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16 : きみは忘れてしまえと言ったけれど。





 どこからともなく聞こえてきた声を辿って、瓦礫の下にその存在を見つけたとき、ノルジスはそっと手を伸ばした。瓦礫の下で懸命に生を訴える小さな存在が、この手を必要としているように思えたのだ。

 けれども、ノルジスのその手は届くことなく止められた。


「もう遅い」


 フェリトワに、きみはどれだけ非情な人間だ、と言ってやりたかった。


 だが違った。


「あなたがどんな声を聞いているのかわからないが……その声まで聞こえているなら、ひどく切ないことだと思う」


 フェリトワは悲しげな顔をしていた。

 ノルジスは再び瓦礫の下に目をやり、フェリトワの手を振り解いて瓦礫に手をかける。生まれてからまだ一年も経っていないだろう赤子が、そっと静かに、息絶えていた。


「この尊さを……なんだと思っているのだろうね」


 ノルジスは冷たくなった赤子を掬い上げ、両腕で抱き締める。

 泣きたくないのに涙は溢れそうだった。


「あなたが人間を嫌う理由が、わかった気がする」


 ぽつりとフェリトワが言った。すぐに「墓を作ろう」と言って、部下たちにその指示をする。

 瓦礫の下から見つかった人の数だけ、墓標は立てられた。

 ノルジスが腕に抱いた赤子は、最後の墓に、冷たい土の中に埋められた。


「生き残った人は?」

「……残念ながら」


 ざわりと、いやなものが全身を包む。

 辺りを見渡して、ノルジスは今までになく感情を込めた瞳で、破壊された街を睨みつけた。


「これのどこが、魔の仕業だというのだろうね……」

「……明らかにこれは、人の手によるものだ」


 ノルジスと同じような顔つきで、フェリトワも辺りを睨む。


 街が魔獣に襲われたという報告を受けてすぐに来たというのに、街は劫火に包まれていた。その陰には魔の姿など欠片もなく、感じられるはずの気配も、感情も、ノルジスにはなかった。

 おかしいとは思っていたのだ。

 街が魔獣に襲われている、と聞いたとき、確かにノルジスはその声を聞いていたけれども、その声は途中でぱたりと止んだ。先行していたレヴンとセヴンが対処していたからだ。けれども息子たちは、街ではない場所で魔獣を狩っていた。行商の隊が襲われているのを目にしたから、急遽、その対処をしたというのだ。ノルジスが聞いていた声は、行商を襲っていた魔獣のものだった。

 ハッとしたとき、街はすでに、劫火の中にあった。

 魔は火を使わない。火を使えるのは、人間だけだ。

 それは明らかに、魔の仕業に見せかけた人の手によるものだった。


「痕跡を消そうとして、その手段に火を使うなんて……なんて浅はかで愚かな魔王だろうね」

「噂の魔王の仕業、か?」


 それ以外に誰が、こんなことをしようと思うだろう。よくもまあ「魔王」の名を上手く利用してくれたものだ。


「魔が人を襲うのは仕方ない。だから人は魔術と霊術を使えるようになったんだ。その力で自分たちを護ることができる。僕が今まで魔を静観していたのは、そんな人々がいたから、そしてその本能をどうしようもできないからだ。それなのに……」


 殺戮なんて、誰も好まない。世界に復讐を誓ったフランシェドールでさえ、無益なことはしなかった。小さな命を奪うことはなかった。たくさんの命を奪って笑うようなひとではなかった。

 フランシェドールには、僅かな希望があったのだ。その希望が、ノルジスだ。ノルジスの力はフランシェドールの良心、魔女が抱いた僅かな希望だ。


「……よくもまあ、ドールの名を、穢してくれたものだ」


 ノルジスが愛したひとは、確かに世界を恨んでいたかもしれない。世界に復讐を誓い、魔を溢れさせたかもしれない。

 けれども、フランシェドールが生み出した魔王は、殺戮を好むような存在ではない。

 人々がどんな思惑で魔王を見ていようがかまわない。けれども、魔を利用し、魔王の名を使い、恐怖と絶望の暗闇を創り出すのが、ドールが生み出した魔王だなどとは許せない。

 魔王は、ただバケモノであればいい。

 人々を、その心だけ脅かす存在であればいい。

 魔王というのは、ただ戒めの言葉として、存在していればいい。


「魔王の名を語る者は、これまでにも数人は存在している」

「そんなことは知っている。呆気なく倒されたこともね」

「今回の噂の魔王も、そのひとりのようだな」


 人間とは、よくも思いつく。

 魔王を語ること、勇者を語ること、そうすることで人々の心は惑わされる。けれどもそれは、戦争よりも多分に、人々の心を軽くする。負の感情すべて、魔に、魔王に、向ければ済むことなのだ。

 それが戦争となんら変わらないことであると、誰も気づかない。いや、気づこうとしない。


「人間が人間と争うことには異を唱えるけれど、人間が魔と争うことに異を唱える者はいない。魔はそのための存在とされてしまったからね。その裏で、こうして殺戮を楽しみたい人間は、都合よく魔を利用する」

