(番外編)老宰相ヴェンツェルのお忍び街歩き②
「さて、通行を邪魔すると悪いから早く決着をつけたい。二人まとめてかかって来なさい」
軍人の男二人と店の外に出たヴェンツェルは魔法の杖を持ち自分の口髭を触りながらそう挑発した。野次馬と店の客達が見守る中男達は青筋を顔に浮かべてヴェンツェルを睨みつけた。
「言ったなジジイ……後悔すんなよ!!!」
黒髪の男は怒鳴りながら向かってきた。すると右の拳が黒色の硬い膜に覆われてそれでヴェンツェルに殴ろうとする。
「鉄の魔力か。珍しいのぅ。じゃが……!」
ヴェンツェルは男に向けて杖を向けると赤く光る防御魔法のバリアを出現させて鉄の拳を防いだ。しかもそれだけではなく……
「グアアァァァ!!!拳が溶けるぅぅ!!!」
バリアを殴りつけた黒髪の男は触れた瞬間拳を覆っていた黒い鉄の膜が一瞬で赤くなって溶け拳に大火傷をおった。そして地面に苦しい顔をして倒れ込んだ。
「畜生!!!」
するともう一人の茶髪の男は怒りで叫びながらヴェンツェルに杖を向け足元に青く光る魔法陣を出現させた。
「水の魔力で下から吹き飛ばす気か」
ヴェンツェルは相手の攻撃を即座に予測してその場から跳んで離れる。ヴェンツェルの予測通り魔法陣からは巨大な噴水のような水柱が出現し辺り一体を水浸しにした。
「芸がないのぅ。水の魔力も攻撃のやり方次第では強いんじゃぞ。もう少し工夫せんか」
「だっ、黙れジジイ!」
「全く服が濡れてしもうたわい。……ん?」
ヴェンツェルが背後からの気配に振り返ると黒髪の男が両手の拳を再び黒い鉄で覆い更に棘だらけにして叫びながら殴りかかろうとしていた。
「死ねえぇぇぇぇ!!!!!!」
殴りかかられたヴェンツェルはあっさり攻撃をかわした。黒髪の男は方向転換して舌打ちしまた殴りかかろうとしたがその瞬間ヴェンツェルは素早く黒髪の男の手前に来て顔に炎を纏わせた拳を思い切りぶつけた。
「ウグォァァァァ!!!」
白髪の男は茶髪の男の後ろまで吹っ飛ばされて石畳の地面に倒れた。そしてそのまま気絶した。
「それでは今度はこっちの番じゃ」
ヴェンツェルは茶髪の男に杖を向けた。茶髪の男は火炎弾を撃って来ると思い水魔力を込めた防御膜を自分の正面に張った。しかし……
「詰めが甘いのぅ。敵がいつも魔法を正面から撃って来るとは限らんじゃろうて」
「何ぃ!?……なっ!!!」
茶髪の男はヴェンツェルが上に杖を振り上げたのを見て見上げると真上に大きな炎の塊が出来ていた。そしてヴェンツェルは杖を素早く下ろすと塊が茶髪の男に落下してきた。
「ギャアアア!!!アチャチャチャ!!!」
茶髪の男は炎の塊に焼かれて倒れて転げ回る。自分の水魔力で急いで消火するも体中黒焦げで服もボロボロになっている。茶髪の男と黒髪の男が倒れるとヴェンツェルは二人に近づき言った。
「さてさて、このくらいにしておいた方がよいぞ。公共の迷惑にもなるし何よりお前さん達をこれ以上火傷させたくないからのぅ」
「くっ、クソジジイッ!!!」
茶髪の男は倒れたまま見下ろすヴェンツェルを睨みつけた。ヴェンツェルはそんな満身創痍の男達に尋ねた。
「ところでお前さん達は軍人じゃと言っておったな。階級は何じゃ?」
「俺もこいつも上等兵だ!文句あるか!!!」
「何じゃ下士官ですらないのにイキっておったのか。情けないのぅ」
「何ぃ!?」
茶髪の男はヴェンツェルにそう言われて歯ぎしりをする。すると道で見物していた野次馬達を大声でかき分けながら軍刀をぶら下げ軍服を着た男が糸目の青年と複数の兵士と共に慌てた様子でヴェンツェルに近づいて来た。
「閣下!?こんなところにおられたのですか!!!」
「閣下!一体何をしておられるのですか!」
「おや?カミル殿ではないか。それにヨハン君まで!」
