ジオの夢 三十八話 旅団と継承式
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皆は卓の食事も手が付いていない。下を向いたままだ。
自分達で戦うしかないと言った・・・が、それでは皆がしぬだけだ・・・皆も分かっている。
特にイサムとマジドは父が外に出していた。傭兵として、剣を、戦を学んでこいと。戦の勝ち負けが何処にあるか、解っているはずだ・・・
『一つ、当てと云うか・・・、可能性の有る傭兵団がございます。』とマジドが言う。
『何だ?はっきり申せ?』
『はっ。問題が二つ御座います。一つは伝手がない事。二つに金額が高いと言われておることで御座います。』
何だ、伝手がないか・・・それでは話にならんでは無いか・・・
『金は心配するな。存亡の時ぞ。幾らでも出す。なあ、コリン?』
『勿論でございます。』
『で、何と言う名の傭兵団か?』
『月の旅団と言われております。』
『月の旅団・・・そうか・・・』
と言われても、私には分からない・・・
三人の顔を順次見るが、イサムは難しい顔をしている。コリンとドラガンは知らないようだ。首を傾げている・・・
『イサムは何か知っておるか?』
『噂であれば・・・その傭兵団の名を聞くようになりましたのは最近の事でございます。そこの傭兵団長並びに主だった兵は一騎当千であり、そこらの家の兵力を凌ぐと噂されております。』
それは凄いな。もし噂が本当であるならば灯りが見えて来るが・・・
『ただ、その旅団の所在地が不明であり、依頼の手立てが判らないと言われております。』
やはり、どうにもならんか・・・
また、沈黙が支配する。
と、食事をされておられたレイ殿の盃を置く音が微かに聞こえる・・・
『月の旅団には多少の縁も御座いますれば、連絡は付きますが・・・』と、黙って聞いておられたレイ殿が言われる。レイ殿は食が進んでおられる。酒もだ・・・が酔われている様子はない・・・
・・・自分達では何とも出来ず、またレイ殿に助けて頂くのか・・・家を立たせていくとは大変なものだ・・・
『それは助かります。是非お願いしたい。』と私。
『ただ、日が迫っております。もし、コンスタンチン家へ兵を向けて来るのであれば、おそらく三日後、遅くとも、五日後でありましょう。』
『傭兵団といえども、今日の明日と言う訳には参りません。何せ、戦をするのです。家の存亡が掛かっておりますれば、準備と打合せが重要であります。故に、疑われずに、かの家々の派兵の日を伸ばす算段をしなければなりません。』
『確かに、自前の兵では有りませぬから、打ち合わせの時間が必要でございますな。』とコリンが言う。
・・・誰か、良い意見が無いのか・・・
と話された後、のんびり酒を飲まれていたレイ殿が話を始める。
『アルギラ様。通常であれば、当主の継承式は如何なさるのでしょう?』とレイ殿が言われる。
継承式か・・・私にはわからんな・・・
『通常であれば、派手に催すのでございますが・・・』とドラガンが言う。
『おお、それは良いことです。是非近い内にお遣りなさる事です。五日後では如何でしょう?そして、近隣の家々の方々も招待するのです。ヴァイス家、レイズ家、プラッター家、そしてクラウス家、ギレン家、更に、ゴドロノフの総督と宗家などがよろしいかと。当主の門出は派手になさることです。』と微笑まれる。
継承式をする事は、皆も賛成してくれる。継承式が出来るのは嬉しいが・・・
『しかし、来てくれるでしょうか?クラウス家もギレン家も付き合いは無いのです・・・』
『クラウス家とギレン家には私が文を書きましょう。当主自ら起こしいただくように。で、イサム殿とマジド殿に行っていただきます。帰りにゴドロノフに寄って頂ければ助かります。』
『ヴァイス家、レイズ家、プラッター家にはコリン殿、ドラガン殿にお願い出来ればと。』とレイ殿が言われる。
ドラガンで良いのだろうか・・・しかし、レイ殿の言われる事だ。間違いは無いと思うが・・・
ドラガンは嬉しそうだか・・・
特に異論を口にする者は居ない。今晩中に招待状を作り、明日には届ける事になった。招待状には招待者の名前も乗せてある。故に、式が終るまでは兵を動かす事はないだろうとレイ殿が言われる。そして、街にも派手な催しを行う準備で人を入れる。それで、傭兵を紛れさせ、街に入れる事が出来ると。
何から何まで本当に助かる・・・イサムやマジドは勿論だが、コリンやドラガンなども舌を巻くばかりだ・・・
