ジオの夢 三十六話 脱出
先に食事を、と言われた。案内の方に連れられ卓に着く。
コリン殿が待っておられる。
『お待たせ致しておられるようで・・・』と、オレの顔をみられる。
『仕方ありませぬ。執事殿達が、これ程危機感が欠如され、状況判断も、お出来にらぬとは思いませんでした。それに、ご当主殿との意思疎通も不完全では・・・ご先代は、さぞや草葉の陰で泣いておられましょうな・・・』と、返す。
コリン殿が、何とも言えぬ顔でオレから目を逸らす。
出された料理も美味いし、酒も美味い。流石にコリン殿は料理にも酒にも手を付けていない。
直ぐにアルギラ様も見える。アルギラ様は覚悟が決まったのか顔付きが変わられた。
『では、、時間が有りませぬ。打ち合わせを。まずここからの退去に付いて、家人の方もご一緒と云う事でよろしいですね。』とオレ。
『はい、そのようにお願いを。』と、アルギラ様。
『お待ちを。ドラガンが未だに・・・それに、家人全ては無理では有りませぬか?』
アルギラ様は何ともいえぬ顔だ・・・
『執事が領主を待たせるなど聞いたことが有りませぬ。それに家人を残して、無事に済むとでも?ここは、もう敵地なのですよ・・・愚かな家人が、敵とも知らずに情報を流し、家を潰すのに一役買う。よくある事です。』
『遅くなり申した。タイレル家の方に捕まってしまい、何かと話を聞かれ、遅くなり、済みませぬ。』とドラガン殿が言われる。
コリン殿は下を向かれ、アルギラ殿は天を向かれる。
『では、続きを。依頼は家人すべての者と退去する。受けるに当り、必ずお守り頂きたい事は、依頼中は私の指示に従って頂きます。それは御当主殿でも同じでございます。私が脱げと申したら、理由は聞かず直ちにお脱ぎ頂きたい。出来ますか?』
『勿論です。お願いする上には。今ここで脱いでご覧に入れましょうか?』とアルギラ様が立ち上がる。
コリン殿とドラガン殿が慌てている。
『お嬢様、なりませぬ。』とドラガン殿。
『よろしいか、仮にもコンスタンチン家のご当主にお成りになる方が、どこぞの小僧か分からぬ者の命など聞いてはなりませぬ。』
『ドラガン、ではどうやって出て行くのです?自分等では手立てが無い故に、この方にお願いしたのではないのですか?この方は今、家人一緒に出ねば、家人の行く末は無いと申される。私もそう思う。ドラガンは、コリンはどう思う?』とアルギラ様が言われる。
二人は驚いている・・・今まで反論される事は無かったのだろう・・・
『しかし、家人全てを守るのは無理では有りませぬか?』とコリン殿が言われる。
アルギラ様もオレを見る。
『タイレル家が欲しているのはアルギラ様の命です。家人の命をも欲している訳ではありません。しかし、アルギラ様がいなくなれば、怒りは家人の方々に向かいましょう。恐らくは、命の有る多くの者は奴隷として売られる事になりましょう。』と、皆の顔を見回す。
コリン殿は下を向き、ドラガン殿は反論できないか、考えているようだ。目が天井を向いている。
『アルギラ様と一緒に出られれば、狙われるのはアルギラ様のみとなり、家人は放って置かれるでしょう。私が守るのはアルギラ様のみで良いのです。お分かりになりますか?家人の方々を置いて行ってはいけない理由が。』
ドラガン殿が苦虫を潰している。
『私が全てを差配して、初めてここを、皆が無事に出られるとお思い下さい。故に私の指示以外の事をする者は、間者として首を落とす、その事をお許しください。』と、アルギラ様に言う。
『コリン殿、ドラガン殿、聞かれたな。傭兵とは厳しいものですね。』と、アルギラ様が釘を刺される。
急いで、家人に準備をさせて、屋敷から町外れに移す事になった。
『家人を移す理由は、それだけではありません。これからアルギラ様の暗殺に人が参るでしょう。騒ぎが外に洩れれば警戒が厳しくなり、無用の人が死ぬ事になります。暗殺に来た者の処置が終わりましたら、その後に、我等は屋敷に火を掛け、逃げると致しましょう。暗殺者が来なければ、深夜丁度の時間に退去致します。』
『何故、暗殺などと・・・』と、ドラガン殿が不服そうだ。
『虎殿とお呼びしてよろしいか?』とコリン殿。
『構いませぬ。』
『虎殿、根拠はお持ちか?』と言われる。
