矛盾した話
「バラン。なんのつもりだ?」
「なんのつもりだ、じゃねぇよ。
お前はこの状況になる事を考えてなかったのか? この世界は、お前にとってどうでもいい遊び場だったのか?」
「言っている意味が分からない」
「ああ、俺も何が何だかわからねぇよ」
矢を番えた弓を俺に向けるバラン。
その表情は苦悩に満ちていて、自分がやっている事に正しさを感じていないように見える。ただ、何かをやらねばならないという意思に突き動かされて動いてしまったようだ。
俺たちの距離は20mもあり、今この距離のまま矢を射られたとしても、スキルを使われなければ脅威ではない。
それに周囲には俺以外の冒険者も多数存在し、バランのやる事だからまだ見逃されているが、本当に矢を放とうとすればその時点でバランは終わり、俺は守られるだろう。
そうやって何とかなるから皆は見逃しているのだ、たぶん。
俺は周囲の連中を安心させるように、バランに対しても敵意を抱いていないと示すために腰を下ろす。
「まぁ、なんか複雑そうな話だからな。俺もすぐに動かなきゃいけないって事も無い、ゆっくり話そう」
俺がそう言って大きく手を広げれば、バランの方も多少は落ち着き、構えていた弓と矢を下ろす。
「ああ、すまねぇな。聞いた話が話だけに、冷静でいられねぇみたいだ」
バランはどこか後悔するような、それでいて途方に暮れた顔をした。
「まず、何から話そうか――」
バランの話は、相川たちがダンジョンクリア時に聞いた話の事であった。
この世界がVRマシンの中にある仮想世界で、俺たちがそこに存在するNPCでしかないというものだ。
ただそれだけなら良かったのだが、バランが聞かされた話ではもうすぐこの世界が終わるという。
そしてその終わりを迎える理由は、俺にも原因があるらしい。
俺はこの世界のバランスを崩し過ぎたと言うのだ。
主に組織立ったレベル確保、それも日本人以外にジョブ解放をした事が問題だったらしい。俺は他の連中と比べればはるかに多い、1万人以上のジョブ解放をしたけど……。そもそも日本人以外のジョブ解放は救済措置だったようで、ここまで大々的にやられるとは神様も想定してなかったと。
他にも内政チートでグランフィストを大きく作り替えたのも良くなかったらしい。
うん、辻褄が合わない話だな。
俺は内心でこの話を嘘だと決めつけると、バランに話の続きを促す。
また、この世界にダンジョン攻略者が続々と続く状況も良くない。
ここまで攻略者が増えるというか、攻略そのものが簡単な「作業」になると、神様も面白くないというのだ。
バランは「MMOやブラウザゲームの終焉間近って言われたが、お前には意味が通じるか?」と聞いた例え話を、逆にこちらに理解できる話かと問うてきた。
言わんとする事は分かる。リリース当初の、初心者ばかりの中でみんなが未知の世界を開拓する雰囲気から、攻略サイトやまとめサイトが出来てレベルカンストが当たり前の雰囲気に移ったと言いたいのだろう。
そうなると時間を忘れて攻略に熱中する奴は確かに残るけど、雰囲気に乗せられたというか課金までしたけどどこか冷めてしまったニワカがふるい落とされていくのだ。毎日していたログインボーナス回収すら億劫になるような感覚かね。
後の話は簡単だ。
俺を、日本人を排除すれば状況は多少マシになる、らしい。
このままいくと10年以内に世界が終わるが、俺たちさえいなければもう100年続くかもしれない。
100年あれば我が子は大丈夫だと、バランが凶行に及びかけたのはそんな理由もあったようだ。
バランは騙されている。
よく考えれば全部が全部おかしな話であり、どうしても辻褄が合わない。
俺以外の連中も知識チートや技術チートに手をそめているし、万単位の日本人が居てそうならないと考える方がおかしい。
ジョブ解放だって俺たち個人で済む話であれば何の問題もないが、その事が国に知られれば利用されるのは目に見えている。
その程度が想像できないほど神様は馬鹿ではないだろう。
ダンジョン攻略者が増える事に関しては、元から想定の範囲内のはずなので不都合が生じるという話そのものが意味をなさない。それにダンジョン攻略は神様が言い出した話で、ご褒美まで用意して推し進めたのだ。これに文句をつける事などありえない。
それに、想定外であるなら修正すればいいのだ。仮想世界であるならマシンをいったん止め、メンテナンスしてから再開すればいい。そもそも、俺たちが来る前のデータのバックアップがあるなら、今のこの世界を消して――って、ああ、確かに世界が終わるか?
もしかすると「世界が終わる」というのはメンテナンスが行われるだけで、時間軸の連続性が失われるだけかもしれない。
が、可能性としては有り得るか?
この世界に日本人を多数送りつけ、その結果を見たかっただけで、今はもう結果を見届けたからこそ。
だけどその場合は俺たちを殺したところで終わりは止まらないから何の意味も無いな。技術と発想の仕方はもう伝えたのだし。俺たちを殺す事で終わりを遅延できるって話が嘘になる。
すでに歯車は回っている、だ。
やはり辻褄が合わないという結論になる。
冷静になって考えればバランも分かってくれると思うのだが。
話を聞き終えた俺は、自分の考えをバランに説明し、相手の言葉、話の矛盾点を指摘する。
そのうえで付け加える。
「なぁ、バラン。
なんで“敵”の言葉を鵜呑みにしたんだ?」




