ジオの夢 三十二 ジュノー
夏において姉様を見た時に、既視感が感じられた。シンシア様の御息女であったとは、有難いものだ。あの凄腕の方が、敵ではなく味方でいて頂けるとは本当に有難い・・・うつらうつらと思いが湧いて来る。今は昼間だ。総督府の庭で微睡んでいる。
昨日、賞金稼ぎを始末した後に、皆でゆっくりと、朝まで飲んだ。姉様にはオレが酒を飲むと言うと、十八を過ぎる迄は飲んではならんと怒られた。フェイレーンではその慣習のようだ。しかし、シラン様とも飲んだし、シンシア様とも飲んでいるが何も言われませんでした、で通した。苦い顔をされていたが、それ以上は何も言われ無かった。確かに、酒は飲み過ぎては身体に良く無いのは分かる・・・
『レイ様、宜しいか。』とベルン殿が庭に出て来られ、云われる。
『どうぞ。・・・何でしょう』
『レイ様に賞金を掛け、広めた、金の狼で御座いましたか、奴らの居場所が知れました。』
『おお、それはそれは、ご苦労で御座いました。では早速に責任を取らせましょう。』
『どの様な手筈に御座いましょうか?』とベルン殿が聞かれる。
・・・何か言いたい事が有るような・・・
『考えているのは、私が乗り込みます。皆様には時間を決めて街を取り囲んで頂きます。。二万程でよいでしょう。街に閉じ込め、それから、当事者を討ち果たす。こんな感じでしょうか・・・如何ですか?』と、ベルン殿の顔を伺う。
『一人で乗り込む事は賛成致しかねます。私が皆に怒られます。』
『・・・』
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メドラーと二人、北の都へ向かっている。
昨晩は少し飲み過ぎた。挙げ句に少年と湯にまで浸かってしまった。勿論、メドラーも居た。メドラーは嬉しそうに少年を抱いていた。そして、少年も嫌がりもせずに抱かれて居た。私にも抱けと言う。習慣なのだからと。詳しい事は母に聞けと言う。この様な事を母に聞けるか・・・
しかし、少年を抱く事が、これ程の幸福感に包まれるとは・・・メドラーも幸せそうだし・・・皆もそう感じるのだろう・・・
湯から出ると、少年が、私の赤い衣装を見てその衣装では、都に入れることは出来無い。これを着て行くようにと言われた。やはり、白の内衣に、白の外套だ。外套は右腕の辺りに大きな金色の星が一つ付いている。くれぐれも、赤い衣装は領地内で着無いようにと言われた・・・
朝に出て、日のくれる頃に北の都に入れた。
行程中に何くれと、メドラーか話す。私は特に質問などせず、黙って聞いていた。メドラーは母に嫌われていると、ずっと感じていたが、最近になって、そうではないと分かって嬉しかったと言っていた。シンシア様のお考えに到らず申し訳ない事をした、とも。
他人はそれで良いが、血の繋がりのある者の蟠りは簡単に解消出来るだろうか・・・
街を示す門らしき物は特に無い。田園風景が続き、どこから都なのか分からなかった。しかし、メドラーが緊張しているのが感じられる。ゆっくりと、気配を周囲に飛ばす。道の脇、田畑の中に人の気配があるのが分かる。お二人か・・・
歳は召されているが、今でも中々の腕だ。メドラーよりも上であろう。
お二人が我らの元へ歩いて来られる。我らは馬から降り、お待ちする。
『ほう。女性お二人でございましたか・・・』と、灯りを燈し、話される。
『やはり、星一つの方で御座いますか。念の為、何方の方かお伺いしても?』と。一人の方が聞かれる。
『私はメドラーと申し、最近移らせて頂いたシンシア様の一党に御座います。』
『そうでございましたか・・・』
『こちらはシンシア様のご息女でユリア様でございます。外に出られており、此度お戻りになられました。』とメドラーが老人達に説明する。
老人達は来たときと同じ様に田畑の中へ消えていった。メドラーは緊張が解け、ほっとしている。余程母に気を付けるように言われているのであろうか・・・
新しい集落に着いた。暗いので建物の影しか分からぬが、どれも同じ大きさ、形の様だ。
母の家に案内される。特に大きい訳ではないようだ。
『夜分に失礼致します。メドラーでございます。ユリア様をお連れ致しました。』
『おお、それはご苦労沙汰でした。こちらにおいでなさい。』と、母の声だ。
久しぶりに聴く母の声は厳しさが取れた気がする。
『母上、只今戻りました。』と頭を下げる。
『ユリア、良く無事で戻りましたね。』と、私を抱いてくれる。
私を抱いてくれる様な母であったろうか・・・涙を必死に抑える・・・