『根拠?コリン殿は命に関わろうと云う火急の時に、対処するのに根拠を求められるか?悠長なことでございますな・・・』と。
コリン殿は確かにと云う顔をされてはいるが、今一不安のようだ・・・
『では、その推測を申し上げましょう。一つは、昼間に誘拐が失敗した事で警戒が増し、退去を急がれるであろう事。二つ目は、緑の作務衣の者達が現れた事です。彼らについては多少なりとも知っております。』と。
『虎殿。虎殿が私をお助け下されたのですか?』
『はい。緑の作務衣の者達は裏の任務を行う事が多いのです。ですから、町中で見た時には驚きました。それで観察しておりますと、その者達が四方より見ておった方がアルギラ様でございました。』
『虎殿、感謝致します。』とアルギラ様。
『暗殺がこなければ、それに越した事は有りませぬが、それ程甘い者たちとは思えませぬ。用心に越した事はありませぬ。アルギラ様はいつも通りにお休み頂き、私が部屋にて待機致します。私が良いと言う迄、部屋に入らぬ事、皆様にも徹底を。よろしいですね。』
コリン殿は頷いているが、ドラガン殿は不服のようだ。
このまま、退去の準備をしながら時間を過ごす。オレは特にやる事がないので、半分寝ている。
オレが御子様か・・・その意味は何であろう・・・この世界はオレに何をさせたいのだろう・・・オレの前の御子は如何に生きたのだろうか・・・祖父や父はどうであったのだろう・・・千年族の方々は何処に行かれるのか・・・
気配がする。目を開ける。アルギラ様が居られる。
『虎殿、お休みの処、すみませんが、本当に暗殺しに来ますか。』と聞かれる。
『はい。間違いなく来ます。恐ろしいですか?』
『いえ、そう言うことでは有りませんが・・・』
『ご安心下さい。目を瞑っている間に終わります。ただ首を落としますので、見られない事をお勧め致しますよ。』
『あら、まあ・・・』と驚かれる。
『タイレル家がその様な事を致しますか?』
『いえ、ヴァイス家でありましょう。タイレルはそれに従っているのでしょう。』
『ヴァイス家は大きくなりました。今や規模だけで言えば、西方地域第一位で御座いましょう。クラウス家の十倍、傘下を合せれば二十倍にもなります。ですから、多くの家々がヴァイスに従わざる負えないのです。』
『これから西方地域は二つに割れます。ヴァイスとそれ以外に。』
アルギラ様が寝台に入る時間になる。オレは部屋の片隅に座っている。アルギラ様は寝衣では無く、外出着で休んでいる。周りも静かになる。物音一つしなくなる。明かりは灯っている。この世界の普通の家では皆がそのようにする。
天井に気配が現れる。極小さいが、分かる者には分かる。
廊下の天井に三つ、部屋の天井に三つ。音も無く部屋の天井の一角が動く。オレに気配は無い。静かに下りて来るのを待つ。その一角から一人、二人下りて来る。下りて来た二人は真っ直ぐ寝台に近づく。もう一人が顔だけ出している。オレは顔だけ出した男の首の皮を残して斬る。次に振り返った男の首を斬る。返す太刀で、三人目の小刀を上げる男の首を斬り、音がしない様に倒れる前に、二人を抱えて床に寝かせる。次に廊下に出る。男が三人で周りを見張っている。一閃、二閃、首を飛ばす。三閃の時に残った一人が今に向かって走り出す。一人の男がこちらに来ようとしている。
オレは瞬時に短刀を飛ばす。短刀は男の首に刺さり、此方に来ようとした男の前で倒れる。オレは倒れた男に近づく。その首を落とす。更に、庭に出る。監視の気配を探る。監視がいない。甘く見ているのか・・・人手が足らないのか・・・部屋に戻る。
そして、近づいて来た男の首に刃を当てる。
『お前は、どこの者だ?』とオレが聞く。
『・・・』男は何も言わない。
『そうか、では逝け。』と。
『お待ちを。』とアルギラ様。
オレはアルギラ様を見る。
『その者は言われただけと思います。ドラガンはいませんか?』
『此処に。』とドラガン殿が現れる。
『何故勝手な事をされました?』
『お嬢様の事が心配に。』
『ドラガン、この者が斬られようとしているのに何故出てこぬのです?』
『この者は私だからです。』
『・・・』アルギラ様か絶句する。
『ではドラガン殿に首を差し出して頂きましょう。』
『いえ、私の首を。』と男が言う。
『人形の首に用はない。』とオレ。
