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「俺も、元は人です。ベレスに故郷を襲われ、アードに保護されました。そして、これです」
コウヤは覚悟を決め、シャツを脱ぎ、肌着をたくし上げて背を見せる。
背中にある刻印は3つ。首にあるものと合わせて4つ。
それを見たリトは、顔を顰め、本物かどうか確かめる為、コウヤの肌に触れた。
「……こんなことが許されるのか? アード当主は? 知っているのか?」
よほど驚いたのだろう、冷静さを欠いたリトは、早口で言葉を紡ぐ。
コウヤは苦々しく笑い、肌着を下ろし、シャツを着た。
「許さる、許されないも何も、刻印があることが事実。アード当主が知らないとは思えないけど、俺は会っていないし、話せる状況でもなかった」
「……おまえは、いったい何をしようとしているんだ?」
「何も」
コウヤに不信感を募らせたのだろう、リトがコウヤから離れ、エルを背で守るように立つ。
コウヤと彼らとの間には、3メートルほどの距離が開き、コウヤが身動きひとつでもすれば、襲い掛かるという張りつめた空気が流れた。
「本当に何も企んでいないよ。ただ、他種族の当主には思惑があるから、その道具にされているのだと思う。実際にどう使われるのかはわからないけど……。俺は自分の状況も良くわかっていないし、人が、種族が、どうなっているのかもわからないんだ。何も知らない。知らないから、知りたい。知って何になるのかも、わからないけどね」
自分自身の言葉に、自分で呆れた。
ただ流され、起きる状況に右往左往しているだけだ。
何一つ自分で考え、動いていない。
「あたしは、種族が大っ嫌い。自分から人を捨てて、一族になる人も大っ嫌いよ」
エルの憤りは、荒げた声とその表情から良くわかる。
泣きそうな顔で頬を膨らませ、リトの腕に手を絡ませ、肩口に顔を埋めている。
種族が嫌いと言いながら、リトは別なのだと思わせた。
「リトは別?」
思わずそう言うと、エルは赤くなった目でコウヤを睨んだ。
「ごめん、俺も種族が嫌いなんだ。でも、それとは別だと思える一族の人がいるから。同じだなって思って」
コウヤは、バジルのことを思い浮かべていた。
「そうなの」
エルの怒りが静まったようで、涙を拭きながら、少しだけ笑った。
コウヤはホッとし、同じように笑って見せた。
「一緒にここに来ていたんだけど、当主たちに傷つけられて、たぶん眠ってしまったんだと思う。心配だけど、探そうにもどうしたら良いのかわからなくて。ここには知り合いもいないし、頼る相手もいないから……」
「当主に傷を負わされたのなら、当分は目覚めないだろう。だが心配はいらない。意識を手放す前に安全な場所で眠ることくらいはできる。ここはアード管理区だ。隠れる場所はいくらでもある」
「……そう……心臓がなくても、大丈夫なのかな」
バジルの心臓は、ユズナの傍にある。
ユズナを欲する気持ちが本物であるという証に、心臓を渡したのだ。
コウヤの呟きを聞いたリトとエルは、顔を見合わせ、躊躇いの表情を見せた。
コウヤは途端に不安になる。何かあるのかと焦ってふたりを見つめた。
「心臓の持ち主が、その人の死を願わない限り、肉体を維持できると言われているけれど、肉体が傷付けば、心臓が戻るか、持ち主が目覚めを願わない限り、眠ったままの状態が続くかもしれないわね」
「眠ったまま?」
コウヤは、いつまでも眠り続けるバジルの姿を想像した。
「でも、持ち主が目覚めを願えば良いんだね」
だったら、アード城に戻り、ユズナに頼んで目覚めさせてもらえば良い。
しかし、その為には、生きて大陸に戻らなくてはならない。その間、バジルが傍にいない。助けを期待することができないのだとわかり、さらなる不安を呼び寄せていた。
「心臓は、時として道具となるのよ。むやみに誰かに取られないようにしないと」
エルは表情を曇らせながらコウヤを見た。
「何も知らないようだから、教えてあげても良いわ」
「エル!」
リトが咎める。
しかし、エルはリトの意思を一瞥で退け、コウヤに知る意思があるのかというような視線を向けた。
「お願い、教えて」
コウヤは、何があるのかと息をつめた。




