引退者とギルドマスター
ダンジョンは、俺たちが現れるまで攻略不可能な難易度だった。
少なくともジョブ一つのレベル10でどうにかなるものではなく、当時の下層、今でいう3層こそが最終到達目標と捉えられる有様だった。
バラン達が冒険者をしていたのは、ダンジョン攻略が自分たちのずっと前からの、先祖代々の申し送り事項だったからだ。一族の悲願と言っていい。その使命感こそが彼を支えていたのだ。
ダンジョン攻略を終えた今、冒険者を続ける理由が無くなったのだろう。
俺の貧相な発想力で想像するなら、「そこに山があるからだ」と言っていた登山家がグランドスラムとか言われるような7つの山を全て制覇し、次の目標を立てられなくなったようなものだろうか?
バランからは以前のような力強さではなく、どこか抜け殻のような雰囲気を感じる。
「いつまでも上が蓋をしてちゃならねぇ。爺は引退ってこった」
「おいおい、お前よりも年寄な奴がここにはごまんといるんだぜ?」
「そいつぁ悪かった。老害は老害なりに頑張ってくれや」
「はっ! 引退した奴よりは体が若けぇ俺より、引退して穀潰しになったテメェの方が老害だろうがよ!」
バランは仲間に別れを告げているが、仲間の方もバランの終わりを感じ取っていたのだろう。まったく湿っぽくならないし、軽口を言い合う余裕すらある。
誰も、引き留めようとしていない。
ギルドの広場で仲間と口汚くののしり合いながらも、バラン達は楽しそうだ。
仲間と言いあっていたバランだが、俺の方を見てどこかばつが悪そうに笑う。
「すまねぇな。ギルドを途中でほっぽりだしちまってよ」
「ええ、非常に残念です。ジョンと貴方がギルドの看板をやって、俺はお飾りでいいって話だったからギルドマスターになったんですけどね」
「ははは、テメェも今じゃ立派なギルドマスターじゃねぇか。俺の助け何ざ要らねぇだろうに」
「要る、要らないじゃなくて。面倒だからやりたくないんですよ。冒険者ギルドの相談役とか、そういった役目ぐらいはやってもらいますよ」
「そつぁ聞けねえな。年寄にいつまでも頼るもんじゃねぇよ、小僧」
当初の約束で言えば、ジョンとバランは実質的なギルドマスターとして振る舞ってくれるという話だった。
なのにそれを放り出して引退を決め込むのは無責任じゃなかろうか? 俺はそんな、非難の視線をバランに向けた。
しかしバランはそれをあっさり躱すと、本当に自分の役目はもう終わりだとばかりに笑ってみせる。俺の提案も蹴られてしまった。
スポーツ選手で言うなら、確かに32歳は引退を決めるに早めとはいえ、非常識とまでは言えない年齢だったと思う。
しかし、その後はコーチなどの役でスポーツ業界に残るものではないだろうか。特にトッププレイヤーと言われた選手はそうだった。
バランも身体が付いて行かなくて引退という訳ではないのだし、まだやれる事はあるはずだ。
何か説得の材料は無いかと思案するが、これは想定していなかったためにすぐにいい案が出てくる物でもない。
俺が言葉に詰まったうちに、バランは身を翻した。
「皆、俺は今日で引退だ! 『夜明けの光』は残るが、これまで道理とはいかねぇ!
だが、冒険者ギルドには『北極星』が残ってる! ギルドマスター、レッドが居る! 何も問題ねぇ! あとは『北極星』の導きの元に集え!!」
バランは声を張り上げ、周囲に演説を始めた。
そして、俺の肩を掴み前に出す。
「今から俺の引退記念と、レッドの『冒険者ギルド最強の座』就任祝いだ! 俺の奢りだ! 飲むぞ! 付いて来い!!」
そう言って俺の肩を掴んだまま歩き出す。いきなりの展開に混乱した俺は抗う事も出来ずに連れていかれる。
なお、今は昼である。けして飲みだす時間帯ではない。
普通の飲み会は夜にする。飲み終わった後は働けないのだからそれが普通だ。
酒場は昼でもやっているが、今から宴会というのは常識的にあり得ない。
「ちょっと待って! 今から宴会とかありえないだろ!」
「そうは言ってももう遅せぇ。今からどうやって中止にするんだよ?」
周囲は酒が飲めればそれでいいのだろう。仲間に声をかけつつ、こちらに合流する。止めようにも止められなさそうだ。中止と言えば反乱がおきる。
そうして酒の席で俺への引き継ぎを有耶無耶にしつつも終えたバランは、冒険者ギルドを去っていった。
家まで押しかければまだ抵抗できるのかもしれないが、それをする気にもならず。
今後は俺が冒険者ギルドの顔、看板として振る舞う事になった。
名実ともに、俺は『北極星』のギルドマスターになったのである。




