ジオの夢 四十一話 ゲオルグ
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オットー殿、フランシス殿、ご当主殿らは急ぎ、兵二万を連れ、ギレン領との境界に向かう。我ら十五名も同道する。収まれば、そのまま帰還するつもりだ。ミク教の連中が居なければ、特にすることは無い。
我らは境界にて待機する。やはり、ギレン家からも兵が派遣されて居る。レイ様が危惧されていたように、火を盛大に広がらせたい者が居る・・・
『ユリア殿。街への侵攻はあると思いますが・・・』
『当然計画されておりますでしょう。何せ、ギレン家も来ているのですから。しかし、ご安心を。今のクラウス家では荷が重かろう。そこへは旅団を頼んでおくと、レイ様が申されておりました。』
『そうか・・・重ね重ねお手数を掛ける。レイ殿にはよろしくお伝え下さい。』と、オットー殿が頭を下げられる。
夜の草原に砂塵が舞う。多くの兵が動いているようだ。こちらに向かって来る。声の届く辺りまで到着した。エンリケ殿の旗を掲げている。
『エンリケ。私だ。何故、私の許可なく兵を動かす?』
しっかりした大きな声だ・・・
兵が合図で止まる。合図を出した者が近づいて来る。
『御嬢様。ご無事で御座いましたか・・・良う御座いました。』と嬉しそうな声が聞こえる。
『この馬鹿者、私の事を蔑ろにするのか?何故、勝手な事をするのかと聞いておる。何故私の元から去っただけでなく、このような事をしておる?答えよ。』
『それは・・・申し訳ありませぬ。』
『なあ、エンリケ。私の質問に答えぬのは何故じゃ?お前は自分がした事の重大さを分かっておるのか?』
『それは・・・』とエンリケ殿が言い淀む。
『もうよい。これからは文句があるなら私が聞いてやる。私に言え、よいな。さっさと私の元へ戻れ。』
『はっ。』
『スヴェン殿も一緒か?ここに連れて来い。』
『はっ。』
スヴェン殿がエンリケ殿に掴まれ、歩いて来る。そして、オットー殿の脇に置かれる。
『スヴェン。全てお前がしたのか?』
『わ、私は言われた通り見ていただけでございます。』
『まあ、よい。後でゆっくり聞いてやろう。』と、オットー殿が凄まれる。
ギレン領の兵が引いていく。
・・だろうなま・・・
『エンリケ。ギレン家と戦って勝てるつもりであったか?』とオットー殿が聞かれる。
『勿論で御座います。負け戦をする程馬鹿ではありません。』とエンリケ殿が言われる。
『ギレン家にはウスラ殿が居られると聞いたが・・・』
『ウスラ殿は知っております。しかし、あの方は何か足りないのです。ですから恐るるに足りません。』と、自信満々だ。
ご当主とオットー殿が私を見られる。
『エンリケ殿がウスラ殿にお会いなされたのが何時かは知りませぬが、ウスラ殿は確かに、足りないとレイ様に言われたと聞きます。』
『ウスラ殿は宗家の先代が教えられたと聞きましたが中途であられたようです。それを惜しんで、レイ様が最後迄教えられました。で、修練の後、レイ様に技を披露に見えられました。その時に私も見せて頂きました。あの方と私の差は修練に掛けた時に過ぎないのではと思う程でありました。』
『エンリケ殿は私と打ち合い、いか程保たれますか?』
とエンリケ殿を見る。
『おそらく、保つ事はかなわないかと・・・』と下を向かれる。
『エンリケ殿。私の考えでは、お二人とも同じ時を保っていられると思われます。ウスラ殿は今も、修練を怠る事は有りません。しかし、エンリケ殿。少し落ちておられるのではありませんか。ご当主の失望を自ら招かれぬよう、ご忠告申し上げましょう。』
それをエンリケ殿が驚いて私を見る。
私たちはその場を辞去し、ゴドロノフに向かう。
『ユリア様、エンリケ殿は体が悪いのでしょうか?』
『メドラーにも分かりましたか・・・特級の割には歩き方に違和感が有りましたね。それで思い出したのです。エンリケ殿も母も大剣を使います。その母が訓練を怠ると、微妙に体の均衡がずれると、年を取ったら大剣持ちは無理だな、と言っていたのを。それであの違和感は訓練を怠っているなと思ったのです。』
『そうでありましたか。私も気をつけましょう。』とメドラー。
もうすぐゴドロノフだ。気が落ち着く。ゆっくり湯に浸かりたいものだ・・・
・・・誰だ、後ろに居る者は・・・冷や汗が出る。この距離になるまで気が付かないとは・・・エンリケ殿のことはいえぬ・・・
