ジオの夢 四十二話 ギル兄
シュターフ殿は微動だにせず、目を瞑っておられる。
『では、レイ様。あれもそう言っております。送ってやってください。』
『送って差し上げるのは簡単ですが・・・あの世で恨みませぬか?』と、オレ。
『ユリア様のお知り合い三人にお会いしましたが、皆、総督に成れて喜んでおられますが・・・お一人だけ、あの世では・・・』と剣を抜く。
『し、少々お待ちを・・・キーファーとバークレーはお聞きしましたが、もう一人は誰でございましょう?』とシュターフ殿が言われる。
『ボーマン殿と言われたが・・・』
『レイ様はボーマンとも知り合われたのですか?』とユリア様が驚き、聞かれる。
『はい。タイレルで衛兵隊長をなさっておりまして、ひょんな事で、争いになり、首を落とそうかと思いましたが、生きがいも、命も失くなるのか、と嘆かれておりました。でユリア様の知り合いだと判ったので、ユリア様の御知り合いであるのなら仕方ない、職をお世話するからと、ジンツァー殿に総督にしてやれ、と言う内容の紹介状をボーマン殿に渡して於きました。』とオレ。
『レイ様は、お優しいですね。』とユリア様が微笑まれ、メドラー殿とバビアナ殿も頷かれる。
・・・優しさだけではないのですよ・・・
『気が変わりました。出来れば、私も生かしておいて頂けませぬか?ボーマンの生きがいで思い出したのです。暁を潰した男の事を。キスリングだけは許さんと思っていたのに。つい己の事にかまけていて、失念致しておりました。』と言われる。
無念そうな顔だ・・・そうか死ぬ気は失せたか・・・
『ふん、愚か者が。ばっさりやってくれ、などと言わねば良いものを・・・レイ様お手数をお掛け致しました。』とユリア様。
・・・ユリア様は怒っておられたのか・・・
『で、今後はどうする?』と聞かれる。
『はい。まず領地を取り戻そうかと・・・』とシュターフ殿が言われる。
『この辺りの地は、ロンバニア家に了解をとっておいたほうがすんなり進みます。ロンバニアに行かれませぬか?一緒に行きましょう。』
『ロンバニア家ですか・・・』
『お嫌ですか?』と、私が聞く。
『いえ、我らでは簡単に会えぬ家なのです。紹介が無ければ領地にも入れませぬ。』と言われる。
『大丈夫です。紹介はありますから。』
北辺街道と南辺街道が合流する場所に到着する。この後、砂漠へと進入する道を通り、ロンバニアへ向かう。オレは寝ている。幻馬に揺られ、気持ちがよい・・・砂漠の風も、今日は弱いようだ・・・この砂漠で夜に湯に浸れたら、どれだけ気持ちが良いことだろうか・・・
砂漠から、数人の人が表れる。知った気も感じられる・・・
『申し訳ないが、どちらに行かれるかお教え願いたい。』と声が聞こえる。
『ロンバニア家に向かっているが。』と、メドラー殿の声。
『どなたの紹介で、どの様なご要件かお教え願いたい』と。
現れた方々の気が剣呑になる・・・
メドラー殿も相手の気に当てられ、尖り始めたご様子。あまり、迷惑を掛けてもいけないか・・・
幻馬から起き上がる。
『兄殿、私です。お忘れですか?』
私を見て大層驚かれる。
・・・そんなに驚かなくても・・・
『こ、これは気が付かずご無礼を申し上げました。』と言われる。
『兄殿、前に来た時は、これ程厳重でなかったですが、何か有りましたか?』と聞いて見る。
『レイ様であれば・・・。実は、先日暗殺隊に入られまして、ギル様とガイ様は笑っておられましたが、長老たちが心配されまして、暫く厳重に警備しようと云う事になりました・・・』
『そうなのですか、それは大変ですね。ご苦労さまです。』と。
兄に、挨拶をして通り過ぎていく。兄殿も不快な思いは為されなかったようで、良かった・・・
シュターフ殿が難しい顔をされている。
『シュターフ殿。どうかされましたか?』
『いえ。もしかしたら、レイ様は宗家のご当主であられますか?』
『あられると云う程の者ではないですが、宗家の当主は、私です。』
『一つお聞きしても?』
『何でしょう?』
『宗家のご当主とあろう方が、一人で出歩き、悪党どもを成敗される、どうしてなのですか?』
『当主になってからは忙しくてしませんが、当主になる為の修行ですね。父も祖父も、千人は刎ねたと言っておりましたが、聞いたことはありませんか?』
『・・・そういえば、父が、首切りの御仁が、また表れたと言っているのを聞いたことがあります。で、首切りの御仁とは何だろうと思った記憶があります。』と、納得したような顔で言われる。
