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コウヤは、目の前が暗く沈む感覚に陥り、倒れそうになる体を、壁に手を突き、堪えた。
自身の記憶には自信がある。幸せな生活があったからこそ、ベレスを恨んだ。
間違ってはいないと強く思い、ユズナの背を睨みつけた。
「俺の記憶は確かだ。俺は昔と何一つ変わっていない。記憶が違っているとするなら、ユズナの方だ。アード当主の血を飲んで、姿も、記憶も、変えられてしまったんじゃないのか?」
苦しく吐き出した言葉を、ユズナは冷めた視線で返し、深い息をつく。
「……そうですね。仮に、そうだとしましょう。それでも私は、人に戻りたいとは思いません。今更、人に戻ったとして、結局、一族の脅威に晒され続けなければならないでしょう。それに、人が行った過去の過ちから一族が生まれたのです。この大陸にいる一族のほとんどは、大陸で命を落とした人の魂を受け継いでいるのだそうです。何も知らさらず、命を奪われた人の記憶を宿した一族が、人に恨みを持つのは当然だと思いませんか?」
「……なんだよ、それ」
「あら、お知りにならないのですか?」
ユズナは、皮肉たっぷりに、わざと驚いて見せた。
困惑するコウヤを置き去りにし、ユズナは平然とした顔で話を続けた。
「アード当主が生まれた時に、当主たちが統率を託された者の数は50に満たなかったと聞きました。人を宿主にする為には、人を実験材料にしなければなりません。ですから、さほど多くの人を使用することはできなかったと。そこで人を使わず、一族を創る方法を試しましたが、一族の形を創ることには成功しましたが、生きて魂を持つまでには至らなかったそうで、実験はそこで中断され、一族と共に眠らされたと。その眠らせた一族の形に、大陸で亡くなった人の魂が宿り、生きて魂を持つ一族が生まれたそうです。過去、50に満たなかった個体が、現在、大陸を覆う程に増えたのは、過去の凍結された実験が、勝手に動き出したせいだと、ウェンが話してくださいました」
「……一族の持つ魂が、元は大陸の人であったと?」
コウヤが震えてそう言えば、ユズナは微笑んで頷いた。
「そうです。一族の者が人を襲うのも、半分は捕食の為ですが、半分は復讐の為。大陸から逃れられた者は、大陸が汚染されることを知っていた者ばかりです。その者が各地に散らばり、各地の統率者として生きているのはご存じですか? そうした者は一番に狙われる。血の匂いでわかるそうですよ」
「……じゃあ、島が襲われたのも、意味があってのことなのか?」
だからといって、全てを消し去られてしまうのは納得が行かない。ベレスに何らかの意図があったとしても、幸せを踏みにじられ、理由があったのなら仕方がないとは思えない。
ユズナは小さく笑い声をあげる。
「知らないことが多すぎませんか? それで人に戻りたいなんて、私に人に戻れだなんて、愚かとしか思えません」
コウヤは、突き上げる怒りを込め、ユズナを見る。
しかし、続く言葉を出すことはできなかった。
コウヤは、怒りに任せ、踵を返し、ユズナを振り切るように部屋を出た。
一族のことを知り、そこに何等かの理由があるとしても、人を食い、血を啜り生きている一族を許せない。
許せないことが、人である証のように思えた。




