ジオの夢 幕間十ニ
『初めて、お目に掛かります。瀬川銀次と申します。この二人は尾形浩介に、尾形慎介と申します。』と瀬川さんが話始める。
私の母方の祖先は、えどの始まりより、この辺りの香具師の元締をしてきた家系らしい。今も橘屋という屋号で香具師、つまり的屋の元締めをしているとの事。勿論、私の母は、その家業には一切手を出さず、瀬川さんに任せていた、というか押し付けていたらしい。瀬川さん、尾崎のご兄弟はそれぞれにおイタをしていた時期があるらしい。瀬川さんは、おイタの結果、働く所が無く、当ても無くふらふらしていた処を、母の父に声を掛けられ、香具師の元締の手伝いをさせて貰って今に至っているとの事。そしてその瀬川さんが同じ様な境遇であった、尾崎のご兄弟や他の人を誘ったらしい。祖父は橘屋を会社組織にした。社名も橘屋から立花興信所→立花調査→立花情報サービスと社名を変えてきた。時代に敏感な人だったらしい。
また、代々の当主が築いてきた財産も、それなりにあったらしいが、曽祖父と祖父は先の、だいとうあ戦争においては当初から勝つとは思っていなかったのか、戦争が始まる前から資産の多くを金や銅、砂糖に変え、所有する、せとうちの島に保管したらしい。その資産、砂糖は前後の闇市で100倍から300倍になったらしい。また、廃鉱になった小さな銅鉱山を買取、銅の精製工場を作り銅を売却、金は宝飾品の店を作り売却したらしい。それで多大な財産を築くと全ての会社を統合し仁総業という資産管理会社にしたらしい。母が生まれると美苑総業と云う社名に変えられ、母へと長い時間をかけて権利全てが移されたらしい。そして、オレが生まれた。
オレが生まれると、社名は変えられなかったが、同じ様に権利は移されたらしい。
瀬川さんが知っているのはこの程度だと言われた。荒井AWCおよび橘病院について聞いてみたが、こちらは、わからないと答えられた。
そして、今から美苑創業の事務所にお連れしますと言われ、クラウンに乗せられ都心に向かう。その都心は、荒井AWGのある副としんに近い場所では無く、この国の役所の中心に近い商業施設の連なるビル群の多数ある地域だ。その有名なマンションの地下に車を入れられる。駐車場は地下三階と地下二階に作られており、その地下二階のエレベータホール近い位置に停められる。ここは来客用を含め五台分の駐車スペースを確保しているとの事。
このエレベーターホールのエレベーターは各階の一部屋への直通らしい。皆で乗り込む。
階層は二十五階である。エレベーターの扉が開く。その先にあるのは広い玄関ホールと奥に広間が見える。広いリビングだ。ここだけで三十畳以上ある。
ため息が出る・・・一体いくらするんだ・・・
応接間の先、壁際にチーク材かマホガニーかわからないが、立派な木の事務机がある。
座るように言われる。重厚だが革張り椅子は座り心地はよい。机の引き出しに、暗唱番号を入れる様に細工されている。引き出しは鍵がかかっているのか開かない。念のため、スマホに記録されていた一二桁の番号を入れてみる。その液晶にOPENと文字が出る。引き出しを開ける。三つある引き出し全てが開く。
一番上の引き出しには、鍵とカードキーがある。この鍵は書斎の鍵と中の本棚に使う鍵らしい。後ほど見る様に言われた。これで今日は引き上げるので、机の引き出しに有る書類を読まれると良いと言われた。
一人になると、さて困った・・・この様なところで一人でいても・・・
帰り際に、明日また連絡をくれと言われた。美苑総業の関連会社の件で話があるらしい。
拙い物をお読み頂いている皆様、有り難う御座います。暫く間が空きます。その時はまた宜しくお願い致します。
2024/06/13 追記 意味の通らない所の修正 内容の追加・削除は無し




