ジオの夢 三十三話 ディレントの街
ーーーーーーーーーー
ディレントの街にはあっさりと入れた。特に何の用心も無いようだ。門番は居たが、特に警戒している様子はない。
『さて、アイシャの店を探して、そこに行きましょう。』と坊が言われる。
『アイシャの店とは金の狼の拠点なのですか?』と私が坊に聞く。
『いえ、流石に、狼さん達が何処にいるかは知れなかったので、この地に、最初に居たと言われているアイシャのお店で聞いて見ようと思います。』とにこやかだ。
『人前では姐様の口振りで構いませんからね。それと、姐様の役割は私の監視であり、戦闘には参加しないと、聞かれれば、答えてくださいね。』と続けて言われる。
『少年、了解した。』と答えたが・・・
もしかしたら、少年は私を戦闘に参加せない心づもりか・・・
『あそこに見えますね。さあ、行きましょう。』
と、少年は顔、上半分を覆う面を付ける。
私は面を付ける事はしない。
アイシャの店は入口の門から近い処にあった。店の扉が閉まっている。時刻は夕方だ。店を開けるには、少し早いかもしれない。しかし、少年は気にせず扉を押して、入って行く。
『少々早いのですが、飲めると助かるのですが、お願いできませんか?』と少年が声を掛ける。
『はい、とうぞ。』と女性の声がする。我等は奥に入って行く。
『あら、お若い方と女性ね。こちらにどうぞ。』
店内は思った程に暗くはない。それに広い。椅子と卓は壁際にあり、真ん中は空いている。舞でも踊るのだろうか・・・
少年は楽しげに飲んでいる。少し飲み過ぎではないか・・・
『少年、少し飲み過ぎではないか?この後、差し障りがあると困るぞ。』と言ってみる。
『姉様、大丈夫でございますよ。これから多くの人を斬らねばならぬのです。酒を飲んでいなければやれませぬ。』と。
確かに、少年は酒に飲まれる事はなかったが・・・
傍らに居た女性の顔が変わる。直ぐに、帳場の方へ足早に行ってしまう。
『少年、良いのか?知られてしまったぞ。』
『お任せ下さい。』と笑っている。
老年に入ろうかという、恰幅の良い男が用心棒らしき男二人を連れて、我等が飲んでいる傍らに来る。
『お客さん、物騒な事を言っているらしいが、冗談では済まなくなるよ。』と言う。
連れて来た二人は用心棒としてはそこそこだ。気にする程の者でもない。
『あなたがこちらの店主殿ですか。』と少年が聞く。
『ああ、そのようなもんだ。』と。目が怒っている。
『そうですか。まあ良いでしよう。あなた方に百億の賞金を掛けられた方が怒っておりましてね。金の狼さんでしたか・・・二十六人ですよね・・・の首を落として来いと言われましてね。それで来たのですよ。もし、無理なら街ごと焼き払うと申されています。今、街を囲んでいる筈なんですが、どうされます?二十六人全ての居場所を教えて頂けますか?それとも、皆で焼け死にますか?お好きな方をお選び下さい。』と、少年が嗤っている。
うん、その顔は怖ろしい・・・ワタシは何も言わず酒を飲んでいる。店主らしき男は目を剥いている。
『賞金などは知らん。まして百億など誰が掛ける?ここは色街だぞ。』と怒る。
『あなたが怒っても、何も変わらないのですよ。兵が囲んでいるか、いないか、見て来たら如何ですか?そうすれば、どういう事態であるか納得出来ると思いますよ。』と少年が話す。
店主が目配せをする。一人の男が店を出て行く。
『姐さんはどういう役回りなんだ。』と男が聞く。
『私の役は、少年が仕事を終えるのを見届け、子細を報告する事なのです・・・』
『そうかい。・・・その百億の話は本当なのかい。』
『ええ、用心棒や、傭兵が集まって来ていました。でもね、皆、首を落とされました。その少年にね。』と、男を見ずに応える。
しかし、この酒は美味い。
『少年。この酒は美味いわね。もっと飲みたいわ。』
『確かに、美味しいですね。店主殿、姉様がそう申して折ります。お替りを・・・』
男は苦虫を潰して、合図をする。
時が経つ。店を出る潮時か・・・
『姉様、そろそろ引き上げますか。教えては頂けないようです。探すのも面倒ですから。兵に任せましょう。』と少年が席を立つ。
