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コウヤが外を知ったのは、それから1年が経った頃のこと。
ユズナの隣で“眠る”行為を真似ている時、扉が開いた。
静かにするようにと行為で教えて来た“人”の姿は、“人”を良く知らないコウヤが見ても特別に映る。
ユズナは規則的な呼吸を続けており、その異質な光景に気づかず、目覚める気配もない。
コウヤは、そっとユズナを抱き締めていた手をほどき、ユズナから離れ、その“人”の傍に近寄った。
見上げるほど高いその“人”は、流れる金の髪、暗がりでもわかるくらいに澄んだ青い瞳をしており、抜けるような白い肌は、生きているようには感じられなかった。
「おまえか」
と、“人”はつぶやき、コウヤを見下ろした。
月明かりだけが届く穴の向こう側が、暗く沈んだと思えば、そこに新たな“人”がいる。黒い羽根を持つその“人”は、対の羽根を持つ“人”の姿だった。
「殺すのか?」
と、羽根を持つ“人”が問う。
「いや、それでは面白味がない」
と、目の前の“人”が笑みを作った。
「だれ?」
と、コウヤが問えば、「誰だろう」と曖昧な返事をする。
コウヤを見下ろす瞳の中に、何かを思案する光を宿すその“人”は、ユズナの温かな笑顔とは違い、“怖い”を引き起こす笑みを持つ。
「深い絶望を、悲しみを理解させる為には、どうしたら良いと思う?」
“人”の問いに、穴の向こう側の“人”が答えた。
特に何の興味もないような眼差しでコウヤを見つめるその“人”は、海に張り出した絶壁の風に煽られながら宙に浮き、対の羽根を羽ばたかせては位置を保った。
「知らねえよ、俺にはどうでも良い」
「本当に?」
楽しげに笑う“人”。
しかし、コウヤは体を強張らせたままだった。
「復讐はベレスが果たす。だが、この者たちまで消すことは許さない。おまえが私の元へ連れて来い。私の下で育てあげることにしよう」
「連れて来いだ? そいつらを飼ってどうしようって言うんだ?」
「それは今告げることではない。だが……このままでは何ら変わることもないだろう。私の思惑通りに動かすには……」
コウヤには、彼らの話す言葉の意味が伝わっては来ず、ただ全身で警戒をしながら、何も知らず、眠りに落ちたままのユズナを守ることを考えていた。
「幸せの記憶があってこそ、絶望の淵に落ちる、か」
何かを深く考えた“人”は、暗い笑みを見せる。
「……面倒なことを。何が楽しいんだ?」
羽根を大きく羽ばたかせると、穴の外の“人”が遠くへと去って行く。
その姿を見送った“人”は、視線をコウヤへと戻すと、二歩の距離を詰め、コウヤの頭に手のひらを当てた。
動けなかった。
ほんの一瞬の出来事に、コウヤは抗うこともできず、暗闇に落ちる。
ユズナと名を呼べたのかどうかもわからないまま、コウヤは偽りの記憶の中に沈んで行った。