招待状を届けた者達は皆、無事に戻って来た。
ヴァイス家では、目出度い式に済まないが、代理を出す、と言ってくれたそうだ。レイズ家もプラッター家も、渋々ではあったが出席するとの事。クラウス家では、しばらく考えられていたが、前日に叔父のオットー殿、当主のハイデマリー嬢が来訪したいと申され、レイ殿への返信を預かって来た。
レイ殿は返信を読まれると少々出かけて来ますと言われ、出て行かれた。ギレン殿は当日の朝に来られるとの返事を頂いた。
その翌日から、街は賑やかになった。街の広場で大々的な催し物の会場作りが始まった。大至急だ。
私は暇だ。屋敷の居間で体を持て余している。レイ殿が出歩いているのが分かる気がする。
『アルギラ様。お客様がお見えです。』と家人が言う。
『分かったわ。』と、客間に歩いて行く。
客は月の旅団の長だという。レイ殿の依頼の文を持っている。イサムとマジドが連れて来た。中々の体格の男だ。名は名乗らない。聞く事は止めた。レイ殿の紹介で十分だ。兵は一万五千出すと。代金はは三百億掛かるが良いかと言われた。ワン家の商符で渡した。イサムとマジドは必死に黙っている。
旅団長は、
『前払いで良いのですか、持って逃げるかもしれませんぞ。』と真面目な顔で言われた。
『私なら、宗家に恥を掻かせる様な事はしない。レイ様は怖いから。』と、返答した。
『確かに。』と、笑った。
『それより、勝てるのか?』と、訊ねた。
『レイ様が勝てぬものを寄越すとお思いですか?』と返って来る。
『確かに。』と、微笑んだ。
『戦は分からぬ。二人に任してある。よろしく頼む。』と礼をし、立ち上がり客間を出た。
私でも、分かる。あの男はイサムやマジドとは格が違う。漂う凄みは実戦で培ったものだ。おそらく金の猫の一人なのだろう。しかし、レイ殿からは優しさや悲しみしか感じない。強さとは不思議なものだ。
式の前々日にゴドロノフの総督と宗家当主の代理の方が到着した。総督はゴドロノフの街しか知らないから、楽しみだと申され、早速街に遊びに行かれてしまった。
レイ殿の代理の方は私より若い女性だ。そして美しい。まるで氷の様な冷たい美しさだ。しかし、髪は赤い・・・仕草から武人のようだ。ユリア殿と申される。レイ様から旅団の仕事振りを見るように、と言われたと。
宗家では一万以上の兵を率いるとの事。
・・・なるほど、何となく分かる・・・
総督もユリア殿も装いは白で統一され、その外套の左腕には大きな銀の星の紋が付けられている。宗家にあっては同格のお二人なのであろう。
レイ殿はまだ戻られない・・・
式の前日、午前中にクラウス家の方々がお見えになった。
クラウス家の当主は、レイ殿と代理の女性の間くらいの年齢か・・・後見人は叔祖父との事、羨ましい、私も後見してくれる方がいれば・・・
御二方も、街を拝見する、と言われ、外出された。
午後に、旅団が何をしているのか見に行く。
少しでも今後の参考になればと・・・
町外れの草原に簡易な建物を建て寝泊まりしている。しかし、どう見ても二千程度しか居ない。指揮室の様な処を覗いて見る。旅団長は居ない。知らない男性が三人、二人は双子だ。それと目立つ赤い髪の女性だ。その女性が私を見る。
『ご当主、此方へどうぞ。』と言ってくれる。
私は皆の居る処へ歩いて行く。壁にいくつ物の図面が貼ってある。
『なにかご質問はありますか?』と聞かれる。
『此方には二千程の兵しか居ないように見受けられますが?』
『此方に居るものは、街の守備を担います。また、状況により、援護に回ります。最終的には明日の式が終わり、各家のご当主がご帰還後に、この図面に従い配置されます。』
『疑うわけではありませぬが、三万に対し一万五千で勝てますか?残念なから、わが家の兵の五千は使い物にならぬかと・・・』
『確かに数は大事です。すべてが同じ能力の兵同士であれば、数の多いほうが勝ちます。まして、傭兵主体であれば、一度負け始めますと、あっと言う間に崩れる場合が多いのです。傭兵は戦局を考え、生き延びる事が優先になるからです。本来はそこで、傭兵団長の腕が問われます。』
『しかし、月の旅団は違います。何故なら、指揮官が先頭に立ち敵を殲滅して行きます。崩れる事は有りません。指揮官の強さは他に並ぶ家があるとするならば、それは宗家、ロンバニア家、夏家、草原の一族でありましょう。また、所属する兵達もそれなりの腕を持っております。やる以上は、旅団長が負け戦をするとは兵達も思っておりません。ですから、ご安心を。』と淡々と語られる。