『少年、お代はどうするの?』
『お代は、お支払いしても、必要は無くなりましょう。情報代と云う事にして頂きましょう。』
少年の後に続き、歩き出す。
『お待ちを。』と女性の声がする。帳場の方から来たのか、気配がわからなかった・・・
『やはり、お代は払わねばいけませんか?』と少年が聞く。
『いえ、お代は結構でごさいます。私がアイシャの店主でございます。少しお話を。』と、言われる。
私は振り返って話し声の女性を見る。
・・・何だろう、まるで存在感が無い・・・薄い、姿が薄い、透けているようだ・・・
と、今感じたことが嘘のように実体がはっきりする・・・その女性が私を見つめている・・・
少年は何も感じなかったのか、先程の卓に戻り、席に座る。私もその隣に座る。そして、不思議な女性も席に着く。
『さて、お話とは?』と少年が声の女性に話し掛ける。
『貴方が言われた通り、この街は多くの兵に囲まれておりました。貴方の言われる事に間違いはないのでしょう。しかし、本当に火を掛けられるのでしょうか?』
『はい。普段は、ぼーっとされておりますが、自分や一族の者に牙を剥いた者を許して置く甘さはありませぬ。やらねば自分の民に害が及ぶと考えられる時は冷酷な方です。ここは、今やそういう世界なのです。』と少年が返す。
・・・この世界?今や?
『しかし、それでは無辜の民も死ぬ事になりましょう。それは理不尽ではありませぬか?』
『理不尽?ここに住んで居られる以上、巻き込まれるのは承知の筈。賞金を出して人を殺させるそのような輩の者と一緒にいる、その者たちが無辜であるはずは有りません。その者達も当然、負うべき責任があるのではと、他の者は思うておりますが。』
『・・・』
『お互い無駄な事はよしましょう。貴方には私が如何に血を浴びているかお分かりの筈。我らは血を厭いませぬ。では・・』と、行こうとされるのを、女性が言う。
『分かりました。私達には賞金の事は知りませんが、二十五人の所へお連れしましょう。その一人は私です。ただ、第一位の者は会ったことがないのです。おそらく、二位の者のみが知っているのでしょう。』と言うと、女性は立ち上がる。
四人で街の奥に向かって歩いている。塀の外の地は砂地で、砂が舞っていた。街は草地だ。砂は舞っていない。その草地を歩く。離れた奥の場所に店鋪が見える。店舗の脇に男達が数人いる。用心棒なのだろう。なかなかの腕の者も居るようだ。我らは扉に近づき、アイシャの店主の声で扉が開く。我らが店舗に入る。
目の角で用心棒達が慌てているのが分かる。私を見ているようだ。私に気がついて慌てたのだろうか・・・しかし、開いた扉は我々が入るとすぐに閉まる。
店舗の中は広い。奥に大きな卓が有り、多くの者が席に着いている。入口の右側の壁の棚には酒が並ぶ。その前には、簡単な調理場とそれを仕切る、高い卓が続いている。その前に椅子が、いくつかある。私はそこに座る。店員が一人いる。何だか場違いな店員だ。宝飾品で身を飾っている。
『店員さん。お酒を、美味しいのをお願い。』と場違いな店員に告げる。目は少年と、アイシャの店主ふたりを追っている。店主に付いてきた恰幅のよい初老の男は私の傍らに立って、やはり女性を見ている。
『この方は、私の知り合いですから、話を聞いて上げてくださいな。』と、上座に座っている男にアイシャの店主が言うと、こちらに戻って来る。
少年の声が聞こえる。
『ここの第一位の方はどなたですか・・・』
私は出された酒をのむ。
・・・何だこれは・・・水ではないか・・・
口に含んだものを吐き出す。剣を抜き、店員に突き付ける。
『店員、良い度胸だ。酒飲みに水を渡すか・・・死にたいらしい。』と。高い卓を飛び越え、店員の脇に行くと剣を首に当てる。
『紅蓮の姐さん。何をなさるおつもりですか?』
と声が掛かる。
聞いた事のある声だ。剣はそのままに、声のした方を見る。恰幅の良い男が緊張しているのが分かる。手練れなのが知られているのだろう。
