第19話 空気が変わる夜
アイアーベアは、もう理解していた。
この戦場を動かしているのが誰なのかを。
狙いは、完全にカイルへ移った。
赤い双眸が執拗に追ってくる。
カイルは紙一重で身をかわしながら、喉の奥で小さく笑った。
(……引っかかったな)
狙い通り、この怪物が自分だけを見ている間は、周りの刃が死なない。
誰かが自由に動ける。
誰かが次の一撃を入れられる。
ならば、狙われる価値はある。
次の呼吸で、カイルはもう戦場全体を動かす側へ思考を切り替えていた。
「傭兵ども! 前線に戻れ!!」
夜気を裂く怒声が飛ぶ。
さっきまで武具を打ち鳴らし、アイアーベアの意識を散らしていた傭兵たちへ、カイルは木剣を振り上げながら怒鳴った。
「もう、どこ狙うか分かっただろ!?」
血の滴る脚部を木剣の先で叩くように示し、さらに声を張り上げる。
「血吹いてるとこだ!! そこだけ斬れ!! 俺がやってたみたいに、護衛たちの後に斬り込め!」
傭兵たちは一瞬、顔を見合わせた。
やがて、誰からともなく口元を歪め、楽しそうに笑い出す。
「はっ、やっと分かりやすくなったな!」
「最初からそう言えよ!」
吐き捨てるような軽口とは裏腹に、その足はもう止まらない。
刃が、今度はばらばらではなく、関節、脇腹、腹下、喉元――裂けた柔らかい部分へ向かって集まり始めていた。
「――今だ、入るぞ!」
護衛の号令が飛び、その声を合図に刃が夜の中で揃って閃く。
喉元へ走った斬撃を、アイアーベアの赤い双眸がぎらりと追った。
途端、巨体が凄まじい勢いでそちらへ向き直る。
「来るぞ!!」
振り抜かれた爪が、空気ごと護衛たちを薙ぎ払おうと迫る。
だが、その最前で大盾が割り込んだ。
――ガギィンッ!!
耳障りな金属音が森へ響く。
衝撃を流し、ほんの僅かに軌道を逸らす。
その隙へ――
「うぉらぁぁ!!」
盾の横を抜け、傭兵が深く踏み込む。
――ザシュッ!!
裂け目へ刃が重なり、喉元の傷がさらに開いた。
黒い血が飛び散り、アイアーベアが腹の底から絞り出すような絶叫を上げた。
護衛たちの正確な剣筋。
傭兵の荒々しい斬撃。
本来なら噛み合わないはずの動きが、今は奇妙なほど綺麗に繋がっていく。
その連携の最前には、常に大盾があった。
爪を逸らし、退路を作り、次の一撃へ繋げる。
危険へ踏み込む者を、生きて戻すための壁。
(……ノエルの奴、盾持ちだったのか)
カイルはアイアーベアの注意を引きつけながら、目を細めた。
手合わせだけでは見えなかった動きだ。
受け方が上手い。
力任せじゃない。
衝撃を逃がし、仲間の動線を潰さず、致命だけを切り落としている。
味方を守るための動きだった。
そんな大盾のすぐ横では、傭兵たちが血飛沫を浴びながら生き生きと剣を振るっている。
(……アイツらも、十分イカれてんな)
頭のネジが何本か飛んでいなければ、この状況であそこまで踏み込めない。
死と隣り合わせなのに笑っていられる感じは、どこか自分と同じ匂いがした。
中でも、一人。
馬鹿みたいにデカい大剣を振り回す傭兵の男がいた。
「どけぇぇぇ!!」
怒号と共に振り下ろされた一撃が、アイアーベアの脇腹へ叩き込まれる。
――ズガァンッ!!
斬るというより、潰すような一撃だった。
裂けた傷口がさらに抉れ、黒い血が噴き出す。
(……あの一撃は重そうだ)
だから、そこを任せた。
刃が出揃い、一気に戦況が変わる。
巨体が暴れ、黒鉄のような毛皮が焚き火の光を乱反射させながら大きく揺れる。
そうしてついに、アイアーベアの前脚が沈み、膝が折れた。
ズン――ッ!!
