48.クラゲが還る水星の岸辺に
――もう、スマホの冷たい画面に、何かを期待するのをやめた。
どうしてなのか、うまく言葉にはできない。
けれど、きっと……ちゃんとサヨナラを言えたからだと思う。
それは確かに、光る画面に打ち込んだ対話AIへの文字でしかなかったけれど。でも、誰かがいなくなってしまうこと、もう二度と会えない『死』というものをちゃんと感じて、胸がギュッとなるくらい心を動かせた。そのとき、はじめて自分が本当の人間になれたような気がしたのだ。
おでこに残った小さな傷あとも、私がちゃんと生き物として、死に向かって時間を進めている証拠だ。
頬をなでていく夜の風。
それを冷たいと感じているのは、いま生きている私。
破裂しそうに痛む足で、それでもペダルを漕ぎ続けているのは、私自身の意思。
勢いに体をあずけて、流されていく感覚をちょっとだけ愛おしく思いながら、夜の中をすべり抜けていく。
ロードバイクで走っていると、車道と歩道の間には、全然ちがう時間が流れている気がする。
街灯の下を重い足取りで歩くサラリーマン、大きな声ではしゃぐ学生たち、下を向いたまま影を引きずって歩く女の人。
みんな、それぞれ全然ちがう。
でも、誰もが自分の足で立って、自分の人生を懸命に泳ぎ切ろうとしている。
ペダルをぎゅっと踏み込むたびに、私はみんなの時間を、その生き方ごと、すこしずつ追い越していくような不思議な気持ちになるのだった。
また明日がくるかもしれない。
あるいは、もう来ないかもしれない。
まだ小さかった頃に突然いなくなってしまったミリィちゃんみたいに。
私にも今夜、思いがけない最悪の不運が襲いかかってくる可能性だってあるのだから。
だけど……たとえそうだとしても。
息が切れて、足が痛くて、排気ガスの匂いがするこの夜の中で、私は今、全力で生きていたい。
心からそう思えた。
運よく明日を迎えられたら、また忙しい毎日がはじまる。
講評会に出すための作品をつくらなきゃいけないし、期末テストの勉強も待っている。
夏休みになったら、あの『ソサイエティ』のヘンテコで愛おしい先輩たちと、長野に行って展覧会をするんだ。
きっとまた、状況や周りの空気に流される毎日になると思う。
その流れの先に何があるのか、どこに辿り着くのかは、私にはまだ分からない。
けれど……いつかこのキラキラした、騒がしくて愛おしい日々のことを、ミリィちゃんに話して聞かせたい。
死んだあとの世界なんて、あるのかどうかも分からない。
けれど、ミリィちゃんはきっと、あの白くて静かな――水星に還ったんだと思う。
だったら、同じように水星の欠片を持っている私も、いつか命を使い果したときには、そこへ行くのだろう。
その時は、あのパン屋さんであつあつのカレーパンを買っていこう。
クレーターのふちに二人で並んで腰かけて、遠くに見える大きな金星を眺めながら、半分こして頬張るんだ。
――そして、教えてあげるんだ。
私が美大で出会った、あの不器用で、いとおしい愉快な人たちのこと。
夜の街を自転車で疾走するとき、風がどんなに気持ちよく吹き抜けていくか。
ホンモノのコーヒーの味を。
芋羊羹の美味しさを。
そして、この世界のすみっこには、どれほど歪で、でも。……キレイなことが溢れていたか。
それがいつになるのかは、私には分からない。
けれど――。
今夜も、深まっていく夜の底で、流されながらも一生懸命に生きている人たちがいる。
これから待っている物語の続きも、日常のくだらなくて愛おしい欠片も、全部ぜんぶ、胸の中に大切に抱きしめて。
だから――。
カチリ、と指先でギアを一段上げる。
通り過ぎていく街の賑やかさと、流れていく街灯の光をよそに、私は前だけを見つめて、どこまでもペダルを踏み込み続けた。




