>2
バジルと一緒に暮らせないと思ったのは、アード当主を信頼できないと思ったからだ。
それはもう、最初からそうだったのだが、妹であるユズナを守ってもらっているという恩があったから、できる限り従おうとして来ただけだった。
そのユズナがアード当主を選ぶと言うのなら、コウヤの存在など邪魔でしかない。
バジルもまた、アード当主の配下であり、ユズナを選んだひとりだった。
孤独というよりは、異質であるのだと思う。
“人”というものが本来、どんなものなのか知らないコウヤは、自分が人であるとも言い切れなかった。しかし、確かに人であったのだから、コウヤの持つ考えは、“人”のものなのだと思っている。
バジルを振り切り、向かった先は、ゲンゾウのいるパン屋だった。
この大陸の中で、コウヤの行ける場所は、当主城を除けば、バジルと共に暮らしていた部屋と、ゲンゾウのパン屋だけだった。
砂漠を歩きながら、時折、背後を振り返る。
バジルは共に暮らす相手でもあり、コウヤの監視役でもあるからだ。
コウヤを見限り、どこかへ飛び立って行ったと見せかけ、隠れて後をつけられている不安がある。
当主は、コウヤの行動を感覚の内に把握しているだろう。それでも傍にいないから、それは遠くにある視線という感覚だけで済んでいる。実際にどうこうしようと思っても、少なくとも数分の時間差ができる筈だ。だがバジルは違う。羽根があり、飛ぶことが出来るのは、監視役としても有利であるし、行動を阻む為にも優っている。
普段、コウヤの前で飛ぶことはあるが、その他の能力を見せようとはしないバジルである。ぶっきら棒な態度も人懐っこい様も、見せかけだけで、バジルも一族なのだ。その爪や牙は鋭く、力も侮れない。
背後を警戒し、隠れる場所の無い砂漠の風景を見回し、バジルの姿がないことを確認すると、安堵のため息を吐き出した。
それでもバジルは、コウヤの行動を予測しているのかもしれないと思い、パン屋までの道のりを急いだ。
夕刻の仄明るい風景と、毒により霞んだ景色が相まって、より一層不安を煽った。
パン屋には明かりもなく、風景の中に四角い建物を陰で表している。
それはいつものことで、明かりを必要としない所有種の特徴でもある。
それなのに感覚のどこかで警鐘が鳴る。
パン屋の入口に立ち、中へ踏み込む一歩を躊躇っていた。
内部は空洞で、奥に扉がある。
吹き込んで来る風に砂が乗り、風の音が耳に届いていた。
コウヤはふっと笑みを漏らし、一族以上に怖いものがあるものかと、不意に訪れた警鐘の感覚を一蹴し、部屋の中にいるだろうゲンゾウを想像しながら一歩を踏み出し、主人の名を呼びながら奥の扉を開けた。
カラン……と、何かが落ちて音を上げた。
カラカラカラ……と、音が続く。
コウヤは吐き気を覚え、鼻と口を両手で押さえると、扉を開けたまま踵を返し、飛び出すように外へ向かった。
血の匂いは過去を呼び覚ます。
心臓の音が頭の中に響いている。
所有種であるゲンゾウが、どれだけ血を流そうが、死に至ることは稀だ。
作業台を流れ落ちるほどの血が流れようが、長い眠りの果てに目覚めることが出来る筈だ。
それでも想像の中のゲンゾウは、過去の映像と同じように、血肉と成り果てている。
砂の上に膝をつき、胃液を吐き出し、苦しみに喘ぐ。
誰かが背後に立ったことにも気づかず、誰かに掴まれ、何もわからないまま、閉塞された空間に押し込まれていた。
≪1章≫ United States of AMERIA ━ END ━