地を揺らしながら、巨体が片膝をつく。
アイアーベアは苦しげに喉を鳴らしながら、なお立ち上がろうと前脚で地面を掻いた。
赤い双眸が、ほんの一瞬だけ森の奥へ向く。
巨体が、逃げ道を探すようにじり、と後ずさった。
途端、戦場に歓声が弾けた。
「やったぞ!!」
「押し返せる!!」
「森へ帰れ!!」
張り詰めていた空気が一気に緩み、安堵が波のように広がっていく。
武器を握る手から力が抜け、それでも誰も完全には下がらなかった。
護衛たちは盾を構え直し、傭兵たちも怒鳴りながらじりじりと前へ出る。
誰もが、そうやって生き残ろうとしていた。
「行け!! そのまま押せ!!」
「道開けろ!! 森へ帰せぇ!!」
怒号が飛ぶ。
アイアーベアは苦しげに喉を鳴らしながら、なお後ろへ下がろうとしていた。
誰もが、“追い返せる”と思った。
なのに、カイルだけは動かなかった。
逃げようとする魔物を見つめる。
呼吸は荒く、胸は焼けるように痛み、全身は血と泥にまみれている。
それでも、その目だけは冷えていた。
「……違う」
小さく呟く。
歓声の中へ溶けそうなほど低い声だったのに、その一言だけは妙にはっきりと耳へ残る。
そして、カイルははっきりと言った。
「ここまでやったんだ」
一歩、前へ出て、木剣を構え直す。
「コイツを倒すぞ」
「……はっ?」
空気が凍った。
ついさっきまで上がっていた歓声が、嘘みたいに止まる。
生き残った。
それで十分だった。
本来なら、それ以上を望む場面ではない。
だが、カイルだけは笑っていた。
勝利に酔う笑みではない。
助かったことに安堵する笑みでもない。
獲物を前にした顔だ。
もう目の前の“終わり”ではなく、その先にあるものまで見据えている目だった。
「聞こえただろ。倒すって言ったんだよ」
ざわり、と空気が揺れた。
「もう十分だろ!」
「森に帰らせりゃ終わりだ!」
自警団の声が重なる。
弱腰ではない。
被害さえ抑えられれば、それで良しとされる。
しかし、カイルだけは違った。
胸の奥で、別の感情が静かに芽吹いていた。
(……こんな上物の素材、逃がすかよ)
口には出さない。
怒りではない。
執念でもない。
もっと冷たく、もっと現実的な感情。
素材への執着だった。
(こっちは怪我までさせられてんだ。ここまで削ったなら、骨の一本まで使い切らなきゃ割に合わねぇ)
カイルは、ゆっくりと息を吐いた。
「俺は、タダ働きが一番嫌いなんだよ」
誰にも聞こえないほど小さく呟く。
「……討伐だ。逃すな」
静かな声だった。
その場の誰一人として、それ以上止めなかった。
ここまで来たなら、倒す。
そんな不思議な熱が、全員の中へ静かに広がっていた。
護衛と傭兵たちは、再び森への道を塞いだ。
アイアーベアが低く唸る。
「グルルルル……」
血泡を吐きながら、ゆっくりと振り返った。
戦闘が、再び動き出す。
「連携そのまま続けろ!」
カイルの声が飛ぶ。
「護衛、浅く刻め! 深追いすんな! 傭兵! そのまま深く刺せ! 右側、少し遅れてんぞ!」
即座に、動きが分かれた。
護衛たちの刃は正確に傷口を裂き、そこへ傭兵の荒い斬撃が叩き込まれた。
血飛沫が舞う。
アイアーベアが絶叫し、赤い眼が揺れる。
やがて、巨体が向きを変えた。
狙いが変わる。カイルではない。
――護衛と傭兵たちへ。
「来るぞ!!」
振り下ろされた爪を、傭兵が転がるように回避する。
そのすぐ横では、盾持ちの護衛が大盾を押し込み、真正面から衝撃を受け止めていた。
――ガギィンッ!!