メドラーは自分の家に戻っていった。
その後で母は、私が村を後にしてからの事をゆっくりと詳しく話してくれた。導師の事、婆の事、少年の事、弟の事。少年の事は、婆と二人で出会った時の経緯から教えてくれた。その後に、私の今日迄のことを、詳しく母に話した。お互いに相手の話す事を黙って聞いた。
大方の知りたい事は知れた。しかし・・・
『母者、あの少年は何故、女性から好かれるのでしょう?確かに、美しい少年です。しかし、皆が惹かれるのには何か理由があるのでしょうか?』と一番気になっていた事を聞いてみる。
母は、教えてくれるだろうか・・・
『あの方は、星回りの児だと、母が言っていたわ。』
『婆がか・・・星回りの児と・・・』
『母が言っていました。星回りの児はこの世界に豊穣をもたらし安穏を下さる。ただ星回りの児と判断するのは難しい。人読みがいれば分かるが、と。普通の女性には母性を感じさせるだけなのだとも。ただ、昔から女性の内で伝わってきた。その御子は早くに母を亡くし、母性を感じさせる美しい幼子は星回りの児であると。だから女性全てに心配され愛される。
一人の星回りの児が亡くなれば、新たに星回りの児が生まれるが、どこでどの様な人生を送るかはわからんと。其れが分からなくても、皆の為に尽くしてくれるから、気にするな、ただ慈しめと。』と、母か私を見ている。
『何故、星回りの児と言われるのか、私は母に聞きました。母は、この世界の他に世界が二つ在る。そして、星回りの児は、三つの世界を順次生まれ変わる。だから、何時からか彼の人の事を、星回りの児と呼んだ。人読みはそれが読める。勿論、星回りの児はそれを覚えていない。そこまでは教えてくれた。それと、神憑きとは、星回りの児が生まれ変われず、この世界の人に入ってしまった者達の事だとも教えてくれた。』と母が上を向く。
『星回りの子も神憑きの方々も悲しいな・・・』と更に言う。
家には私の部屋もあった。着る服なども用意してくれていた。母は私の知っている母とはどこか異なっている気がする。婆が亡くなって変わられたのだろうか・・・明日ジュノーに聞いてみるか・・・
『姉様、お帰りになられたのですね。』私が食卓に入ると、ジュノーが声を掛けてくる。
『ジュノー、久し振りですね。元気でしたか?』
『はい、姉様。こちらに来てからは、心が晴れやかになりました。頭もすっきりしているのです。』と、嬉しそうに笑っている。私はうっかり寝過ごしてしまった。昔なら、母に怒鳴られる筈なのに・・・
『母上はどちらに?』
『はい、母上は今日は学び舎にて、午前中は剣を教えられると申されていました。午後に戻るからと、姉様か起きて来られたら、お知らせするようにと言われてます。』と。
ジュノーとも久しぶりだ。導師が来てからはジュノーとまともに話す事が無かった。やはり、今のジュノーを見ていると導師達の仕業なのだろう。ジュノーに母の事を聞いて見た・・・
『私は、昔の母の事はあまり覚えていないのです。でも、今の母上は大好きです。どんな事でも私を抱いてくれます。どうしてその様に私を抱いて下ださるのですかと聞いたのです。すると母上は、母に抱かれるのはお嫌かと聞かれるので、母上に抱かれるのはとても嬉しいです、とお答え致しました。すると母上が話して下さったのです。』
『ジュノー。母は子供は親が育てるものだと思っていたのです。当主に初めてあったときにいかに多くの方々がご当主を心配されているかと驚いたのです。で、ご当主にお聞きしてみたのです。皆様はどの様にご当主にご接しになられますかと。すると、ご当主は皆様が私を抱いて下ださるのです。それだけで、母のいない私は母を感じ癒やされるのです。そして乾いた心が潤され、また、勇気も芽生えるのです。と、教えて下さいました。』
『その時に私は、姉様に言葉にて頑張りなさい、というだけで、姉様を抱いてあげてはいなかったと知ったのです。母は間違えていたのです。だから、これからはジュノーを抱いて上げようと思いました。姉様も遅くなりましたけど、少しでも抱いて上げようと思っていますよ。それに母もジュノーや姉様を抱くと心が晴れるのですよ。』
『それから母は、私に、何がしたくて、何が嫌なのか、聞いて下さいました。そこで、私は剣は嫌いで、怪我をした人や病気の人を治せる様な勉強がしたいと申し上げました。』
『母上が、剣がお嫌ならしなくていいのです、と笑って下さいました。』とジュノーは嬉しそうに笑う。