『ユリア様、お疲れで御座いました。感謝の思いを込めて、お迎えに上がりました。』と。
・・・何たる事・・・レイ様と分からぬとは、安堵と羞恥で、また冷や汗が出る・・・
『ユリア様。怒っておられますか?』
『いえ、そうではありませぬ。ただ、気配を覚る事が出来ず、少々慌てました。』と。
『そうでございましたか・・・お疲れなのでしょう。』と、私を抱いて下さる。そして他の者一人一人を抱いて労って下さる。
・・・レイ様には勝てぬ・・・
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皆で、ゆっくりと宿の湯殿に浸かる。オレも一人でないのは久々だ。皆で、浸かるのは楽しい。
『レイ様、ヴァイスの者は来ましたか?』とユリア様が聞かれる。
今、ユリア様よりクラウス家で起きた事を話して頂いた。
『はい。暗くてヴァイスの兵かは確認できませんでしたが、兵は二万程であったかと。我らが布陣しているのを見ると、そそくさと、帰って行きました。』と笑う。
『そうでございましたか。兵を出しながら、戦を仕掛けて来んとは、臆病な者共よ。』と。
ユリア様はお腹立ちのご様子・・・余程腹に据えかねておられる・・・
そうだ、暫く寄っていないな・・・ガイも不貞腐れる頃だ、顔を見に行くか・・・
オレは総督府の中庭で釣り寝台で寝転がっている。庭と言っても特に花が生けてある訳でない。芝が在るだけだ。そこに日除けの屋根を建てて貰った。そして、屋根の柱に釣り寝台を結んでいる。何故か、オレはこの釣り寝台が好きだ。オレがここで寝ていると、暇な者が様子を見て、話し掛けてくれる。勿論、上の者から下の者迄、皆が、気軽に話し掛けてくれる。それも好きだ・・・
今は、ユリア様が、通り掛かった。それで、話し掛ける。
『ユリア様。私はロンバニアへ行こうと思っておりますが、御一緒願えませんか?』と微笑む。
『私がですか?ベルン殿でなくてよろしいのでしょうか?』と、聞かれる。
『あの方は影なのです。連れて歩く訳には行きません。それに、ロンバニアのギル兄がユリア様にお会いするのを楽しみにしているでしょうから。』
『ロンバニア公とは、ご面識がありませぬが・・・』
『ギル兄は、お強いかたが好きなのですよ。ですから、お気になさらずに。』
『はあ・・・』とユリア様は不思議そうだ。
ゴドロノフを出る日の朝だ。特に支度はない。幻馬に乗り、揺られて行くだけだ。ユリア様が宿泊している宿に向かう。我が一族の者の宿泊は多い。だから、オレは総督府に宿泊していた。
宿にはユリア様がおられたが、メドラー殿とバビアナ殿もいる。
『レイ様。二人が同行したいと申しておるのですが・・・』とユリア様が言われる。
少々、困っておられるのかな・・・
『私は構いませんが・・・支障が無ければ。』と申し上げる。
『二人は、クラウス家ではゆっくり出来なかった故、是非同行したいと申しましたので・・・』と笑っておられる。
『確かに、見聞を広められるのは良い事だと思います。』とオレも、微笑んでおこう。
俺等はゴドロノフを出発し、今回はオーロフ家の南の境を通る北辺街道を使っている。それからロンバニア領に入るつもりだ。オーロフ家は何事もなく通り過ぎる。この辺りも穀物地帯で豊かそうだ。オーロフ領を脇を通り過ぎる。その後に、クロノ家の脇に街道が入る。反対側はやはりクロノ家に属する家だったような気がするが・・・基本領地の間にはどちらの家にも属さない緩衝地帯はある。その緩衝地帯を街道は通っている。
後ろから人が来る。街道であっても珍しい事だ。それも一人で旅しているとは・・・中々の腕の方のようだ。あれなら一人でも平気であろう・・・
ユリア様が私を見る。前からは多くの人が来る。こちらはやけに殺伐とされておられるようだ。私が頷く。ユリア様が前に出られる。更にメドラー殿とバビアナ殿が左右に陣取られる。私は街道の端に避けて、幻馬を降り、草叢に腰掛ける。強盗のようだ。その男達は三人を囲むと、無理に攻めてはこず、少しづつオレから離そうとしているようだ。
ユリア様がオレを見る。オレは頷く。三人はオレから離れて行く。見事に釣られたように離れて行くものだ。
と、後を歩いて来た三十代早々の肩までの金の髪の方が声を掛けて来る。
『青年すまぬな。何をしたか知らぬが、仇を討ってくれと言われた。命を貰う。』と聞いた間際に、オレの首に刃が飛んで来る。