土が弾け、火花が散る。
怒号と笑いが入り混じる中、それでも傭兵たちの口元から笑みは消えない。
「ははっ! やっとこっち見やがった!」
死地の真ん中だというのに、笑う声が響く。
その時だった。
カイルの周囲から、ふっと圧が消える。
(……上出来だ)
戦線の中心が移動し、自分から狙いを変えた。
つまり、今この獣の意識は分散している。
一瞬だけ生まれた隙だった。
「そのまま引きつけろよ!」
叫びながら、カイルは走った。
誰も止められない速度で、躊躇なく。
「坊ちゃん! 何するつもりっすか!?」
ルークの叫びを背に受けながら、カイルは血に濡れた木剣を逆手へ持ち替え、一直線に巨体へ駆けた。
迫り来る気配に気づいたアイアーベアが、唸り声を漏らしながら巨体をカイルへ向ける。
赤い双眸が、再びカイルを捉えた。
普通なら、その距離から踏み込めば噛み潰される。
だがカイルは止まらない。
脳裏へ過ぎったのは、旅の途中で傭兵たちと手合わせした時の動きだった。
一瞬で間合いを潰し、懐へ滑り込んでくる、騎士とはまるで違う踏み込み。
型ではない。
殺すために、距離を奪う動き。
最初に見た時は、何をされたか分からなかった。
だから、もう一度見せてもらった。
何度も真似した。
「見ただけで覚えるつもりか?」と笑われながらも、それでも食らいつくように身体へ叩き込んできた。
(――今だ)
カイルは、地面を蹴った。
一気に間合いが消える。
迫る牙。
カイルは、逃げずに噛みつきの寸前で利き手側――右へ身体を滑らせた。
牙が、頬を掠める。
カイルは木剣を喉元へねじ込み、歯を剥いた。
「――これで終わりだ!!」
――ズンッ!!
鈍い衝撃が腕を貫いた。
木剣が肉を裂き、喉奥へ食い込む。
確かな手応えがあった。
だというのに、アイアーベアの突進は止まらない。
木剣ごとカイルを押し返し、そのまま背後の木へ叩きつけようとする。
踏ん張る足が地面を削りながら、後ろへ滑っていく。
泥が跳ね、靴底が軋み、押し負ければそのまま牙へ呑まれる距離まで迫る。
「っ――!!」
腕が軋む。
肩が裂けそうになる。
(――まだこんな力が残っていたのか……!!)
喉奥へ突き込んだ木剣ごと、巨体の重量が圧し掛かってくる感覚に、全身の骨が悲鳴を上げていた。
(――どこが危険度★2だ……!!)
「……っ、この……しつけぇんだよ!!」
途端、巨大な顎が、カイルの頭へ食らいつくように閉じた。
――ガァンッ!!
耳を潰すような衝撃音。
生暖かい息と血飛沫が顔へ叩きつけられる。
アイアーベアは狂ったように顎を開閉し、喉を潰されながらもなお、食らいつこうと暴れ続けていた。
「離れろ!!」
「食われるぞ!!」
周囲から怒鳴り声が飛ぶ。
カイルは離さない。
至近距離で獣の赤い眼を睨み返し、さらに体重をかけて踏ん張った。
――メキメキメキッ!!
喉奥を抉るように、木剣が少しずつ潜っていく。
ただの木剣を突き立てているだけ。
本来なら、こんな無茶は成立しない。
巨体が、噛み潰すように顎へ力を込める。
――ギギギギッ!!
嫌な音が響く。
それでも、折れない。
木剣は軋みながらも、なお喉奥へ食い込み続けていた。
カイルは歯を剥き、笑う。
「――残念。俺の木剣は、そう簡単に折れねぇぞ」
月光が、木剣の表面を鈍く弾いた。
それは、もうただの木ではない。
元は普通の木だった。
だがカイルは魔物素材を使い、補強と改造を重ね、表面へ幾重にも加工を施している。
試作と失敗を繰り返した末、その木剣は今、アイアーベアの喉奥を抉っていた。
見た目は木でも、中身は別物だ。
鉄よりも硬い。
だから、これまでも折れなかった。
刃はなくとも、その耐久性だけなら――夢で見た冒険者たちの武器に、最も近かった。
それでも、振り回される勢いは止まらない。
踏ん張る足が地面を削りながら後ろへ滑っていく。
背後の木が、みるみる迫っていた。
その時、ノエルが大盾を構え、カイルのすぐ後ろへ滑り込んだ。
「カイル殿!!」
土を削りながら、大盾が無理やり割り込んでくる。
カイルは迷わず盾へ片足をかけ、もう片足で泥を踏み締めた。
滑っていた足が、ようやく止まる。
ノエルも歯を食いしばり、大盾を押し込みながら耐えていた。
鎧が軋み、腕が震え、それでも一歩も引かない。
カイルはさらに、全体重を乗せる。
――メキッ!!
