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君と暮らす退屈な日々  作者: サクラギ
≪第三章≫
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>4

 食料の残骸は、3日が経つと匂い出した。

 せっかくの潮の香りが消えてしまうと扉に訴えれば、扉から小さな「人」が入って来て、手にした袋に残骸を押し込め、扉の向こうへ持ち去って行った。


 次の日から食料は、以前と同じ、袋に入れられた「肉」と朱い液体に戻った。

 何も変化のないそれが食料であるのなら、あれらはやはり「人」なのだと思った。

 少しの変化がコウヤを期待に誘ったが、それらはコウヤを満たすことはなく、すぐに「肉」に変わった。


 扉に向かい「人」をと要求する。


「退屈ですか」


 と、扉が言う。


「たいくつ?」


 と、コウヤは問い返した。

 何かを欲し、何かの変化を欲しがる気持ちが「たいくつ」なのだと知る。


「たいくつだ」


 と、コウヤは意味を持つ言葉を告げた。


「ならば「人」を食してはなりません。「人」は「食料」ではありません。抱き締めてごらんなさい。その温もりがあなたを慰めるでしょう」


「だきしめる」


 と、コウヤは言葉を繰り返した。


「そうです。退屈であっても、「人」を「食料」に変えてはなりません。傍に置き、愛しみ、優しく接するのです。それがあなたの退屈の、慰めとなりましょう」


 扉はそう言うと、少しの隙間を作った。

 隙間から現れたのは、匂う残骸を袋に詰め、扉の外へ持ち去った、小さな「人」だった。


 コウヤの着ているものは、茶色く薄汚れた簡易な上着と下ばきで、小さな「人」の着ているものは、白い上着が膝丈に長くなっているもので、膝から下はむき出しの肌だった。


 扉の前に立った小さな「人」は、黒く澄んだ瞳でコウヤを見つめた。

 波の音が聞こえている。

 潮の香りが風に乗って入り込んで来る。


「だきしめる」


 と、小さな「人」の声が聞こえ、細い両腕が前に伸ばされ、ゆっくりと、一歩一歩確かめるような動きでコウヤへと迫った。


「だきしめる」


 コウヤの胸に小さな「人」の頬が寄せられ、両腕が背中に回された。

 ゆったりとした縛りと、温かなぬくもりが伝わって来る。

 ジンと痺れる何かがコウヤの中を巡った。


「だきしめる」


 と、コウヤの掠れた声が漏れる。

 コウヤの声を聞いた小さな「人」は、コウヤの胸から頬を離し、黒目がちな瞳でコウヤを見上げ、頬を引き上げ、唇を弧に引き結んだ。

 それはコウヤの胸を打ち、同じようにしなければならないと、自然な感情のまま、コウヤもまた頬を引き上げてみた。


「ユズナ」


 と、小さな「人」が言った。

 小首を傾げると、小さな「人」の手が背中から離れ、コウヤの胸に指先で触れる。


「コウヤ」


 コウヤの胸に触れた指先が離れ、今度は自身の胸を押さえた。


「ユズナ」


「ユズナ」


 それが名であることを知る。


「ユズナ、コウヤ」


 守るべき存在が、コウヤの腕の中に落ちて来た瞬間だった。

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