『おお、そうですか。やはり当主は皆、行っているのですね。実は心配していたのです。私一人がその様な行いをしていたらどうしようかと・・・』と笑う。
シュターフ殿は何とも云えない顔をなさる。
そのお顔は何を思われてか・・・
砂漠の中に現れる街の青い塔はいつ見ても美しい
『レイ、よく来たな。』とガイが笑う。
『ああ、暫くご無沙汰したから、顔を見せに来た。』と笑う。
『そうか。俺は暇だったから、訪ねようかと思った。』とガイが言う。
『それも良いな。しかし、兄が不機嫌にならないか?』
『どうだろうな。』
知らせを聞いたのか、ガイが屋敷の入口で待っていた。兄の部屋へ向かいながら話す。
『暗殺隊が来たと聞いたが?』
『ああ、暗殺隊にしてはお粗末だったな。面倒だから逃がしてやった。後を付けてだがな。』と笑う。
・・・その笑いは止せ・・・皆が怯えているぞ・・・まるで獅子が餌を前にした顔だ・・・
『で、何処へ?』
『クロノ家に一人は帰ったな・・・』
兄の部屋に入る。
『ギル兄、具合いは如何ですか?』と微笑む。
『火種拾いが、やっと来たか?上々だ。』と笑う。
『兄こそ、何を企んでいるのですか?』
『企んでなどいないぞ。向こうが勝手に仕掛けてくるんだ。』
で、皆を紹介する。兄も女性には愛想が良い。増して強いとなると尚更だ。顔がにやけている・・・
『で、シュターフが何のようだ。』と、男には無愛想だ。
『この方はユリア様の知り合いなのです。来る途中で会いました。で、領地を取り戻したいと。それにはロンバニアの二人の許可がいる、と申して連れてきました。』
『ふーん。ガイ、どうする?』と兄がガイに聞かれる。
『ああ、オレは領地は要らん。好きにしろ。ベルハーレンにも好きにしろと言ってあるしな。』
・・・ベルハーレンも来てるのか・・・そうか、クロノは潰すつもりなのか・・・
オレ等は三人で話を続ける。女性等とシュターフは案内人を付け、街へ見物させに行かせた。
『ギル兄。どう思われますか?』
『おそらく、まず草原に向かうのではないか。コンスタンチンもクラウスも取れなかったからな・・・草原であれば楽に取れると・・・』
『しかし、それは大事に成りそうですが・・・』
『だな・・・』
『何がだ?』とガイが言う。
オレも女性達も、ロンバニアの領都で四日程ゆっくり過ごした。女性達は海を見るのが初めてらしく、随分驚いていた。シュターフ殿はベルハーレン殿と引き合わされ、誼を結んだようだ。
俺はロンバニア家の屋敷の最上階の湯殿が好きだ・・・まるで砂漠と海に包まれ、浮いている不思議な気がする。どこかで、入った事のある既視感を感じる・・・
シュターフ殿の事はガイに頼み、オレ等は帰領した。
帰り際、ギル兄に、戦の時はお互い様だ、笑って言われた。
そのまま、領都に戻った。久し振りの屋敷だ。バルツァーもネイルも皆も元気だ。帰って来たのが直ぐに伝わり、近隣の方々も顔を見せてくれる。
・・・さて、これからの事を考えるか・・・
ジンツァー殿とミュンツァー殿を呼ぶ。二人は、総督をオレが寄越したボーマン殿に譲って、こちらに戻って来ていた。二人も、北の住人だ。帰れて、喜んでいた。二人に、今後の事を説明し、指示書と兵符を渡しておく。
屋敷に一人の若い娘が訪ねて来る。ゾフィー殿と言われる。ジールマン殿の娘との事。応接間で会う。
娘にしてはお若いような気がする・・・ 私よりも若いが・・・
ジールマン殿の文を持参されている。
『ご当主殿。先々代がご当主に文句を言えとの事で有りましたが、特に文句を申し上げる事は有りませぬ。ただ、私も、もう長くは有りませぬ。それ故、娘、ゾフィーの事が心配でなりませぬ。不届き者のお願いではありますが、娘を宗家にてお育て頂く訳には参りませぬか。勝手なお願いではありますが、何卒、宜しくお願い申し上げます。
それと、後日、兵がモトロフ家を通り、トレド草原に侵入致します。しかし、モトロフ家には、兵を出さぬよう、きつく申してあります。と、申しましても大して兵はおりませぬ。モトロフ家には恩がございます。その為、一つお願いを致すことをお許し下さい。それは、モトロフ家の責を不問に処して頂きたいのです。出来たご当主殿と伺っております。良しなに、ジールマン。』
『ゾフィー殿は、それで宜しいのですか?』
『はい。文の内容は承知しております。ご当主様には宜しくお願い致します。』と言われる。
『ネイル。ネイルはいますか?』
『はい、ここに。』とネイルが入ってくる。
