決死の兵
「そう、相手の師団長を引きずり出すのが目的だよ。そうすれば戦術的な勝利が、戦略的な勝利にそのまま繋がる」
アルスとミラが話してる間にも戦況は刻一刻と動いていった。南側は部隊長ジル・ヴェールとロラン・バトゥーリに加え、鬼人族のマルが側面を突き崩していく。ジルは長い槍を振るって騎士団の横腹を突き刺す。ロランは機敏な動きで敵の隙を突く。特にマルの動きは突出していた。小柄な少女が戦場に舞う。騎兵の頭上を飛び越え、宙を舞いながら鋭い斬撃波を連撃した。
当然、騎兵も長槍で宙を飛んでるマル目掛けて突き刺そうとするが、掠りもしない。騎士団を驚愕させたのは、時折見せる小さな頭の角ではなく恐ろしいほど俊敏な速さだった。馬の背や時には騎兵の兜の上を足場に縦横無尽に動き回り、致命的な一撃を放つ。目で追うことすら困難な小さな死神は、騎士団右翼に死の恐怖を撒き散らしていった。
丘からはジュリが圧力を掛ける。彼女の剣圧は暴風のように重く、丘の斜面を駆け下りる騎士団兵を吹き飛ばす。数を減らし守勢に回っているところに、北側から騎兵や歩兵団が南の渡河ポイントを目指して部隊に突っ込んできた。逃げようとする者とぶつかり、途端に陣形が乱れてしまう。そこをさらにジルやロランが突いた。こうすることで、崩壊は連鎖し流れは一気に南の渡河ポイントに殺到することになる。
戦に於いてもっとも死者が増えるのは、組織的な戦いが出来なくなった時だ。陣形が南北ともに崩れてしまった今、騎士団の死者は急激に右肩上がりをすることになった。逃げようとする者、陣形を守ろうとする者、前へ出ようとする者。様々な方向にベクトルが働いた結果、大崩壊を起こした。2万いた騎士団は壊滅した。逃げ出した兵士たちは後方に控える軍とぶつかり、後方の陣も崩すほどだった。
当然、その結果にエレーナは激怒した。小山の上から戦場を睨み、彼女の瞳は血走っていた。剣を握る手が怒りで小刻みに震える。
「・・・・・・今逃げて来た奴らを斬れ」
「はっ・・・・・・?いえ、しかし――」
そこまで言った兵士の首が宙を舞った。エレーナは、隣にいた兵士にゆっくりと視線を合わせる。
「聞こえたな?斬ってこい」
「はっ、はい!」
エレーナは、敗走した自軍の兵士を全て斬って捨てた。敵の攻撃からようやく逃げおおせたと思ったら、まさか自軍の兵士に殺されるとは・・・・・・。そんな驚きと恐怖が入り混じったような目。自軍の――同じ信徒たちを斬ることで、騎士団は初めてエレーナという師団長を理解できたような気がした。すなわちそれは、逃げても殺される――という事実である。
その光景は、丘の上にいるアルスからも見えた。アルスの額から一筋の冷たい汗が流れる。
「どうやら、エレーナという師団長を僕は見くびっていたようだ・・・・・・」
「どういうことじゃ?」
ミラが尋ねるといつの間にか戻って来ていたシャルがその疑問に答えた。
「誓いの騎士団は練度の低さ故に打たれ弱いのです。ですが、川を渡って逃げた兵士を彼女は全て殺しました。これで、彼らは逃げ場を失ったことになります」
シャルの答えにミラがごくりと唾を飲み込んだ。
「つまり彼らはこの瞬間、死兵になったんだ」
騎士団から不気味な雰囲気が漂ってくるような、そんな感覚にミラは覚えるのだった。
「ナタリア、後方はどうなってる?」
「後方はあと一日もあれば片付きそうです」
「今日中に決着つけろと伝えておいて」
「はっ」
「それじゃあ、行きましょうか」
「どのように、攻めるおつもりですか?」
ナタリアの質問にエレーナはふっと小さく笑った。
「リュドミラの戦いでわかったことがあるわ。丘の南側から突破する」
「南、ですか?」
「北側は攻めにくいし、北から攻めても敵が兵を展開するスペースが大きすぎる。奴らは数が少ない。だから、川に布陣する様子が無いし、少しでも自分たちの有利な場所で戦いたいのよ。それならそれを逆手に取ってやる」
「わかりました」
エレーナの第六師団はリュドミラの聖盾隊2万が丘の戦いでほぼ殲滅され、後方では聖槍隊長ヴェロニカが3万を率いてハイデ公国軍と激戦を繰り広げている。損害を考慮しても、残るは7万以上。エレーナはさらに3万を南の渡河ポイントから川に投入し、ファニキアの丘を狙った。対するアルス軍は2万7000――数的劣勢だが、地の利と心理戦で勝負を賭ける。エレーナの狂気は、死兵の連鎖を加速させていた。自軍の敗走兵を斬り捨てた光景は、残存兵の心に「逃げても死」という事実を脳裏に焼き付けた。
騎士団の兵士たちは、恐怖を狂気に変え、槍を握る手に異常な力が宿る。小山の上から戦場を睨むエレーナの瞳はファニキア軍を睨みつけていた。彼女はナタリアに視線を移し、低く命じる。
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