ける。


ほどなくして、一人の男がゆっくりと歩いてきた。


ひと目で強者だと分かる。


無駄のない体躯。


鍛え抜かれた肩と腕。


四十代前半と思われる年齢ながら、その立ち姿には今なお最前線で剣を振るう者だけが持つ圧があった。


レオナルドは一歩前へ出る。


「近衛騎士長。こちらがグランツ家三男、カイル・フォン・グランツ殿だ。騎士学校でも優秀な成績を収めている生徒だ」


一拍置き、淡々と続ける。


「もっとも、まだ学生だからな。最初から近衛騎士の訓練についていけるとは思っておらん。それでも君に指導を任せたい。頼む」


男は返事の代わりに、カイルをじっと見据えた。


値踏みするような視線が、頭の先から足元までゆっくりと流れる。


「……へぇ」


低く漏らした。


「お前が、団長の息子か」


近衛騎士長――バルド・グレイヴ。


グレイヴ家は、高位貴族と呼ばれる公爵家に次ぐ格式を持つ侯爵家の名門。


その名だけで、王国中の騎士が一目置く家柄だった。


(やっぱり腕だけじゃねぇのか)


カイルは胸の内で小さく苦笑する。


近衛騎士長という地位には、実力だけでなく、それに見合う家柄も求められるらしい。


そんなことを考えていると、バルドが大股で歩み寄ってきた。


「よろしくな」


そう言って右手を差し出す。


カイルも自然とその手を握った。


「よろしくお願いします」


次の瞬間だった。


ぐっ――。


指へ強烈な力が込められる。


(っ……! マジかよ!?)


露骨な力比べだった。


突然の握力に、指の骨が軋む。


まともに受ければ顔へ出そうなほどの力だった。


それでもカイルは、笑みだけは崩さない。


「団長のご子息を指導できるとは光栄だ」


口元だけを歪めたバルドが、値踏みするような視線を向ける。


「それにしても、随分と見た目がいいな」


その目が、カイルの顔をゆっくりとなぞった。


「まさか女に騒がれたいだけで、騎士になりたいんじゃないだろうな?」


挑発することを隠そうともしない。


その言葉を聞き、カイルはようやく相手の意図を理解した。


(……そういうことか)


この男は最初から、俺を見た目だけのお飾り騎士だと思っている。


(気に入らねぇな)


内心で舌打ちしながらも、表情だけは崩さない。


「そんなことは決してありませんので、何卒ご指導よろしくお願いいたします」


丁寧に頭を下げるのと同時に、握る右手へ力を返した。


ぎりっ。


互いの指が軋む。


(……なんだ、このガキ)


バルドの眉がわずかに動く。


ただ耐えるだけではない。


学生とは思えない力が返ってきた。


一方のカイルも相手を見据える。


(……なんだ、このおっさん)


力任せではない。


体重の乗せ方も、握る角度も洗練されている。


握手だけで、積み重ねてきた実戦経験が伝わってきた。


互いの視線が真っ向からぶつかる。


張り詰めた空気が、二人の間を静かに満たしていた。


その様子を、レオナルドは静かに見守っている。


(互いに最悪の第一印象だな)


胸の内で苦笑する。


もっとも、予想どおりでもあった。


バルドは昔から、美男子の騎士を嫌っている。


見た目だけで持て囃され、実力もないまま騎士を名乗る者を何人も見てきた。


だからこそ最初は必ず試す。


それが、この男なりのやり方だった。


やがて二人は、ほぼ同時に手を離す。


表情は変えない。


だが、二人とも痛む右手をさりげなく下ろしていた。


その様子を見て、バルドが口角を吊り上げる。


「いいな……明日が楽しみだ」


先ほどまでの棘は残っている。


それでも、ほんの少しだけ愉快そうな響きが混じっていた。


「こちらこそ。よろしくお願いします」


カイルも一礼する。


その姿だけを見れば、どこからどう見ても模範的な騎士候補生だった。


だが、その背後では、ざわりと空気が揺れる。


「……あれがラインハルト団長の息子か?」


「嘘だろ。もっと熊みたいな奴かと思ってたぞ」


「まだ十六歳なんだってよ」


「団長や兄貴たちとは似てねぇな」


囁きは瞬く間に広がっていく。


誰もが最初に目を奪われたのは、その容姿だった。


切り揃えられた黒髪に、涼やかな目元。


歳のわりに背も高く、すらりとした立ち姿は騎士というより貴族の子息を思わせる。


「団長の奥さん、美人だからな」


「あぁ……あれは母親似だ」


そんな声が耳へ届いても、カイルは気付かないふりをした。


レオナルドはバルドへ向き直る。


「では、明日から頼むぞ」


「お任せください」


短いやり取りを交わすと、カイルも軽く頭を下げた。


「失礼します」


それだけ告げると、レオナルドとともに訓練場を後にする。


背中へ何本もの視線が注がれていることは感じていたが、振り返ることはしなかった。


当人は、その中に見知った相手がいることなど知る由もない。


「……本当に、あのカイルだ」


訓練場の隅で、一人の赤髪の青年が槍を握る手へ静かに力を込める。


ぎりっ、と木の柄が軋んだ。


幼い頃のカイルを知る彼にとって、この場所で再会するなど予想もしていなかった。


一方、部屋へ戻ったカイルは、扉が閉まるなり大きく息を吐いた。


「……はぁぁぁぁぁ……」


勢いよくソファへ倒れ込み、そのまま天井を仰ぐ。


「なんだアイツ……!」


低く漏れた声には、苛立ちが隠しきれない。


「手、潰す気かよ……クソ……」


右手を握っては開き、鈍く残る痛みに顔をしかめる。


そんな様子を見たルークが、呆れたように肩を竦めた。


「坊ちゃん、マジで裏表激しすぎっす」


「うるせぇ……」


ぶっきらぼうに返し、痛む手をぶらぶらと振る。


「マジでアイツ、どんだけ力強いんだよ。人じゃなくてゴリラだろ……」


「ゴリラに喧嘩売る坊ちゃんも坊ちゃんっすけどね」


くっくっと笑うルークへ、カイルはソファへ深く沈み込んだ。


「……チッ。よりによって、あんなのが近衛騎士長とか聞いてねぇ」


王都の近衛騎士長なら顔も名前も知っている。


だが、アルテの近衛騎士団とは今回が初対面だった。


まさか挨拶早々、あんなゴリラみたいな男に絡まれるとは思ってもいない。


ふと、レオナルドの言葉が頭をよぎる。


――グランツ家なら、三男坊でも家の名が使える。


(何がだ)


あのゴリラ、家柄なんかこれっぽっちも見てなかったじゃねぇか。


最初に見たのは、俺の顔だけだ。


「くそ野郎が……」


悪態をつきながらも、口元はわずかに緩んでいた。


「……ま、いい。本物の騎士ってやつを見せてもらおうじゃねぇか」


王弟直属の近衛騎士団。


実戦を潜り抜けてきた者たちの剣。


あのゴリラすら超えなければ、その先はない。


明日から始まる日々を思うと、胸の奥が熱くなった。

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