『それから、何故その勉強がしたいと思ったのですか、と聞いて下さいました。そこで、村に居た時に見た夢の話を申し上げたのです。』と。
夢か・・・私も人に斬られる夢は何度も見たな・・・
『その夢は、私が暗い処で踞っているのです。声も出ないし、目も見えませんし、体も動かせないのです。そして、とても苦しいのです。でも暗い処で踞っているのは分かるのです。何度も何度もこの夢を見るのです。最初は、月に一度くらいだったのが、最後の方では毎日見るようになりました。その夢を見た後はとても具合が悪くなるのです。』
『そして、最後にその夢が来た時に、もう起きれないなと思いました。しかし、直ぐに人の優しい声で私の名を呼ばれる方がおられたのです。母上や姉様が待っているからこちらにお出でと。何度も何度も呼ばれるのです。でも声も出ないし、体も動かないのです。すると目は見えるから、しっかり目を開くんだよ。出来るからね。何が見えるかな?すると、その方が言われたように、少し見えて来ました。その方が更に、虎のお面が見えるかなと。確かに、虎の白い顔が見えていたので、少し、びっくりしていましたけど、頷きました。顔は動かせました。』
『それから、いいかい、足を動かしてこちらに歩いて来るんだよ。出来るからね。ゆっくりやってご覧。と言われたので、やってみると、足が動いて、呼ばれた方に動けました。そこで目が覚めて、呼ばれた方がいるのが分かりました。その方が、よく頑張ったねと、仰って下さって、もう大丈夫だから、病も治るからね。さあ、疲れたよね。こんどは気持ち良く眠れるからね。母上や姉上の事を思って寝るんだよって。』
『その方の言う通り、本当に気持ちよく眠れました。その方が私の病を治して下さったのだと思いました。だから、その人みたいに、私の様な子供の病を直してあげられたらいいなと思ったのです、と母に伝えました。すると母上が、とても喜んで下さって、頑張りなさいね、と仰って下さいました。』と、ジュノーはまた嬉しそうに笑う。
母は変られたのだろうか、とすると私は母にどう接すれば良い・・・
母は午後に戻ると、食事を作ってくれる。口には出さなかったが、料理が出来るとはしらなかった。味も申し分なかった。ちなみに、私はしない・・・出来ない・・・
『先程、ベルン殿が見えられて、ユリアにお願いしたいことがあると言われたわ。』と母が言う。
『母上、わたしは構いませぬが、母はどう思われますか?』と母を見る。
『それは、これからはユリアが決めて良いことですよ。母の意見としては、受けたほうが良いだろうと思います。ベルン殿は本来我らに願う立場では有りませんし、願う事がないはずですが、それでも願われるのは、ご当主の件だからなのでしょう。』
母は私が決めて良いと言われたが・・・出来る事があるのは有り難い・・・
『母上、ではそのようにさせて頂きますが、ジュノーの事が気になるのですが・・・』
『ジュノーは大丈夫です。学び舎に行かねばなりませんから。ユリア、あなたと遊んでる時間は有りませんから。』と笑う。
『はい、母上。』と私も笑う。
私はまたゴドロノフに戻っている。
ベルンハルト殿の依頼は、金の狼の在るディレントという街に、少年に同道してほしいと云う事であった。
ディレントの街は最近大きくなった街であるらしい。それも最初は一軒の添い寝の店であったのが、それを見た同業が建物を立て営業を始める。更に一軒、また一軒と増えていき、今では他業種も建ち、四十程の店が在るらしい。
そこに、いつからか、金の狼なる二十六名の一団が傭兵の斡旋と殺人依頼も受けるようになった。賞金首という、手っ取り早い殺人依頼の方法を行うようにもなったとの事だ。この賞金首と云うのは、掛けられた方はとても厄介だ。多くの者に狙われるし、それか、悪人であろうが、善人であろうが一度掛けられた賞金首は撤回されることはない。ただ、事前に裏で取引される事はあるらしいが。
ゴドロノフを少年と共に出て、ディレントヘ着く。ここはヴァイスが攻め取った地のはずだから、裏にヴァイスがいるかも知れないと、少年が言われる。
当主とはそこまで考えるべきなのか・・・
ディレントは水の掘りと丸太の塀が周囲を囲っている。まるで賊の要塞だ。中からも外からも許可なく出入りは困難になっている。
『さて、どうやって入りますか?』と少年が言われる。
『其の為に私を連れて来たのではないでしょうか?』と少年の腕に腕をからませる。
『・・・その手が有りましたか?』と少年が微笑む。