オレは、慌てて後に下がる。
『おじさん、私が何をしたと言うのですか?冗談はお止め下さい。』と言いながら、躓いた振りをしながら逃げる。
空を切った剣をそのまま返して来る。
『おじさん、話し合いませんか?』とオレは走って逃げる。
『青年、逃げ足が早いな。』と驚く。
そして、追って来る。
オレは一本の樹に周り込む。
『おじさん、ほら、姉様が怒っておられます。ただでは済みませんが、良いのですか?どうなっても知りませんよ。』と、オレが笑う。
『青年?』と何か言おうとするが、声が止まる。
『ゲオルグ、お前何をしている?死にたいのか?私が送ってやろう。』と、ユリア様が戻って来られ言われる。
随分と怒って居られる・・・お知り合いか・・・
『ユリア様、あちらはどうされました?』
『あちらは、大した者達はおりません。二人に任せました。』と男を睨んだまま答える。
・・・これは怖いな・・・
『し、少々お待ちを。私の名を知っている・・・貴方は何方か?』と、刺客の方が躊躇しながらユリア様に聞かれる。
『ほう、私の顔が判らず、私の声を聞いても分からないと?』と、ユリア様は不機嫌が増しておられる。
と、刺客の方は、何を思ったか、剣を自身が届かないところ投げられ、地面に座り込む。
『私の知っている方であれば、その様に美しい方とは存じ上げていなかった。』と、嘆いている。
『可怪しいではないか?キーファーとバークレーは直ぐに私だと、走って来たが?』
『いつも面をされておりましたぞ。ただ、バークレーは偶然に見たと、確かに素顔のあなた様と話されたと、嬉しそうにしておりました。しかし、皆は御孃の素顔を見たことがないと申しておりました。』
と、刺客が不満そうに言う。
御孃と呼ばれていたのか、まして顔を隠しているとは・・・オレとかわらないな・・・
『そう云えば、ずっと面をしてたな・・・』と、ユリア様。
二人が戻って来た。怪我は無いようだが・・・
『お二方。お怪我は有りませぬか?』と確認する。
『はい。大丈夫で御座います。何せ、弱いのです。ですから、棒で叩いて放してやりました。ユリア様がそう言われるので。』とメドラー様が、言われる。
『棒で叩いたのですか?それは痛そうですね。』と笑う。
ユリア様は・・・刺客の方から目を離されない。怖いな・・・
『で、ゲオルグ。何故、罪の無い青年を狙う?』と、ユリア様が凄まれる。
『私の友人から頼まれたのです。友人が言うには白の首切り魔と呼ばれていたと言うのです。で、その首切り魔には、今まで賞金を賭けていたらしいのです。と言うのも、その友人の友人がその者に首を斬られて亡くなったと言っておりました。しかし、賞金を賭けていた胴元が、何者かに皆殺しにされてしまって、賞金首の広告も用をなさなくなったと。それで私が頼って来たのを幸いにと、私に頼んできたのです。その友人の話によると、優しそうな顔で近づき、行き成り首を斬るらしいのです。今迄は多くの人の首を切って逃げていたのがやっと消息が分り、最後の機会だから頼むと・・・何を言われても信じるな、人が良さそうに見えるし、若いから騙されるな、気を付けろと。大して強く無いから注意すれば大丈夫だからと・・・』
ユリア様が私の顔を見る。
『確かに、昔は人の首を斬って回ってたようなものですが、シンシア様もご一緒でしたし、私だけでしょうか賞金首は・・・それに今でも首を落としますし、強くない者が首を落とせますか・・・』と、刺客殿を見る。
これは不味いな・・・恨みか・・・
『で、賞金の額は百億でしょうか?』と刺客に尋ねる。
『いえ、一千万ギルとか・・・』と、刺客が驚いて言われる。
『では、それは私では無い様です。何せ、百億の賞金を掛けられましたから。』と、刺客に笑って見せる。
『百億の賞金を賭けられ、よくご無事でおられる・・・』と驚く刺客殿。
『それで、仕方なく、その胴元達に責任をとって貰ったのです。』
『そ、そうですか・・・』
『そこで、キーファーとバークレーに会いました。用心棒をしていましたが、役には立ちませんでした。何故なら、胴元達の首は全て落ちましたから。』とユリア様が言われる。
『では、キーファーもバークレーも死んだのですか?』
流石に刺客殿の顔が難しくなる・・・
『いえ、あの二人はレイ様に遊んで頂いたようです。用心棒としては大して役に立たないと思われたようです。今は、レイ様のお情けで、そこの総督をやっております、二人なら何とかなるだろうと。』と。
