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君と暮らす退屈な日々  作者: サクラギ
≪第二章≫
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>2

「私がなぜ強気でいられるのか……お教えしても構いませんが、それにはひとつ、協力して頂かなくてはなりません。それを承諾して頂けますか?」


 桐原は、コウヤに近づき、背に流れる金の髪を一滴持ち上げ、唇に寄せる。

 コウヤは、その不快さに耐え、好きなようにさせながら、窓の外を見続けた。


「協力? その内容次第だよ。俺を納得させられたら承諾しても良い」


 桐原の手から、金の髪が落ち、わずか一歩の距離さえ不愉快に感じられたが、コウヤは意思を伝えるように振り返り、桐原と視線を合わせた。


 桐原が笑みをつくり、手にしていた書面をコウヤに示した。


「私は、この世界の様々な国の有力者たちが集う組織の代表を務めています。それはこの国の首相にも知られていない秘密なのですが、……もちろん、種族の者にも知られていない、仮に地下組織とでもしましょうか。我らは、種族を排し、人の世を取り戻す為に協力し、水面下で動いています」


「代表とは、すごいね。それはこの国の首相よりも地位が高いってこと?」


「そうですね。ある意味ではそうです」


 コウヤは、威厳高く見せつけるような態度で胸を張る桐原を見やり、内心ではウンザリしていた。こうした基盤を独自に持っているからこその桐原の態度なのだとわかれば、当主を前にしても、当主さえもが異端で、排するべき存在としているのだとわかる。


「その組織は、どうやって種族を消そうと思っているの?」


 そう口にしたコウヤだったが、心の中では、種族も人も、同じだと考えている。

 簡単に排するなどと口にする桐原こそが、コウヤにとっての敵だとするのも、あえて口にすることはなかった。


「その方法をお教えすることはできませんよ。あなたが我々に協力すると誓って頂けたのでしたら、全てお教えしても構いませんが……」


「誓うってなに? 俺は何をさせられるの?」


 誓ったところで裏切ることは簡単だろう。しかし、誓うからには、何らかの誓約をしなければならないのだろうと想像できたし、裏切らないように監視されることはわかりきっていた。


「あなたが力を得たら、我々では敵うはずもありませんから、誓約は誓約、裏切ることのない誓いですよ。そうですね……人質を取らせて頂く、というのはどうでしょうか」


 桐原は不敵に笑い、一枚の写真を取り出し、コウヤに示した。

 人質と言われ、誰も想像できなかったコウヤは、軽い気持ちで写真に視線を落とし、そこに映っているものを目にし、震えが来るほどの衝撃を受けた。


「バジル」


「そうですか、この方はバジルとおっしゃるんですね。良かった。その反応でしたら、十分人質になりうる存在だとわかりました。どうですか? 誓約して頂けますか?」


 写真には、棺なのだろう、美しい薔薇の花の細工が施された銀の側面と、内側に臙脂色の光沢のある生地が張られた箱の中に、ゆったりと眠るバジルの姿がある。青白い顔は、血が通っていない証拠で、死人と見えるが、一族であるバジルは深い眠りの状態にあるだけで、心臓を持つユズナが心臓を返すか、目覚めを祈らなければ、起き上がることはない。


 コウヤは、どうしようもない怒りに震え、しかし、従わなければならないという憤りの狭間に立ち、重い枷を付けられたように、桐原を躊躇いがちに見た。


「バジルはどこに?」


「それはお教えできませんよ。心臓が抜き取られている状態であることは、調べさせて頂いております。何れ目覚めの時が来れば、人質にはならないでしょうが、かなりの深手を負っておりましたからね、もうしばらくは我々の手の中にあります」


「……わかった。協力する」


 コウヤは観念したようにそう言うと、桐原に背を向け、悔しさに目を閉じた。

 暗い視野に浮かぶのは、バジルの皮肉めいて笑う姿だった。

 コウヤの勝手を承知で大陸から離れ、こんな遠い地まで来てくれた。

 ずっと一緒にいることが当たり前で、離れてもすぐに会えると思っていた。バジルはアード当主の傍にあるべき存在だ。こんな“人”の手に落ちて良い存在ではない。それは全て、コウヤが勝手な行動を起こしたせいだ。このまま“人”の良いように扱われて良い存在ではない。


「簡単なことですよ? あなたは、すでに3つの刻印を受けています。もうすぐベレスも目覚め、あなたに接触して来ることでしょう。アードの刻印を受けるのは簡単ですよね? あなたは全ての刻印を体に受け、全ての種族の上に立つ。そしてその力を持って、我々の味方になってください。そしてすべての種族が消え去った時、あなたは有印種と呼んでいる者たちを、人に戻す力を得る。全てが元に戻れば、あなたの刻印も意味を無くし、全てがうまく機能し始めることでしょう」