一人はがたいが良い。もう一人は細身だ。二人共、傭兵の着る厚手の皮の衣装を身に着けている。二人の顔は知っている。昔が思い出される。
『ふーん、なぜ此処にいる。こんな処の用心棒をしているとは、情けない・・・用心棒なら用心棒らしく守ってやれ、ほら、向こうで首が飛んでるぞ。心配するな。私は此処を動くつもりはないから、安心しろ。』
『わかりました。いくぞ。』
と二人が少年の方へ走って行く。
『お嬢さんは手伝わなくてよいのですか?』と、不思議な女性である店主が言う。
『ええ、私も十分強いですが・・・あの少年は更につよいですから。それに手を出すと怒られます。』と笑う。
『うまい酒は何処じゃ?何故出さん?首をおとすぞ。』と場違いな店員をにらむ。
『お嬢さん、その棚をあけてご覧なさい。』と女性が言われる。
その棚を開けてみる。
おお、一級品ばかりだこれなら、少年も喜ぶだろう・・・
良い匂いだ。飲み過ぎはよくないし、醜態もならんが・・・
『あの二人の用心棒は特級なのですが、随分とお嬢さんを恐れていたような気がいたしますが・・・お知り合いなのですか?』
『まあ、知り合いではありますね。一度、一緒に仕事をした事が在ります。その頃は、紅蓮と呼ばれておりました。』と顔を顰めてみせる。
『あの・・・赤い衣装で名を馳せた方ですか?』と、恰幅の良い男が驚いて言う。
『ええ、その時は赤でしたね・・・』と酒を飲む。
女性と初老の男にも酒を差し出す。初老の男が店主に私の説明しているようだ・・・酒は卓に置いておく。場違いな店員は私から離れ、踞っている。
周りの怒号も悲鳴も終わっている。相変わらず、少年は早い・・・
目の角で少年の事を追っていた。アイシャの店主が戻ると、少年は第一位の男の事を尋ねていたが、下の者が剣を抜き、向かっていった。剣を受ける事無く、数人の首を飛ばした。その事で周りの者が怖気づく。誰も向かっていかない。
そこに用心棒、細身の者はキーファー、がたいの良い者がバークレーと言ったか・・・が姿を見せると、また勢いが出たようだ。二人が前後から少年を襲う。少年は二人の剣を受けながら、他の者の首を飛ばしていく。少年は楽しそうだ。口が笑っている。
二人の剣捌きは巧みだ。連携も見事だ。本来なら、もう切り刻んでいるだろう。しかし、坊は双剣を使って、二人の剣を受ける。隙を見て、他の者の首を落として行く。私も双剣使いだ。少年の巧みさは分かる。案の定、二人が必死に攻撃しているにも拘らず、一人、また一人と首が落とされる。
最後の一人がこちらを見ている・・・おい、他所見をしている場合か?
もう、終わるだろう。あの二人はどうなるのだろうか・・・
『姐さん、一人で飲むのは良くない。悪酔いしますよ。』と少年の声だ。少年は最後の一人の首を落としたようだ。用心棒二人を連れて戻って来る。
『仕方ないではないですか、手を出せば、少年に怒られますからね。暇なのですよ。』
『用心棒の二人は生きていましたか?少年にしては珍しい。首は刎ねないのですか?』と、私の横に座った少年と、立っている用心棒に椀を渡す。
用心棒二人は首を竦めているが、昔と変わらず神経は太い。
『これは、また美味しいですね。』と少年が笑う。
用心棒も、諦めたのか美味そうに飲んでいる。
『姐さんの知り合いのようでしたので、姐さんの許可をもらってからにいたそうかと・・・それで、二人に聞いたのですよ。このまま、首を落とされるか、一先ず手を休めて、姉様がどういうか聞いてみたいのでが、と。』と、笑う。
そうか、気にして貰ったか・・・
『なるほど、しかし、今更刎ねるのもお嫌でしょう。貸しにして於けば、結構役に立つと思いますが?』と言ってみる。
二人も頷いている。
『分かりました。姐様がそう言われるのてあれば、その様に致しましょう。お二方、お約束はお守りくださいね。私は出来もしない約束をするような者は生きていても仕方がないと考える人間でございますので・・・』と、少年が嗤う。
その嗤いは本当に恐い・・・普段の温和で美しい顔からは想像出来ない、虎が笑うとすればこのような嗤いだ・・・
二人も慌ててまた頷く。