・・・ユリア様、もう少し言い方を・・・
『では、やはり白い首切り魔とは・・・青年の事なのですか・・・』
『言われ名はともかく、白い衣装では在りますが・・・』
『レイ様、お話の途中お許しを。何故に白なのですか?白では血が付いたら目立ちますし、落ちにくいではありませんか。』とメドラー殿が言われる。
『始めた頃は八歳でした。で、白に赤い血であれば、目立つし、怖れられると。しかし、直ぐに後悔致しました。やはり、血はなかなかに落ちません。随分と勿体無いことを致しました。』
『私のしておりましたことは、依頼を受けて、非情なる強盗や山賊で人殺しの常成る者を止める事で御座いました。確かに、その者たちの家族からは恨みを買っていると思います。それは間違いのないことでしょう。しかしながら、その討たれた者が、まるで誰からも恨みを買っていない清廉潔白の士であると思われるのは違います。人の首を刎ねるに当たって、それが仕方の無い事か・・・十分に確認は致しておりますし、仲介をなされる方も私に頼むのは、それしか無いと思っての事です。まして、それに値しない程度の者の首を依頼したとなれぱ、責を取らされるのは自分である事を承知で頼むのです。』と、刺客の方の顔を見る。
『その友人の方は貴方に、十分に、私の非を説明し、自分の友人がいかに立派であり、首を落とされる謂れのない方であるかを話されましたか?貴方は人の命を取るに当たって、深くそれを熟考されましたか?お金はいくら頂く予定でありましたか?判断を金の額に惑われませんでしたか?』
『私は確かに、金で人の首を落とします。もう一度申しますが、それはその者が、また罪のない人の命を取るであろうからと、よくよく考えた上で首を落とすのです。首を落とすのは、恐怖も痛みも伴わず、瞬時に逝けるから、そうしているにすぎないのです。楽しくて、落としている訳では無いのです。』と刺客殿を見つめる。
『確かに、金額に判断を歪められたかもしれませぬが・・・私に依頼した者は、幼い頃からの大切な友なのです・・・これから取られた家を取り返すには、多くの金が必要ではないかと・・・それにクロノ家に口も聞いてやろうと。』
『そのご友人はお金をお持ちなのですね。』とオレ。
『友人の父親が我が家の執事の補佐をしておりました。で領地がベルハーレン家に取られましたが、その友人の父がクロノに拾われ、我家の領地辺りを司っておるようです。今は自分に代替わりをしたと、言っておりました。』と言われる。
ユリア様が溜息を吐き、私を見られる。
・・・同じことを考えられたのであろう・・・
私も残念な顔でお返しする。
『ゲオルグ、そなたはシュターフ家か?』とユリア様が言われる。
それに対し首肯かれる。
『シュターフ家はなぜ簡単に崩壊した?我が母は言うておった。ベルハーレンとシュターフを比べれば、シュターフが上のはずが簡単に落ちたと、それは内部より壊されたのかもしれんと。執事はクロノに拾われたか?違うであろう。なのになぜ補佐なのだ?クロノと知り合いであったか?クロノに何かを頼まれたか?』とユリア様が言われる。
・・・確かに、その線しかないだろうな・・・
『愚か者が・・・相手の心など知れんわ。まして、対等な者では無い、下の者に友とは・・・呆れ果てるわ。白い首切り魔とは、私は対峙した事は無い故、その評判などは直接知らぬが、我が母に言わせると、この時代に置いて、五本の指に入るのは間違いないし、それは世間の周知でもあったと。なら、その者に向かわせる事は、向かわされた者が生きて帰る確率は無いのは分かっているはずだ。友人であれば頼みはしないな・・・それに、金額など幾らでも提示できる。何せ帰って来ないのを知っているからな。』
・・・ユリア様、誰彼なく首を落としたりしませんが・・・
『やはり、そう思われますか・・・』と刺客のゲオルグ・シュターフ殿が辛そうに言われる。
『薄々は分っていたのです。それで確かめるためもあり、戻って来たのです。しかし、友人と接してくれ、何の後ろめたいところもある様には見えなかったのです。ですから・・・』
『どちらにしても、もう済んだことです。愚か者に、ばっさりとお願い致します。』と、シュターフ殿が目を瞑る。
・・・ユリア様、話し方に気を付けて頂かないと・・・考えが投げやりますが・・・




