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食料の残骸は、3日が経つと匂い出した。
せっかくの潮の香りが消えてしまうと扉に訴えれば、扉から小さな「人」が入って来て、手にした袋に残骸を押し込め、扉の向こうへ持ち去って行った。
次の日から食料は、以前と同じ、袋に入れられた「肉」と朱い液体に戻った。
何も変化のないそれが食料であるのなら、あれらはやはり「人」なのだと思った。
少しの変化がコウヤを期待に誘ったが、それらはコウヤを満たすことはなく、すぐに「肉」に変わった。
扉に向かい「人」をと要求する。
「退屈ですか」
と、扉が言う。
「たいくつ?」
と、コウヤは問い返した。
何かを欲し、何かの変化を欲しがる気持ちが「たいくつ」なのだと知る。
「たいくつだ」
と、コウヤは意味を持つ言葉を告げた。
「ならば「人」を食してはなりません。「人」は「食料」ではありません。抱き締めてごらんなさい。その温もりがあなたを慰めるでしょう」
「だきしめる」
と、コウヤは言葉を繰り返した。
「そうです。退屈であっても、「人」を「食料」に変えてはなりません。傍に置き、愛しみ、優しく接するのです。それがあなたの退屈の、慰めとなりましょう」
扉はそう言うと、少しの隙間を作った。
隙間から現れたのは、匂う残骸を袋に詰め、扉の外へ持ち去った、小さな「人」だった。
コウヤの着ているものは、茶色く薄汚れた簡易な上着と下ばきで、小さな「人」の着ているものは、白い上着が膝丈に長くなっているもので、膝から下はむき出しの肌だった。
扉の前に立った小さな「人」は、黒く澄んだ瞳でコウヤを見つめた。
波の音が聞こえている。
潮の香りが風に乗って入り込んで来る。
「だきしめる」
と、小さな「人」の声が聞こえ、細い両腕が前に伸ばされ、ゆっくりと、一歩一歩確かめるような動きでコウヤへと迫った。
「だきしめる」
コウヤの胸に小さな「人」の頬が寄せられ、両腕が背中に回された。
ゆったりとした縛りと、温かなぬくもりが伝わって来る。
ジンと痺れる何かがコウヤの中を巡った。
「だきしめる」
と、コウヤの掠れた声が漏れる。
コウヤの声を聞いた小さな「人」は、コウヤの胸から頬を離し、黒目がちな瞳でコウヤを見上げ、頬を引き上げ、唇を弧に引き結んだ。
それはコウヤの胸を打ち、同じようにしなければならないと、自然な感情のまま、コウヤもまた頬を引き上げてみた。
「ユズナ」
と、小さな「人」が言った。
小首を傾げると、小さな「人」の手が背中から離れ、コウヤの胸に指先で触れる。
「コウヤ」
コウヤの胸に触れた指先が離れ、今度は自身の胸を押さえた。
「ユズナ」
「ユズナ」
それが名であることを知る。
「ユズナ、コウヤ」
守るべき存在が、コウヤの腕の中に落ちて来た瞬間だった。




