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ユズナが来るようになってから、コウヤの生活に人らしい生活が加えられた。
日が沈んでしばらくすると、扉の向こうからユズナがやって来る。食料と水桶と布を持ち込んだユズナは、水に浸した布でコウヤの体を拭き、綺麗な服を着せてくれる。コウヤが食事をする間、傍に座り、ポツポツと会話をした。
ユズナはあまり話すことをしない。コウヤが問うことに対する答えも、あまり持ち合わせていないようだった。
ユズナもまた、コウヤと同じ、ものを知らない子どもだった。
話している途中に、ユズナは眠ってしまう。
コウヤが肌寒いと感じる日は、ユズナにとって凍えるような寒さらしく、震える体を温める為、コウヤに寄り添い、暖を取りながら眠る。
眠る行為はとても不思議で、目を瞑り、規則的な呼吸を繰り返しているにも関わらず、意識は遠く、触れても気づかず、身じろぎをする程度だ。
コウヤは、日が昇るまでユズナを抱き締め、眠るユズナの温もりを感じながら、眠る行為を真似て目を閉じる。真似はできても、本当の眠りを得られないコウヤは、薄い布を敷いた土床に寝そべりながら、小さな穴から見える月や星を、通り過ぎる鳥の姿を眺めながら、空が白んで来る様をぼんやりと眺める日々を暮らした。
ユズナは、いつも体のどこかを腫らしていた。
腕の内側や太ももの内側といった柔らかい部分が青や赤に変色していたし、目の下や頬を腫らしていることもあった。
痛みというものを知らなかったコウヤは、ユズナと同じような状態を体感してみたくて、石で手の甲を叩きつけ、“痛み”を経験した。熱く、ズキズキとした感覚が頭に伝わる。それが“痛い”という感覚だと初めて知った。しかし、コウヤの体にできた傷や痣はすぐに消え、痛みも僅かな間しか続かない。
決定的に違うユズナとの差を知り、それがなぜなのかを思い、扉に聞くと、扉はコウヤが特別であるのだと教えてくれた。
そうしてやっと、食料とした“人”が、「痛い」と言った意味を知り、痛い思いをさせながら肉にしてしまった行為の愚かさを知る。
知ってやっと、あれが全てユズナと同じ“人”であったのだと悟った。
自分がどれほど愚かで、“人”を簡単に“肉”に変えられてしまう自分の力が“人”とは違い、特別であり、特別がユズナとは違うのだと知り、特別が良いものではないような気がし始める。
あの歪んだ表情が、コウヤを恐れた証なのだと知れば、“化物”だと言われたその言葉の意味を知り、いつかユズナも自分を恐れるのではないかと不安になった。
「こわくない?」
と、ユズナに聞く。
「こわくない」
と、ユズナは言う。
“肉”に変えてしまった“人”の残骸を、集めて袋に入れ、持ち去ったのはユズナだった。
淡々としたその行動は、コウヤに何も感じさせない行為だったが、今になって思えば、ユズナを怖がらせてしまったのではないかと不安になった。
「なぜ?」
と、聞けば、ユズナは微笑む。
瞳を揺らし、唇を引き結んで引き上げ、頬に丸みをつくる。
とても優しいその表情が、コウヤにとっての“好き”となる。
「化物とは何か」
「こわいものよ」
「化物は俺のことだ」
「違う、コウヤは化物じゃない」
「なぜ?」
「コウヤは痛くしない。優しく抱きしめてくれる」
「それだけ?」
ユズナは「うん」と、笑顔で頷いた。
「でも、肉にしてしまうかもしれない」
どうしてあの時、あんなことができたのか。今のコウヤには考えられなかった。
ぬくもりは、一端手に入れてしまえば離し難く、“好き”は二度と手に入らないもののように思えた。
「いいよ」
と、ユズナは黒目がちな瞳でコウヤを見上げた。
その瞳はとても綺麗で、日差しを受けてキラキラ輝く波のようで、コウヤの気持ちを高ぶらせた。
「ユズナを痛くしない」
両の手を取れば、小さな手がコウヤの手を握り返して来た。
ぬくもりはコウヤの心をも温める。
ユズナは「うん」と言って笑顔になった。
外の世界の話をユズナはしない。
“痛い”という行為がどのように行われるのかを聞いても、ユズナは曖昧な笑みで隠し、口を閉ざした。
扉に聞いても「それがあの子の仕事です」と答える。
仕事が人々の営みのことだと知っていたコウヤは、痛みを伴う仕事もあるのだと思うだけで、「やめさせてほしい」と言うくらいしか思いつかず、扉の答えは「それがあの子の仕事ですから」と、同じことを繰り返すばかりだった。
ユズナは、コウヤにとっての特別だった。
ユズナが特別な存在になったのは、ユズナが“妹”だからだと教えてくれたのは扉だった。
“血”の繋がりがあればこそ、“妹”という存在だからこそ、特別に受け入れることができたのだろうと扉は言う。
ユズナが特別だから、“肉”にはならなかった。
始めから、ぬくもりとして受け入れることができた。
ユズナが“好き”の一部になった。




