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君と暮らす退屈な日々  作者: サクラギ
≪第二章≫
32/53

【3】 想定外

 血液、細胞の採取、体の隅々まで調べ上げられ、首筋の刻印を撮影された。

 医療室と呼ばれる白い部屋から、次に通されたのは、四角い部屋の中央に椅子が一脚置かれた暗い部屋で、その他には何もなく、声は壁に付けられた機械から聞こえて来た。


 声だけでは、どんな人物と話しているのかわからず、ただ、それが女の人なのだろうと、声の質から想像できるだけだった。


 質問の内容は、アード当主が何を考えているのか、から始まり、一族のあり方、統率のされ方、普段の生活や食料の確保方法など、大陸にいなければわからない様子を問われた。


 コウヤの知ることなど、表面をなぞらえるくらいに乏しく、相手の欲しい答えとはかけ離れていたのだろう。感情を声に表さなくとも、窺い知れた。


 時間にすると1時間程度だろうか。

 2日目の午後には解放され、最初の部屋へ戻されていた。







「馬鹿だろ」


 テラスへやって来たバジルが、コウヤを見て言った最初の言葉がこれだった。

 コウヤは、何が? と、反論しようと思ったが、自分でも自分の行動が馬鹿げて見えていたので、いつものように軽口で応戦することができず、開きかけた口を閉じ、バジルからも目を反らしていた。


 あからさまなため息を吐いたバジルは、コウヤを残し、飛び去ろうとしたが、いつもの態度と違うコウヤを心配したのか、手すりの上で羽根を広げた格好のまま、コウヤを振り返っていた。


「……一緒に行くか?」


 コウヤは、バジルを見上げ、その黒い瞳に魅入られるように、頷いていた。


 血液や細胞から得られる情報を、人に渡して良かったのかと、安易にこの場所に残った自分は間違いを犯したのではないかと、後悔する気持ちがバジルに伝わっていたのだろう。バジルの優しさに触れたような気がして、甘えが顔を覗かせていた。


 コウヤが差し伸べた手を取ったバジルは、軽々とコウヤを手すりに引き上げ、両手で抱えるようにして、手すりを蹴った。


 バジルの腕の中に納まりながら、ゆったりとした落下速度に煽られ、風を切る。

 不安定な位置でバジルにしがみ付いている。それを利用して、コウヤは自分以外の存在を確かめていた。


 人の中にいると、ひとりなのだという感情が浮き彫りになる。

 バジルだって同じではないけれど、それでも長く傍にいただけの繋がりがあり、帰って来たという感覚が染み入って来る。

 薔薇の香りがそう思わせたのかもしれない。バジルには、大陸の、アードの、独特の香りが染みついている。


 地面に足を付け、周囲の視線が集まる中、逃げるように走った。

 羽根を広げ、空から舞い落ちて来た者が人である筈もなく、一族であることを知らしめれば、人を無駄に怯えさせる。


 人の行き交う道を、バジルとふたりでやみくもに走り、細い道の途中で足を止め、バジルと並んで息をつく。

 ついでに、心の中を大きく占めていた疑問を口にした。


「ねえ、アード当主って、時間も距離も関係なく、自在にどこへでも行けるって本当?」


「はぁ? んなの無理に決まってんだろ」


 バジルは馬鹿にしたようにコウヤを見た。


「だって聞いたんだ。大陸以外のいろんな場所に来ているの、調べて統計を取ってるって」


 コウヤにとっては重要な話なのだが、バジルは興味もなさそうに鼻で笑う。


「あのさぁ、そんな簡単に人を信じるなよ。人が一族の顔を区別できると思うか? 誰も彼もが金髪碧眼、人が美しいと思う容姿だ。誰かがアード当主だと騙って、それが嘘だと見抜けるヤツがいると思うか?」


「じゃあ、人が騙されているってこと?」


「そうじゃねえの?」


 バジルの言うことはもっともだと思えた。

 一族であれば、個々の持つ特別な感覚が当主を見分ける。しかし、人にその能力はなく、見たこともない美しい相手が、自分をアード当主だと語れば、そうだと思ってしまうのかもしれない。コウヤはバジルを信じることにして、話題を他へと移した。


「ここの人って、一族を意識していないように見えるね。もっと殺伐とした雰囲気を想像してたんだけど」


 人並みに紛れ、普通の人のように歩いていると、誰もコウヤたちが一族だとは思わないようで、その場で浮いていると思っているのは、コウヤだけのように思えた。


「ここはアード管理区の中央辺りになるからな。他の種族との境界辺りは、こんなんじゃねえよ。この国は、銃刀法が敷かれていて、銃規制もあるから、甘いとは思うが」


「銃規制? 銃ってなに?」


 ものを知らないコウヤは、不思議そうにバジルを見る。


「大陸に穴を開けた奴の小型版っていうか、小さい武器で、小さな弾を飛ばして殺傷する。一族には、効かねえけど、人同士なら通用する武器だ。っていっても、国の許可があれば使用できるし、完全に使用していないとは言えねえよ。……っつうか、お前の住んでいた島にはなかったのかよ」


「ないよ。そうか、武器のことか」


 コウヤにとって武器とは、刀くらいしか思い浮かばない。島では魚を獲る為に槍や刀を使用していたが、それを人に向けたところを見たことがなかった。

 人同士が争うという場面も、喧嘩くらいしか見たことがなく、境界線が殺伐としていると聞いても、それは一族同士の争いとしか考えが及ばなかった。


「一族に通用しない武器なんて持って、意味なんてあるの?」


 バジルは、呆れた顔でコウヤを見ると、大きくため息を吐き出した。


「おまえは一般的な知識もねえんだな。さすが当主に守られていただけはある」


「うるさいな、そんなんじゃないだろ。大陸に人なんていなかったし、こうやって話せる相手もいなかったじゃないか」


「そうだったか?」


 コウヤが怒った顔をしてみても、バジルは知らん顔で視線を逸らす。


「アード管理区の人の地には、一族の代表がいるからな。そいつが一族の統率をしている。必要ねえ場所に一族はいねえよ。それに、境界線で攻防をしているのは人だ。一族はそこに干渉しねえ。人の世のルールは人が決める。当たり前のことだろ?」


「……じゃあ、人と人が戦っている?」


「そういうことになるな」


 そういえば、と思い出す。

 人の世の、種族管理区の境を越えた人の話を聞いたことがあった。

 アード当主城を案内してくれた、ヴィータだ。

 ストラ管理区からサーシャを助ける為、アード管理区へ向かい、アード当主に刻印を授けてもらった人。ヴィータの黒い瞳を思い出し、この国の者たちの瞳の色を見る。


「ヴィータって、もしかしたら、この国の人だったのかな」


 小さな呟きがバジルに聞こえたようで、バジルは嫌そうに顔を顰めた。


「ヴィータって、会ったのかよ」


「うん、当主城で」


 バジルはヴィータに良くない感情を抱いているのか。そう思える態度だった。


「俺は、ウェンに媚び売る奴が大っ嫌いだ」


 歩調を速め、コウヤを置いて行くように先に進んで行ってしまうバジルの背を、遅れないように追いながら、バジルにも苦手があったのかとおかしくて笑った。


「この国の一族の代表って誰? 人の中で生活している変わり者の一族もいるって聞いたし。会ってみたい。会えるかな?」


 バジルが不意に立ち止まったから、コウヤも一緒に立ち止まった。



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