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【期限】三日。
【依頼主】大手セキュリティ会社『RPPS』
【ターゲット】競合会社『セイロウサイバーバンク』
【詳細】一週間後に行われるサイバーセキュリティ部門展示会で展示される物品の情報、あるいは物品そのものを盗んできてほしい。
仕事が入った日、または翌日。全員がそろった日に情報の共有と立案会は開かれる。大半は相談のように各々が意見を出し合って、最終的に狐が人員の采配と段取りをまとめることが多い。彼女のそれは、大雑把な説明と組み立てに帰結することが多いけれど、困惑する前には指示をくれるから、特に不満を感じたことはない。
こういうのをキッチリ決めたい人はストレスを感じるんだろう。けれど、現メンバーは案外、その辺はゆるっとしているので揉めることなく済んでいる。
「情報を盗むってことは、いわゆるハッキング……とか?うちにそういうの得意な人いないわよね」
「全てをデータ上のみで管理しているわけじゃないでしょ」
私の疑問に狐が回答するけれど、ここはまだ思ったことを率直に言い合う場なので、続けさせてもらう。
「でも、今時の会社ってそうなんじゃないの?特に大きい会社っていうなら最先端を取り入れるイメージだし、ニュースでも見るわよ?ペーパーレスだからデータ上でやりとりをどうとか、オンライン化がどうだとか……」
な、なによ……。
人が一生懸命説明しているというのに、何よ、三人してその目は。その「今日はこんなことを覚えたのね、すごいじゃない!」みたいな子供を見るような生易しい目は!
まるで私が子供みたいじゃない!あんたたちからしたらそうなんだろうけど、いうて李心さん以外、あんまり歳変わらないじゃないの!
「まあ、そういうのを取り入れている会社もあるだろうけど、全部がそうとは限らないんじゃないかな?例えば、今回は展示会に展示するものなんだよね?」
正面二人の温かな視線は、ムッとした私から、話を続けた隣の李心さんへとうつる。
「ブース出展形式なら、展示物が必要だよね。セキュリティ会社だし、パソコンやモニターを展示してデータを見ていただく、なんてこともあるだろうけど……いずれにしても、社内、社外に何らかの発注や書類のやり取りは行うんじゃないかな。もちろん、美月ちゃんが言うように昨今はオンラインやメールで済ませる個所もあるだろうけど、必ずどこかの場面では書面で残したり、控えを残したりもしてるはずだ。でなければ、万が一サーバーがエラーを吐いた時になんにも確認できません、なんて――それこそ大手企業だからこそありえない」
さすがうちの一番の大人。正直、李心さんのプライベートとか、仕事とか(してるの?ていうかこれが仕事?)ここにいない間何しているのか全く謎なんだけれど、こういうところを見るに案外、普段は社会人していらっしゃるのかもしれないわね。
「まあ、忍び込んでそういうのを探すっていうのもアリだけどさ、それって現実的?期限って三日でしょ。バカでかい大手企業の建物に忍び込んで、ほんの数枚程度の情報を見つけ出すってさすがに無理じゃない?」
「緋那の言う通り、現実的ではないね。三日のうち忍び込める時間も限られるだろうし、その間に必死に探したとして、見つからない確率の方が高いと思う」
「じゃあ、期限って延ばせないの?展示会は一週間後なのよね?ならもう少し日程もらえたら探せる時間は増えるわ」
「日程があったとして、どこに何が保管されているのかわからない限り、それも確実とは言えない」
「せめてネットに強い人がうちにいればね……データ上ならファイルで管理していたりするし、手分けしてデータを集めれば、あとは関連ワードで検索しちゃえば見つかる確率も上がりそうなものだけど……」
「うちに使えるパソコンなんてないと言っていいし、そっち関係は私も緋那もてんでダメ。美月も年相応の知識で、李心もそういう特殊なことはできないでしょ」
「狐ちゃんのためなら覚えるけど」
「いいよ。緋那にそういうことは望んでない」
「じゃあ俺は何したら狐ちゃんの役に立てる?」
「今はそこにいるだけでいい」
「……あんたたちって、なんていうか……こう……基本、気持ち悪いわよね」
なんかこう、距離感とか、もろもろとか。
人って普通最低限のパーソナルスペースがあるものだと思う。だけど、正面二人にはそれがない。黒い猫は小さな狐に好意がダダ洩れで、小さな狐は黒い猫に信頼以上の何かを置いている。私が入った時からこうだから、いつからこういう関係だとか、この二人がどういう関係性なのかとか、そういえばよく知らない。けれど、これで付き合ってないらしい、もはや家族に近しい関係性なのかもしれない。
私が感じる限りの話だけれど。
いや心底どうでもいいわ、こんなこと。
どうしたら依頼を完遂できるかもわからず、ひとまずの素案すら決まらないのに、なんでこの二人の関係を再確認しなくちゃいけないのよ。
「で、結局のところどうするのよ。忍び込むのが無理なら」
「ううん、忍び込む――までは採用。侵入自体は李心がいるからなんとかなる、問題はその先だね」
「確かに僕は隠密行動が得意だけど、小さな情報を探す探知機能はついてないよ?」
各々が、口々に。主に狐を折り返し地点として、会話が重なっていく。そうして、狐の指が唇から離れた。
「見た目から入ることって、大事だと思わない?」
何?急に。
そう思ったのは私だけではなくて、三人そろって、狐を見る。耳と尻尾をふわふわさせて、彼女は何かに納得したように、うん、とゆっくり頷く。
「見た目というか、らしい雰囲気というか、利便性というか……」
ぼそぼそと呟いている彼女は唐突に、「ねえ美月、卵焼きを作るときってまず何をする?」と。
卵焼き?なんで?今関係あるの?
そうは思いつつも、卵を割って、味付けをするわ。と答える。ちなみに私はかつおだしと白だし、お醤油を多めに入れる派で、アンチ甘い卵焼き派。卵を贅沢に三つ程使用して、厚めに焼いたそれを一味マヨネーズで食べるのがお気に入り。
けれど、先程の回答では不正解だったのか、狐は「料理を作るとき、エプロンはつけない?割った卵はどこに出すの?何で混ぜて、味付けをしたものは何で焼くの?」なんて聞いてくる。そこで合点がいった。
最初からそう言ってよ、と同時に、少し苦い気持ちにもなる。
要は、卵焼きという成果を得るためには、調理器具から必要ってことね。