『今日から一緒に住みます。ゾフィーです。面倒を見て上げて下さい。後、学び舎とヘレン婆に連れて行ってあげて下さい。』
『承知致しました。』と、ネイルは出ていく。
『あの、レイ様はこちらに住まわれておられるのですか?』とゾフィーが聞いてくる。
『はい、此処はわたしの屋敷なのですが。お嫌ですか?』
『い、いえ。そうではありません。父から、ご当主の屋敷に住まわせて頂いて、お背中をお流しするようにと。それが亡き母の遺言だからと言われて参りました。可笑しな事を言っていると思うのですが・・・』と、情けなさそうな顔をなさる。
『その事は、ネイルかヘレン婆に聞いてみると、解るかもしれませんよ。』と、笑う。
そこに、バルツァー殿が来られる。
『バルツァー殿。ジールマン殿の娘です。今日から屋敷に住む事に為りました。』とオレ。
『それそれは・・・懐かし名前を聞きますな。その御仁は元気でありましょうか?』
『ご不調そうでありましたが、未だしっかりされておられるようです。今はモトロフ家におられます。』
『それは、良うございました。』と微笑まれる。
その顔を見て、ゾフィーも安堵したようだ。
俺は白の軍装にて、モトロフ家を訪ねる。領地に入るのは造作もない。モトロフの屋敷は街にはない。街に寄らず、直接向かう。屋敷の前に立つ。
門が出来ている。また、門番を置くようにしたらしい。門番にジールマン殿を呼んで頂くように頼む。俺は敷地には入らない。
ジールマン殿とモトロフの当主、その娘が表れる。ジールマン殿が近づいて来られる。俺は面を外し、素顔を見せる。
『ジールマン殿。軍装により、常在戦場、騎乗のままをお許しください。御息女は確かにお預かり致しました。ご安心下さい。ご要望につきましても、我らに刃を向けぬ限り、その通りとお考えください。』
『宜しく頼みます。』と、ジールマン殿が言われ、礼をされる。
オレは答礼をし、面を付け、馬を返す。
・・・もう、会うことはないかも知れないな・・・
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わざわざ、来られたのか・・・律儀な方だ・・・最後に素顔を見せて頂いて良かった・・・あの世で、良い土産話が出来た・・・しかし、聞くのと見るのでは違うものだ、確かに美しい・・・
『ジールマン殿。如何なされた?』
『はい。宗家に娘を出しました。それのご挨拶にお越し下されたようです。』と、モトロフ殿に答える。
『御息女を?・・・何故でございますか?』
『おそらく、トレド戦の後、宗家どうして対峙した家は殲滅される事になりましょう。モトロフ家においても、その責を求められましょう。故に、前もってお願いをしておいたのです。』
『・・・そうでございましたか・・・それは申し訳無い事を・・・』と、当主殿が情けない顔で言われる。
『勝手な事を・・・宗家が参加せず、ヴァイス家が勝ったらどうされるのです。』と、お嬢様が言われる。
『その時はわたしをお斬りになられればよろしい。』
『・・・』とお嬢様は不機嫌だ。
『はっきり申し上げましょう。ヴァイスが勝つことは有りませぬ。もし、ヴァイスが勝てば、草原の民、百万が侵入してまいりましょう。その時は、西方地域は混乱に陥り、ヴァイスが続く事は有りませぬ。』
『・・・』お嬢は目を見開き、何か言いたそうだが・・・何も言われない。
『それは、誠でございましょうか?』と、当主が驚かれる。
『トレドの民と草原の民は同一のです。必ず、仇を討ちに参ります。』
『宗家の当主は、夏のみならず、草原の民とも縁があると聞いております。また、ロンバニア家とは家族の付き合いであり、最近、ロンバニアから戻られたばかりとも聞きます。そんな宗家がトレドへの侵入を黙って見ているとでも?宗家で足りないと思えば、間違いなく、ロンバニアも兵を出すでしょう。何故なら、草原の民の侵入に我慢できないでしょうから。本来、トレドには手を出してはならないのは不文律なのですが・・・誰が犯しているか・・・よくお考えになりませぬと・・・』
『お嬢様。私がおる間は何とでも出来ます。しかし、何れは全て己で考えねばなりません。正しい情報を仕入れ、その上で、能々熟考なさいますようご進言致します。口に出すのはそれでも、少なくなさいませ。余計な事を口に出されるのは災いの種となります。また、世の中には、能力のある者も多くおります。そう云う者を雇うのも肝要でありましょう。』
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