「れっ、連隊長!?」
茶髪の男は驚愕した表情でやって来た軍人を連隊長と呼んだ。実はこのカミルという男、軍の階級は大佐である。またその側にはヴェンツェルの秘書官であるヨハンが同行していた。
「どうしたんじゃ二人共。慌てた様子で」
「大佐殿が閣下にお話があると……」
「はっ!実は閣下に忘れ物をお届けしようと思いまして!」
カミルはヴェンツェルに白い布で大事に包んだものを差し出した。ヴェンツェルが布を開き確認するとそれはなくしたと思っていた煙草のパイプだった。
「おぉ行方がわからなくなっていた愛用のビリヤードパイプじゃないか。駐屯地に忘れてきておったのじゃな。しかしカミル殿、よくワシがここにいるとわかったのぅ」
「閣下がお泊まりだというホテルを尋ねましたところこちらの秘書官殿から街中を散策中だと聞きまして共にお探ししておりました!」
「全くお探しするのに苦労しましたよ。私がお忍びの際の格好を把握していたから良かったものを……」
カミルはかしこまった態度でヴェンツェルに説明した。その様子を見ていた店の客達やレオナがお互いに顔を合わせて不思議そうな表情をした。
「あの軍人ヨゼフさんの事をカッカだカッカだって言ってるけどどういう事だろうな」
「あたいにわかる訳ないだろう?」
「あの爺さん一体何者なんだ?」
店の客達やレオナ、野次馬がざわつく中カミルは倒れている男二人をチラッと見てから質問した。
「ところで閣下、そこに男二人が倒れておりますが一体どういう状況ですか?」
「あぁ。あの者達は兵士だそうでな。居酒屋で暴れておって説得しても聞く耳を持たんかったから少しこらしめたのじゃよ」
「何ですと!閣下に対して我が軍の兵士が大変なご無礼を!!!」
カミルはヴェンツェルから状況を聞くと途端に顔を青くし軍帽を脱ぎ謝罪した。すると茶髪の男は起き上がりヴェンツェルを指差しながらカミルに虚偽の主張をする。
「連隊長!このジジイの言う事は嘘であります!我々は決して居酒屋で暴れてなど……」
「黙らんかぁ貴様ぁ!!!」
カミルは弁解しようとした茶髪の男の侮辱発言に激怒しカミルは男を殴り飛ばした。
「このお方をどなただと思っておる!恐れ多くも宰相閣下であるぞ!!!」
「さっ……宰相閣下……!?」
「そうだ!貴様ら一兵卒が軽々しく口を聞いて良いお方では無ぁい!!!」
茶髪の男は地面に倒れ殴られた頬を押さえながらヴェンツェルを見て呆然とした。
「カミル殿、ワシは今お忍び中……と言ってももう遅いか。そうじゃ。ワシがヴェンツェル・ヨーゼフ・フォン・シュメルテンベルク、この国の宰相じゃ」
ヴェンツェルはもう正体を隠せないと観念して本当の身分を明かす。茶髪の男や周りの野次馬などが一斉に驚きどよめいた。
「嘘だろ……!?あの爺さんが宰相閣下!?」
「マジかよヨゼフさんが!!!」
「宰相様だったなんて……」
レオナも周りと同じように驚き両手で口を塞いでいた。ヴェンツェルは茶髪の男に鋭い目つきで睨みつける。
「因みに陸軍での今のワシの階級は(元帥)じゃ。若い兵士よ、覚えておくと良い」
「ひいっ!」
ヴェンツェルに睨まれながらそう言われた茶髪の男はイキっていた時の威勢の良さをすっかり失い泣きそうな目で土下座した。
「カミル殿。この一件は市民の軍に対する信頼が揺らぎかねん重大な事案じゃ。この兵士達の処罰と今後の対策はカミル殿に任せる。しっかりと対処せよ」
「ははっ!!!このカミル・ハイドフェルド、全責任を持って本件の処分と対策に務めます!!!この度は本当に申し訳ございませんでした!!!」
カミルはヴェンツェルの命を受け背筋を伸ばして敬礼をする。そして連れてきた兵士達に向け命令した。
「おい!駐屯地に戻り次第この二名を事情聴取の上軍法会議にかける!拘束しろ!」