言われることわかるが、この方は傭兵をされた事は有るのだろうか・・・
『ユリア殿は傭兵をなさったことはお有りか?』と聞いてみる。
『はい。十五より外に出て二十になるまで傭兵をしておりました。』
『この方の赤い衣装は有名で有りました。その先頭に立つ姿は燃える炎の様に見え、皆、恐れたものでございます。』と、双子の一方が言われた。
『今考えれば、恥ずかしい事です。』と言われた方を睨んでいる。
『では、ユリア殿も勝てるとお思いなのですね。』
『はい。我等の懸案事項は勝てるかではなく、如何に損害を少なくし、敵を退けるかにあります。』と答えられる。
不安が取れて屋敷に戻る。任せて置けば良い・・・
あの方々にとってはやる前から分かっているらしい。レイ殿もそうであった。味方に邪魔をされるのを心配されていた・・・
式の当日の朝になった。大広間に継承式の準備は出来ている。大広間上席に歴代の祖先を祀る祭壇を配置し、歴代の祖先を祭る。その方々に今ある我が身の御礼、当主継承の感謝を奏上し、家の存続、繁栄を願う。そして、宴会へと進み、終了する予定である。この様な式を催すには、ドラガンの力が大いに役立った。ドラガンは少々塞いでいたが、レイ殿がヴァイス家の使者に立たせた事で元気を取り戻し、式の用意にも力を発揮してくれた。これにより、イサムやマジドにも面目が立った。
これも、レイ殿が上に立つ者がどう人を使うか、私に見せてくれたのだと思う。
後は何事もなく式が終り、戦も済めば・・・
ギレン公も多くの供を連れ、来てくださった。清々しさのある素敵な方だ。改めて、レイ殿のお力に感謝する。
ヴァイス家の代理の方、レイズ家とプラッター家の当主も来られた。これで間違いなく戦は伸びた・・・式の最中に戦とはならない。
『私なら、式は無視し、勿論参加せずに兵を出す。』と、ユリア殿は心配され、兵を配置されておられたが・・・
継承の式か始まる。私の後ろに家人の主だった者が従う。客は見届人だ。
式は歴代の祖先への報告、感謝、と進む。最後に歴代の祖先へ今後の家の存続、繁栄を願い、儀式は無事終了する。
同じ大広間の大卓にて宴へと入る。宴となれば、料理も進み、酒も入る。緊張も解け口も緩む。ヴァイス家の代理の方、レイズ家とプラッター家の当主の間で、何やらクラウス家、ギレン家についての悪評が言われているのが聞こえる。過去に色々あったのはわかる。
クラウスの方々、ギレンの方は大人しくあられる・・・
と、ユリア殿が、私に話される。
『コンスタンチンのご当主、宗家での子孫繁栄を天に願う舞をご披露致したいと思いますが、如何でしょうか。』と言われる。
ユリア殿の衣装は飾りの付けられた赤の薄い外套、内衣も赤の軍の礼装で統一されている。総督は白いが・・・
『それは、嬉しい、是非拝見致したい。』
助かる。このままでは争いが始まるのではと気になっていたが・・・
『では。』とユリア殿。
ゆっくりと、優雅にユリア殿が広間の演台に移られる。楽が流れ始める。笛と弦の音だ。ユリア殿が剣を抜き舞われる。見事なものだ。噂に聞く宗家の剣舞であろう。赤の外套が靡く。それも美しい。
と、御簾の陰より一人の女性が現れ、同じ様に舞われる。女性は白に金と銀がふんだんに飾られた豪華な衣装を纏われている。髪の色も白で豪華な宝飾に飾られている。此方の方の舞も見事だ。ユリア殿より上かもしれない。最初は素手であったが、何時からか両手に剣を持ち、やはり両手に剣を持ったユリア殿と打ち合われる。剣の打ち合う音、それに合わせて舞われる二人。美しい。最後は手を取って舞わられて停まる。
見て居た誰もが称賛する。美しく強く、早く、優雅な舞であった。
私は二人に近づき、感謝を述べる。そして、女性の顔を見る。
真に美しい顔だ。女性とも男性とも言える中性的ではあるが・・・
私はつい抱きついてしまった・・・レイ殿がここまでして下さるとは・・・
『ご満足頂けましたか?』小さな声で聞かれる。
『はい、私へのはなむけであれば過ぎたるものでございました。』と、嬉しくて涙が滲む。
その興奮が収まると、やはり口さがない三家の方々が、たかが踊子風情がと言われ出す。流石に気にされたのか、総督殿が何か言われようと立ち上がるが、太鼓の音がなる。来客の知らせだ。
『ロンバニア大公家ギルバート・ロンバニア様の名代グスタフ・ワーレン様。お越し〜。』と。
何故だ?レイ殿の差配か?
