【8】 Separation
「おまえ、3日もどこへ行っていたんだよ? 心配したぜ」
鋼の街にある住処へ戻ったコウヤに駆け寄ったバジルは、コウヤの体を隅々まで観察し、安堵のため息をついた。
喧嘩別れをした筈なのに、いたって普通に接して来るバジルを不満げに見たコウヤは、バジルの質問に答える気もなく、横を通り、奥の部屋へ向かった。
「なぁなぁ、どこへ行ってたんだ? もしかして城か? パン屋にも街にもいなかっただろ?」
コウヤの後ろをついて歩くバジルは、コウヤの思惑など一切気にした様子もない。喧嘩別れをしたことすら忘れているのだろう。
一族は、直情的で根に持つことがない。それはバジルがそうだから、一族の印象がそうなっているのかもしれなかったが、今何をしたいかが中心で、過去がどうだったから今はこうするという意識は薄いように思えた。
そうした一族が、血に込められた思念に動かされるのだろうかと思う。それが体内に取り込まれた性質になっているとしたら、そうなのかもしれない。だが、コウヤの見る一族には、そういう根深いものに囚われる性質にないように思える。
ただ単に、腹が減るから人を襲う。血が、肉が欲しいから喰らう。動物的な衝動に駆られ、忠実に動いていると言われた方が最もだと思えた。
アード当主の言うことが嘘だと簡単に決めつけてはしまえないが、コウヤを惑わそうとしているとは思えた。もしくは、アード当主の思惑に嵌められている。アード当主の思い通りに動かされている。それは決して忘れてはならないことだった。
「なぁなぁ、腹が減ったんだよ。おまえがいないと配給が届かないだろ? 今すぐ行ってもらって来てくれよ」
鋼の扉を開けてベッドのある部屋に入っても、生活に必要なものは少なく、コウヤの着替えとバジルの着替えが、部屋の隅に散乱しているだけだった。
その数少ない着替えを、以前に持ち込んだ配給品の入っていた袋に詰めていると、扉を開けたまま立っていたバジルが不思議そうな声をあげた。
「どっかへ行くのか? もしかして、城に戻るとか? だったら俺も一緒に行く」
「違うよ」
バジルについて来られたら困る。思わず声を荒げ、しまったと口を噤んだ。
「なんだよ、俺を置いて行くつもりなのか? そんなのは許さねえよ」
「違うって言ってるだろ? 城に戻る気はないよ。そんなに戻りたいのなら、バジルひとりで戻れば良いだろ? 戻ってユズナの傍にいれば良い」
そういえば、とバジルを見る。
ごく普通に動いているバジルだが、その体には心臓がない。本当にないのかとバジルを見ていると、バジルが首を傾げて不満そうな顔をした。
「なに?」
「……別に」
「嘘だろ。何かあんだろ? あぁ、そうか。俺がユズナを守るって言ったこと、まだ怒ってるんだろ」
バジルは忌々しそうに頭を掻いた。
「ほんと、面倒くさいよな、おまえ。本当のことを言われたからって根に持つなよ」
「うるさいな」
服を詰めた袋を持ち、立ち上がったコウヤは、バジルの塞いでいる扉を、バジルを横へ押しやりながら開けると、バジルを置き去りにして廊下を歩く。
「マジでどこへ行くんだよ。言わねえのなら、着いて行くぜ?」
コウヤは仕方なく立ち止まり、まだ着いて来るバジルを振り返った。
「おまえと一緒にいたくないんだよ。ユズナが欲しいのなら、俺に構わず好きにしたら良い。当主と戦おうが、他の一族と戦おうが、俺には関係ない。ユズナはもう一族だ。一族は兄妹なんて考え方しないだろ」
そう言い放てば、バジルは嬉しそうに頬を引き上げた。
「そんなのは言われねえでも好きにするし」
「だったら俺なんてどうでも良い存在だろ? 好きにさせろ」
「それとこれとは別!」
何を言っても聞かないバジルに根負けしたコウヤは、苛立ちと共に息を吐き出した。
バジルにはわかりやすく言葉で伝えるほかはない。曖昧な言い回しから察することができない性格だから、はっきり言い切らなければならなく、曖昧で済ませたいコウヤには、覚悟の必要なひとことになった。
「俺はおまえが嫌いだ。傍にいるのも嫌だし、話すのも嫌だ。だから着いて来るな」
一族に情という感情はない。気に入るとか、気になるという意識はあるようだが、それも短絡的な一瞬でしかなく、これまでコウヤの傍に居続けたバジルもまた、血の匂いに惹かれたとか、アード当主の贔屓にある者だからとか、何らかの思惑があってのことだろう。
「そんなに俺が嫌なのかよ。あぁ、わかった、わかった。好きにしたら良いさ」
バジルの背に羽根が生え、壁に触れた羽根がバサバサと音を上げた。
踵を返したバジルは、奥の部屋から上部の窓へ飛び、外へ飛び立って行く音を聞かせた。
やっとバジルの視線から解放されたコウヤは、深い息を吐き出した。
決してバジルを嫌いになった訳ではない。残念ながらコウヤの方には情がある。多くの会話をした訳でもないし、気を使い合った試もない。お互いに同じ場所に生息し、好き勝手に生きて来た。それでも、その生活の中でバジルの性格を知り、生活を見て来た。人と同じような感情を秘めているのではないかと疑ったこともある。コウヤと長く付き合って来られるだけの感情があるのだと思わせるバジルは、他の一族とは違う点が多々見られたからだ。何に関しても関心の薄い一族である。短絡的で直情的な一族だと、バジルを見ていると決めつけられなくなった。
ふいにユズナが語った一族の成り立ちが頭を過る。
一族にはふたつの種類があった。
人を媒体に創られた者と、一族の形に魂が込められた者だ。
もしかしたらバジルは、人を媒体にした、最初の種族だったのかもしれないと思った。