オレはドラガン殿に近づいて行く。
コリン殿が現れる。
『虎殿、済まぬ一度だけ、一度だけお許しを。今後は、私が責任を持ちますから。』と、頭を下げられる。
・・・コリン殿も奇特な方だ・・・お人好しは、そうやって泥沼に引き摺り込まれる・・・
『コリン殿、人の中には、誰かの為にと言い、自分の為にする者が居ます。多くの者は嘘をついている事を自覚しております。しかし、中には、自分の満足の為ではない、と自分を欺いておる者がおります。厄介な者はこの者達です。その者達は人の為と言って何でも致します。何せ人の為なのですから・・・コリン殿、その者達に巻き込まれ無ければ良いですが。』と、剣を収める。
遺体を集め、庭に埋める。部屋に油を撒き、火を付ける。
皆それぞれに、退去する。
オレはアルギラ様を背負い町外れ壁に向かう。
『虎殿、歩けますが?』と、アルギラ様が言われる。
『なかなか、背負われる機会は有りませぬよ。それに、女性方は私に背負われるのを喜んでくださいますので。アルギラ様はお嫌ですか?』と笑う。
『確かに。ではお背中を楽しませて頂きましよう。しかし、虎殿はお笑いにならないかと思いましたが、笑われるのですね。』
『女性方の前では笑う様に致しおります。』と笑って見る。
上手く笑えただろうか・・・傷もある事だし・・・引き攣っているかも知れない・・・
コンスタンチン家の火の手は思いの外、高く上がっている。更に、執事家からも火の手が上がる。執事の家は証拠隠滅のため、ボーマン殿が信頼の置ける部下に頼んだ。領家共、敷地は広い。延焼の心配はない。
ただ、門が封じられる恐れはあるが・・・それまでに門の外に出るよう言ってはあるが・・・
街の外れの内壁に着く。アルギラ様に降りてもらう。今、人は火事の消化に忙しく、人影は見えない。、黒の長剣を抜く。壁に向かい剣を振るう。そして壁を蹴り出す。壁は三角の形で向こう側に倒れる。そこから抜け出ると、集合場所へ向かう。
集合場所の、町外れの森には多くの人と馬車数台が止まっている。オレはアルギラ様をコリン殿に預けると、道路に近い場所にて腰を下ろす。街の喧騒が聞こえて来る。追っての一団は出ていないが、数人の者達が街を出て、東へ急いでいる。東にはコンスタンチン領もあれば、ヴァイス家もある。
夜が明けて来た。火事も鎮火されたようだ。俺等はコンスタンチン領に向け出発する。オレはアルギラ様の馬車の御者席にいる。一団はゆっくりと進む。一団には徒歩の者もいる。それに併せている。
『虎殿、もっと歩を早めてはと言う者がおりますが?』
『アルギラ様、同行者には歩の者も居りますよ。それに同じ事でございます。もし、追いつかれたとしても、前から来られるにしても、迎え撃つ場所は決まっております。そして、コンスタンチンの兵と交流するのもその辺りであろうと考えます。』
『家の兵が参るのですか?』
『はい。コリン殿に至急の文を出して頂いております。
』
『それは手回しの良い事でございますね。』と微笑まれる。
『アルギラ様、ここからが肝心で御座います。兵が来れば私の依頼は完了でございます。兵が参りましたならば、必ず、どこにも寄らず領地に戻ることです。それと道はディレントの街を抜けてお帰りなさい。おそらく、ヴァイスと関係修復を図りたい者が何か言われるかも知れませぬ。その者の話をよく聞いてあげて下さい。但し、従っては成りませぬ。従えばヴァイスに行くことになり、戻る事は敵わないでしょう。』と、話して置く。
アルギラ様はよく考えられ、質問をなさる。
『ヴァイスは兎も角、ディレントの街は、良くない噂がございますが・・・』
『はい、確かに昔はそうで御座いましたが、今は宗家が関わっております故に、そこの総督にこれをお渡しください。そして、後程で構いませぬが有名処の酒を届けて下さいませ。それと、挨拶は御身自らなさること。』
アルギラ様が文を持って私を見ている。
文には、
『美しい方を通すように、後程、銀色の酒を下さる。虎の分は取って置いてくれ。饒舌な寡黙の総督は元気か。』
道は広場に差し掛かる。左に森、右に背の高い葉が生い茂る草原。草原に入ってしまえば、見つかる事は無い。ここで、兵との合流場所にもなろう。夕方迄には合流できる。




