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君と暮らす退屈な日々  作者: サクラギ
≪第二章≫
39/53

>3

 さらに続く地下への階段があった。


 奥へ進めば進むほど、圧迫されるような密度の濃い空気が張りつめ、足元に小さな水の流れができていた。それは天井から落ちて来る水滴が道の真ん中に集まり、低い方へ流れている。


 足音が反響し、続く。

 それとは違う音が、細長く続いて行く道の向こうから聞こえている。

 それは細かい振動として耳に届き、時折、金属が触れ合う甲高い音が紛れ込んでいた。


 道は、人ひとりがやっと通れる幅、高さで、20歩間隔ほどに鉄柵があり、道の全体を覆っている。施錠をした鉄柵の鍵を外し、また付け、を3つ繰り返し、やっと扉にたどり着いた。


 鉄製の扉にも施錠が成されており、その鉄の扉は、扉の向こう側にいる誰かがいて叩いているのだろう、甲高い音の原因はこれだった。


 鍵を外したのはエルだったが、扉を開けたのはリトで、リトが部屋に踏み込むと、扉を叩く音が止み、ばたばたと動く音が聞こえて来た。


「ここで子どもを保護しているのよ」


 エルは厳しい顔つきでコウヤを見ると、コウヤに入れと視線で指示した。

 エルよりも先に扉を潜り、中へ入ると、エルも中に入って来て、扉に施錠をする。

 厳重なんだなと思い、改めて部屋の中へ視線を向けると、部屋の壁際に集まった子どもたちの姿と、並べられたベッドの上に横たわる子どもの姿があった。


 部屋は白い空間で、部屋の半分にベッドが左右に分けて8台置いてあり、部屋を半分に区切る鉄格子が前面を覆っており、その向こう側は、鉄格子で区切られた部屋があり、部屋の中にひとりずつの子どもが入っていた。


「保護って……こんな環境で保護っていえるのか?」


 劣悪とまでは行かないが、子どもの人数を考えると部屋は狭く、白一色の窓のひとつもない部屋で過ごすのは、気がふれやしないかと心配になる。


「身勝手な一族がおもしろがって仲間にした子供たちよ。喰われてしまう前に保護したの。あなた、わかる? さっきまで慕っていた親が自分を襲うようになるの。親に喰われるよりは、ここで保護して隔離された方が良いと思うでしょ?」


 リトが部屋の中へ進んで行くと、壁際にいた子どもたちがリトの回りに集まって来る。

 広い空間の部屋にいるのは10人の子ども。一族に変えられてしまった子供たちだ。


 コウヤは次の瞬間、思わず息を飲んでいた。


 リトの回りに集まった子どもたちが、リトの腕にかみつき、血を啜っている。うまそうに舐め、ぺちゃぺちゃと音を立て、口のまわりを赤く染めながら笑っているのだ。


 コウヤは思わず目を反らし、両手を固く握り込んでいた。


 鉄を揺らす音が聞こえて来る。

 音につられて視線を向ければ、鉄格子の中の子どもたちが、鉄柵を揺らしながらリトの方を睨みつけている。眼光を鋭くさせ、涎を垂らしながら、唸り声をあげる。


「一族の血が濃く出てしまうと、本能に逆らえなくなってしまうの。隣にいる子をたべてしまわないように隔離してる。本当に酷い子は、心臓を抜いて、傷を負わせて、眠らせているわ。……あたしには、この方法しか思いつかなかった」


 コウヤは、自分の事ばかりに目を向けていたことを知る。

 自分ばかりが苦しいと思い込んでいたことを恥ずかしく思った。


「……人に戻す方法を探すよ」


 それは自分の為だった。

 いつかユズナと共に、人に戻り、人として生きて行くことを夢見ていた。

 しかし、人に失望し、人に戻ることの意味を無くした。


「できるのか? そんなことが」


 子どもが満足するまで血を飲ませたリトは、足取りをふらつかせながらコウヤへと近づき、コウヤの肩に手を掛け、にやりと笑んだ。


 コウヤは、リトの顔を見上げ、何をされるのかを予測したが、されるがままになった。


「俺だからできるかもしれない」


 リトの髪がコウヤの頬に触れる。

 肩に小さな痛みが走り、血が流れて行くのがわかった。


「さすがにクラクラする」


 血を舐めながら、リトがつぶやいた。


「おまえの血は特別のようだ。それに酒の味がする」


 コウヤは、血を与えすぎてくらくらしているのかと思っていたが、それが自分の血の濃さによるものだと知り、そういうものなのかと思う。


「ワインを飲んだからね。それと多種族の血を取り込むと、体の中で喧嘩するって、前にバジルが言ってたよ」


「バジル?」


 リトはコウヤの肩から顔を上げ、嫌そうに顔を顰めた。


「そうか、アード当主のお気に入りということは、当然、バジルとも知り合いか」


「バジルを知っているの?」


 コウヤは驚いてリトの顔を見た。


「大陸のアード区にいて、バジルを知らないヤツなんていないだろう」


「……ああ、そっか。そういうことか」


 望んだ答えとは違う、当たり前の答えが返って来たことに、期待外れをしたコウヤは、視線をエルの方に向けた。

 

 エルは、子どもたちを集め、汚れた顔を拭いてやったり、頭を撫でてやったりしていた。

 その光景を見たコウヤは、心の中に冷たい軋みを感じた。


「おまえ、血も肉も食ってないな。ワインは一時の欲求を忘れさせてくれるが、酔いが醒めると、より欲求が強くなる。エル」


 リトに呼ばれ、エルは立ち上がり、リトの方へ歩いて来た。


「こいつに食料を分けてやれ。血を貰ったお礼だ」


「わかったわ。ついて来て」


 コウヤは、リトとエルについて部屋を出て、さっきの部屋に戻ると、大陸に輸出されていたような、パック詰めの肉を渡された。


「牛の肉よ。人じゃないから安心して」


 パックを開け、血の滴る肉を食べるバジルに臭いから離れろと言ったことを思い出す。

 それが今では、血の匂いに吐き気を覚えることもなく、むしろ思わず唾を飲み込んでしまうほど飢えていた。

 視覚に映る肉は未だに慣れることはないし、食べることに抵抗はあったが、血肉に飢え、誰構わず襲ってしまいそうになる衝動を抑えられるのなら、動物の肉を食べた方がましだった。


「人に戻る方法を早く見つけてちょうだい。この世界に一族なんて必要ない。人である方がよっぽどマシよ」


「……そうだね」


 コウヤは、肉を頬張りながら、肉を食べる自分を、血を啜る子供たちを、哀しいと思った。


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