「……そんなに簡単なこと? 俺が全ての刻印を手にしただけで、どうして種族の上に立てると言える? 当主たちがそれを簡単に許すと思う?」


 自身に課せられようとする重責に耐えられず、疑問ばかりを口にした。


 桐原は、バジルの映る写真をコウヤに見せつけ、笑う。


「全ての種族を簡単に消すことは難しいでしょうね。第一、第二の種族は“人”と同じ知能を持っていますから、もしかしたら残るのかもしれません。ですが、あなたは第四の種族になる為に創られた実験体ですから、実験が成功していれば、この想定が実現される。私はあなたを信じていますよ。この者への情が深いのでしたら、必ず成功させなければなりませんね」


「俺が実験体? まさか、そんな筈はないよ。俺はだって、小さな島で育った普通の子どもだよ」


 何を言っているのかと、桐原を見れば、桐原は馬鹿にしたような目でコウヤを見た。


「まさか知らなかったのですか? あなたの暮らしていた島には、第四の種族を創る為の施設があったのですよ? 研究の主任は、第一の種族を創ったベレス博士が一族の力を得て、研究を続けていました。あの島は、ベレス当主の故郷でもある。ですから、現在、ベレス当主はあの島で眠っているのですよ。あなたは、アード当主の傍にいながら、何一つ知らされていないのですね。もしかしたら、アード当主のお気に入りだという噂も、噂でしかないのですか?」


 コウヤは、深い驚きと共に、自身の記憶を辿っていた。

 しかし、浮かんで来るのは、静かな島の風景と、優しく接してくれた島の人たちの笑顔だけで、桐原が言うような異質なものの記憶は何一つなく、信じられないという気持ちが湧き上がる。


 それが表情に出ていたのだろう。桐原は、盛大なため息を吐き、メガネの端を指先で押し上げた。


「我々は、ベレス博士の研究記録を入手しています。なぜベレス当主があなたの島を消し去ったのか、その意味を考えたことがありませんか? 眠る自身の血を媒体とし、過去、採取されていたアード当主の細胞を組み込んだ。第四の種族とは、アード当主をも上回ることわりを手にしているのですよ。ですから私は、あなたのことを神に等しき存在だと言うのです」


「……俺は、アードとベレスの血を引いているのか? だから、ベレスは俺を見逃し、アードに委ねた……」


 コウヤの苦しいつぶやきは、桐原にとっての蜜だったのだろう。満足げに笑う桐原は、コウヤを手中に収めたのだと、確信したのかもしれなかった。


「ベレス当主の怒りは相当なものだったのでしょう。実験に関与していた島民を、ベレス一族と共に消し去るほどに。と言いましても、島民は全て研究者だったのですから、怒りをかったのも当然と思えますが」


「違う! 島はごく普通の島だった。研究者なんてひとりもいない」


 コウヤが抗えば、抗うほど、桐原は生き生きと言葉を発した。


「あなたは第四の種族。数々の研究の果て、多くの犠牲の上に立つ、唯一の成功例なのですよ。甘やかされて育てられたのも良くわかる。あなたの見ていたものは、偽りでしかなかったのではないでしょうか」


 コウヤは苦しさに歯を食いしばり、陰りを見せる思考が痛みに代わり、思わず額に手を当てれば、苦悩の姿に取られたのだろう。桐原はコウヤを宥めるように、肩に手を掛けて来た。


 思わず振り払ったコウヤは、桐原を睨みつけ、しかし、同時にユズナの言葉を思い出し、ユズナの記憶こそが偽りではないのかと言った、鳥籠の中での状況を思い出した。

 コウヤの記憶は間違っていない。しかし、ユズナの記憶も間違っていなかったのだろうか。


 桐原の手にあるバジルの写真をも不快に思い、桐原の手から写真を奪い取っていた。

 それを奪い返される前に、桐原に背を向け、距離を取る。


「誓約をお忘れにならないように、その写真は差し上げますよ」


 悔しい思いを胸にしながら、バジルを助ける手立てを考えている。

 アード当主に話せば、何とかしてくれるかもしれないと僅かな希望を探した。

 それもまた、アード当主に依存しているのかと、自身を呆れもした。


 しかし、大陸に戻れる道を見つけた。

 桐原という監視者の下であったとしても、逃げ切る手立てはあるだろうと考えていた。


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