男が周りを一瞥し、私に礼を下さる。その一瞥の鋭さは、レイズ家、プラッター家の両当主を萎縮させるに十分なようだ。お二方は、ロンバニア家の侵攻の苛烈さを忘れられていないようだ。
『突然の来訪、お許し下さいませ。。我が当主ギルバート・ロンバニアはコンスタンチン家の先代ご当主に大層なるご厚誼を頂いており。まさかコンスタンチン家が、この様な事態になっておられたとは、と誠に悲しんでおられました。せめて、新たなるご当主の継承式に、御祝の一言でも申したいと申され、我が身を派遣された由にございます。本来であれば自身にてご挨拶をせねばならぬが、寝台を降りるのも適わない故に、ご容赦願いたいと、申しております。』と挨拶と、後にお祝いの言葉を下さる。
父がその様な厚誼を持っていたのだろうか・・・
『ロンバニア家の方がわざわざお越し頂き、まして、御当主様よりの望外のお言葉、真に嬉しく思います。遠路、遥々お疲れでございましょう。こちに御参加頂き、食事などお取り下さいませ。』
と、応えるのが精一杯だ・・・
宗家代理のユリア殿の隣であれば大丈夫だろう・・・
『前程の御二方の舞、見事なものでございますな。良い土産が出来ました。』と、ワーレン殿が言われる。
『なんの。私などの拙い舞を、御高名なるワーレン殿にお褒め頂き、嬉しいことでございます。』
『私などは昔の事でありますよ。それより、紅蓮の御嬢と言われた貴女のほうが余程名を成されておりますが。』と笑われる。
通る声だ。ここまで聞こえる・・・
『舞を舞われた、もう御一方にも、ご挨拶出来ればと思うのだが、如何だろうか?』と意味有りげに笑われる。
『それは、私では何とも。聞いて於きましょう。』とユリア殿が答えられる。
と、後ろで席に居られた方が直ぐに席を離れられる。
何も言われないのに動かれるとは・・・我が家でもそう有りたいものだ・・・
『名を馳せると言えば、やはり、リューリヒトの戦いに於いて、かのアラゴンのオーラン殿を捕えられた事でございましょうか・・・あれは世間に伝わる有名な話でございますな。』
アラゴンのオーラン将軍を捕まえたのか・・・
『あの男は駄目でございます。名ばかりの卑怯者でございますな。なんの名誉にもなりませぬ。』とユリア殿。
『名ばかりですか・・・』とワーレン殿か考え込まれる。
『はい。腕は特級に足りませぬ。腕力のみの男でございます。そして、遣り口が汚うございます。次は有無も言わさず、首を落とすつもりでおります。』と。
流石に、ワーレン殿も苦笑されておられる。
『聞き及びかも知れませぬが、ヴァイス家の御当主と、アラゴン家の御息女が婚姻されるそうですぞ。』と、大きな声で皆に聞こえる様に言われた。
『それはお目出度い事で御座いますな。』とオットー殿が答えられる。
『いかにも、我らもヴァイス家とは縁がございますからな。お祝いを申し上げたいものです。』とギレン公も応じられる。
『オーラン殿が幅を利かすと思うと、ヴァイス家の家人の方々には気の毒では有ります。』と、ユリア殿が真面目に言われる。
ヴァイス家の代理の方は知らないのか、困って苦笑されるばかりたが・・・
流石に、その後のヴァイス家の方もレイズ家、プラッター家のご当主も大人しく飲んで帰られた。これで戦をしようなどと云うお考えは止めて頂ければと思うが・・・
明日は領内で、新当主として、身を見せなければならない披露式が続く・・・