また一段、木剣が奥へ食い込んだ。
「グォォォォォッ!!」
血を吐くような苦鳴が夜へ響く。
どうやら木剣は、声帯そのものを僅かに外しているらしい。
「……チッ、うるせぇな」
カイルは舌打ちした。
すると、アイアーベアの巨大な前脚が、押し潰すように振り上げられる。
カイルはそれでも木剣から手を離さない。
「私が受ける!!」
その軌道へ、別の盾持ちが滑り込む。
――ガギィンッ!!
凄まじい衝撃。
盾持ちの身体が地面を滑り、膝が沈む。
腕が痺れ、盾の縁が軋みを上げる。
それでも、止めた。
ほんの一瞬。
その一瞬で十分だった。
アイアーベアは、前脚を止められたことで押し切れないと悟ったのか、今度は苦鳴を漏らしながら無理やり後ろへ引こうとする。
――抜けない。
木剣は喉奥の肉を抉りながら、深く引っかかっていた。
「逃がすかよ!!」
今度は逆に、カイルの身体が前へ引かれる。
腕が千切れそうな感覚を無理やり押さえ込みながら、カイルは叫んだ。
「俺のいる方から押して倒せぇぇぇ!!」
その怒号を合図に、盾持ちたちが横合いから一斉にぶつかる。
――ドォンッ!!
巨体が大きく傾いた。
一度では倒れない。
筋肉が軋み、前脚が地面を掻き、踏ん張る。
「止めろォォォ!!」
「押せ! 押せぇぇぇ!!」
盾が何度も叩きつけられる。
ぶつかり、押し込み、またぶつかる。
鎧が軋み、骨が鳴り、それでも誰も退かなかった。
そして――
――ズドォンッ!!
巨体がついに左へ横倒しになった。
地面が揺れ、土煙が舞い上がる。
その衝撃で、カイルの身体も大きく振られた。
「っ――!」
握っていた木剣が僅かに浮く。
押し込み切れていない。
まだ終わっていない。
カイルは倒れかけた身体を無理やり立て直し、再び木剣へ体重を乗せた。
すると、横倒しになったままアイアーベアが暴れ狂った。
「グォォォォォォッ!!!」
前脚が地面を抉り、巨体が無理やり起き上がろうと軋む。
「押さえ込めぇぇぇ!!」
カイルの声を合図に、横倒しになった巨体へ、盾が、肩が、怒号が重なった。
暴れるアイアーベアへ、さらに護衛の剣士たちが自ら剣を納めた。
次には、盾持ちの背へ肩からぶつかるように飛び込んでいる。
本来、護衛はこんな戦い方をしない。
綺麗な剣筋で敵を討ち、隊列を維持し、秩序を守る。
しかし、今この場で、そんな形に拘っていれば全員死ぬ。
だから誰も迷わなかった。
鎧が軋む。
地面が割れる。
泥が跳ね、靴底が沈み込み、それでも巨体は止まり切らない。
傭兵たちが慌てて駆け寄り、怒鳴りながら、盾の隙間へ刃を突き立てた。
「折れてもいい!! 通せぇ!!」
「体重かけろォ!!」
「どこでもいい!! 刺し込めぇ!!」
運良く傷口へ入る者もいれば、硬い毛皮へ無理やり押し込む者もいる。
刃こぼれした刀身が、今にも砕けそうな音を上げた。
「グォッ……!! グ、ォォォッ!!」
喉を潰したような苦鳴が響く。
血泡を撒き散らしながら、それでもなお暴れ続ける巨体に、誰もが歯を食いしばっていた。
そこへ――
「脚止めろ!!」
護衛の怒号が飛ぶ。
その場の誰も動けなかった。
盾持ちは巨体を押さえ込み、護衛も傭兵も、全員が手一杯だった。
誰か一人でも力を抜けば、押さえ込みが崩れる。
そうなれば、次は誰かの首が飛ぶ。
その時だった。
松明を持っていた自警団たちが顔を見合わせる。
火を地面へ転がし、槍を握って駆け出した。
もう後ろで見ているだけでは終われない。
「うおおおおっ!!」
粗末な槍が、暴れる前脚の関節へ突き込まれる。
――バキィッ!!