「「「はい大佐!!!」」」
兵士達は威勢よく返事をし二人を拘束する。気絶したままの黒髪の男はすぐ拘束されたが茶髪の男は泣きながら叫び抵抗する。しかし結局魔力封じの手錠をはめられ連行されたのであった。
「ヨハン君、君はこれからすぐ市庁舎へ行きブレノ市長殿にこの件を報告してくれんか」
「畏まりました閣下」
「さてと……」
ヨハンが市庁舎へ行ってひと段落した後、ヴェンツェルは野次馬達と一緒に見守っていた店の客達やレオナに近づいた。客達やレオナは慌てた様子でその場に平伏した。
「さっ、宰相閣下とは知らず数々のご無礼を!どうかお許しください!!!」
「宰相閣下に対して軽々しく話しかけてしまい申し訳ありませんでした!!!」
「あの……宰相閣下……あたいその……」
他の客達と共におろおろしているレオナに対しヴェンツェルは膝をついて目線を合わせながら言った。
「跪かんで良い。それよりもレオナ殿、ビールのおかわりはあるかの?」
「へぇ?」
「もう一杯だけ奢ってくれるのじゃろう?それから預けておいたハンチング帽を返してくれんか。またお前さんの店で皆とビールを飲みたいのじゃよ」
「宰相閣下……!」
ヴェンツェルのにこやかに笑う様子を見てレオナは明るい表情を取り戻した。そしてヴェンツェルはレオナの手を取り立ち上がると客達に言った。
「皆の者、ワシはまたヨゼフとしてレオナ殿の店でビールと食事をいただこうと思うがこの街の名物料理や名酒についてもっと知りたい。是非とも聞かせてくれんか?」
店の客達はヴェンツェルにそう言われお互いに顔を合わせた後、笑みを浮かべて了承した。
「わっ、わかりました宰相閣下!いやヨゼフさん!!!」
「他にも沢山美味い料理や酒があるんで是非!!!」
「よし!それではまた店に入るとしようかな。ハッハッハッハッハ!」
ヴェンツェルは高らかに笑いながら他の客達と再び居酒屋に入ってゆく。そして店の中で客達と陽気に乾杯をして美味しいビールと料理を心ゆくまで楽しんだ。そんなヴェンツェルの様子を料理やビールを運びながらレオナは見つめそして笑顔を浮かべるのであった。
★★★
「いやぁ楽しかったのぉ。王宮に戻ったら陛下に挨拶をしてから政務を片付けんとな」
「本当に大変な騒動に巻き込まれましたね」
ブレノでの騒動の翌日、ヴェンツェルはヨハンが運転する愛車のヴィクトリア号の助手席から景色を眺めながらそう呟く。そして傍に置いてある紙で丁寧に包まれた正方形のものを持って満足げな表情をした。
「うむ、しかし幸運じゃ。まさかデニス殿が今回の礼にとタイカシボリアゲハをタダで譲ってくれるとはのぅ。まぁ本当にタダで貰っては申し訳無いから後々お金は分割払いするがの」
実は丁寧に梱包された物の中身はシュタール商店のデニスからもらったあのタイカシボリアゲハの標本である。ヴェンツェルが今朝王都に帰ろうとした時、デニスが娘のレオナを助けてもらったお礼だと言ってタダでくれたのだ。ヴェンツェルは足を組みくつろぎながら今回の出張を心の中で振り返る。
(公務も終えて良い居酒屋も知る事が出来た。欲しかった蝶も手に入れたしパイプも戻った。これでブレノ出張は無事終了じゃな……あっ!!!)
無事に出張が終わったと思い安心した瞬間ヴェンツェルは大事な事を忘れていたのを思い出した。
「どうされました閣下!?」
「妻へのお土産を買い忘れた……!」
「……」
買わなくてはならなかったお土産を忘れてしまった事を王都近くまで来てから思い出したヴェンツェルは再び居酒屋の時のようにひどく落ち込んだのであった。
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次回投稿予定:4月上旬頃