「……その通りだ」

「それでも僕は静観していたけれど……今回ばかりは黙ってもいられないのかな」

「魔が増加傾向にあることか」

「いったいどんな秘術を使っているのやら……案外近くにいたりしてね」


 はあ、と息をついて、むず痒いような苛立ちを抑え込む。

 大きく周りを見渡して、街の入り口のほうへと足を向けた。


「ノルジス」


 ふと呼び止められて振り返ると、レヴンとセヴンが、その腕にたくさんの色鮮やかな花を持って立っていた。

 ふっと、ノルジスは微笑む。


「よくわかったね」


 息子たちに歩み寄り、その腕から花を受け取る。もちろん全部を持てるわけではないので、半分は息子たちに持っていてもらう。

 足を再び墓標に向け、一つ一つを、綺麗な花で飾った。


「なにがそんなに悲しいの、ノルジス」

「人の死」

「人間はノルジスを殺そうとするよ」

「これは死者への敬意」

「この中にはノルジスを殺そうとした奴もいたよ」

「そうかもしれない。けれども真実は、もはや存在しない」

「どうして悲しむの」

「寂しいと思うから」


 墓標に花を飾る行動を息子たちはよく思っていなかったが、そのくせ花を摘んできてくれたのだから、ノルジスは随分と息子たちに許されていると思う。


「ねえ、ノルジス」

「ん?」

「忘れないで。おれとレヴンは、ノルジスを殺そうとする奴らを、許すことなんてできないんだよ」


 相も変わらず息子たちの愛情は激しい。

 似ている、と思った。

 この子たちは自分によく似ている。


「なら、きみたちも憶えておきなさい」


 最後に埋めた赤子の墓に花を添えて身を起こすと、ノルジスはゆったりと笑みを浮かべる。


「誰かがきみたちを殺そうとしたら、僕はその世界を滅ぼすつもりだよ」


 ふわりと風が吹いた。それは息子たちの外套をはためかせ、銀と金の髪を太陽の光りに反射させる。

 息子たちは、ひどく不安そうな顔をしていた。


「ノルジス。レヴンとセヴンも、ここから移動するぞ。ガリスタ砦に向かう」


 後ろから聞こえたフェリトワからの指示に、ノルジスは首を傾げる。


「ガリスタ砦?」

「トーエイの森に一番近い砦だ。勇者一行がそこに到着したと、連絡が入った」


 フェリトワの手には書簡が握られていた。今しがた届けられたのだろう。

 さて、とノルジスはにやりと笑む。


「本当に勇者が召喚されたのか、真偽を確かめるとしようか」


 呟いたノルジスの言葉に、セヴンが「ついでに」と口を挟んでくる。


「魔王の真偽も、そこで確かめられるよ」

「? どういう意味だい」

「勇者が魔王をでっち上げた可能性だって、あるんだから」


 俄かに、場が静まり返る。思った思わない関係なく、それは口にしてはならないことだっただろう。

 息子たちの無邪気さにノルジスは笑う。


「そんな可哀想なこと、言わないであげようね」


 フェリトワの顔が引き攣ったのは言うまでもない。


「……行くぞ」


 かけ声に、ノルジスは笑顔で頷く。


「この街はこれからどうなるのかな」

「直轄の国領になるだろう。復興させるかどうかは……この様子では難しいだろうが」

「ちゃんと弔って」

「言われるまでもない。陛下が動かないようなら、わたしがやる」

「きみは王族の鏡だね」


 褒めたのに、フェリトワは複雑そうな顔をして、休ませていた緑竜のもとへと行った。

 ノルジスも銀竜を呼び寄せて、移動の準備をする。


「ああ……そんな声で鳴かないで、ラダさん。だいじょうぶ。僕は平気だよ」


 なにかを心配する銀竜に微笑みかけ、同じように心配してくれている黒竜や白竜、竜騎士たちの緑竜にも安心するよう伝えた。


「僕はだいじょうぶ」


 焼き払われた街に、一個小隊の兵と魔術師を数人残し、第二王子の隊はガリスタ砦に赴くべく空へと戻る。夕方という時刻になり薄闇が広がりつつあったが、竜の目には昼夜など関係ない。休む時間を惜しんでの移動となった。


 竜の速度に合わせて遠くなっていく、人が住めるような状態ではなくなった街を、暗闇に覆われて目視できなくなるまでノルジスは眺め続ける。見えなくなって漸く正面を向き、冷えてきた空気から身を護るために毛布を身体に巻きつけた。


「ドール……なんだか無性に、きみに逢いたくなったよ。もう逢えないとわかっているのに……きみに逢いたくて仕方がないよ」


 墓に埋めた赤子を思い出し、また涙が溢れる。


「逢いたいよ……ドール」


 未だ忘れられない記憶に涙することを許して欲しい。

 きみは忘れてしまえと言ったけれど。

 きみを忘れるのと同じくらい、それは恐ろしいことだから。


「ドール……っ」


 きみがいた頃に帰りたい。







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