槍が折れた。
乾いた音と共に柄が砕け散る。
それでも自警団たちは退かない。
折れた柄へ必死に体重をかけ、暴れる前脚を地面へ押さえつける。
手が裂け、泥へ膝を沈め、それでも離さない。
横倒しになった巨体の喉元から、木剣の柄が胸の高さほどまで突き出ていた。
木剣が軋む。
あと少し。
まだ通り切らない。
「坊ちゃん!!」
ルークが横へ飛び込んだ。
木剣へ両手を重ねる。
「俺も押すっす!!」
「……頼む!!」
二人は息を合わせ、木剣をさらに押し込んだ。
盾が押さえる。
傭兵が吠える。
自警団が脚へしがみつく。
護衛が肩を押し込み、誰かが怒鳴り、全員が限界を越えたまま怪物へ食らいついていた。
その全てを背中に受けながら、カイルとルークは最後の力を振り絞り、木剣の柄へ覆い被さるように全体重を叩き込んだ。
「通せぇぇぇ!!」
――メキッ!!
「押し込めぇぇぇ!!」
――メキメキッ!!
「終われぇぇぇぇッ!!」
――メギギギギッ!!
「「――通れぇぇぇッ!!」」
――――メギィィィィィッ!!!!!
木剣が、肉と骨を砕きながら一気に奥へ沈む。
横倒しになった巨体が、びくりと大きく痙攣した。
すると――
「――……グ、ォ……」
潰れたような声が漏れた。
もはや咆哮ですらない。
命の終わりが漏れ出たような、小さな音だった。
それを最後に、暴れていた巨体がぴたりと止まった。
静寂。
誰も動かない。
荒い呼吸だけが残る。
ついさっきまで怒号と咆哮で埋め尽くされていた森が、嘘みたいに静まり返っていた。
誰も、すぐには動けなかった。
終わったのか。
本当に、生き残ったのか。
それを理解するまで、ほんの数秒、誰も現実へ追いつけなかった。
「……死んだ、のか……?」
誰かが、呆然と呟く。
カイルはゆっくりと、刺さったままの木剣へさらに体重をかけた。
――ずぶり。
鈍い感触。
反応はない。
巨体は完全に止まっていた。
カイルはそのまま膝をつき――限界が切れたみたいに、後ろへごろりと倒れ込む。
「ハァ……ッ……討伐、完了……」
夜空が視界いっぱいに広がった。
木々の隙間から見える星が滲んで揺れる。
数秒遅れて――
歓声が爆発した。
「うおおおおおっ!!」
「やりやがった!!」
「倒したぞ俺たち!!」
武器を放り投げる者。
その場へ座り込む者。
傭兵と自警団が肩を掴み合い、互いに抱き合いながら叫んでいる。
泣きながら笑う声が、夜の森へ響いた。
その中で、ルークが涙ぐしゃぐしゃの顔で飛びついてくる。
「坊ちゃん!! マジでやったっす!! 俺たち……助かったっす……!!」
ノエルも、その場へ膝をついた。
張り詰めていたものが切れたように、大きく息を吐く。
「……ご無事で、何よりです」
鎧の隙間から汗が滴り落ち、握り締めていた腕が震えていた。
それでも、その顔には確かな安堵が浮かんでいる。
カイルは荒い呼吸を整えながら、横目で倒れたアイアーベアを見る。
黒鉄のような毛皮。
巨大な牙。
異様な筋肉と骨格。
命を削ってようやく倒した怪物。
それを眺めながら、ふと口元が緩んだ。
(……これで、何作ろうかな)
そんな、どうしようもなく商人らしい考えが頭に浮かぶ。
夜風が、静かに森を抜けていった。




