ジオの夢 十四、双翼円舞
『イルゼ殿、剣においての舞の大切さを理解して頂けましたか?剣について、まだ学びたいと思うなら、まず舞をしっかり舞えるようになることです。さすれば、必ず一人前以上になれます。』
イルゼ殿は落ち込んでいるのか、下を向いている。学べなかった理由があったのだろうか・・・
『私はどなたに舞を学んだら良いのでしょうか?』とイルゼ殿は下を向いたまま聞かれる。
『イルゼ殿は初めて舞を学ばれたのは何方からでしょうか?』
『祖父から基本を教えて貰ったのですが、早くに亡くなりました。その後は特には・・・』と。
『そうなのですか・・・』
『・・・ではカリーナ殿から学ばれた如何でしょうか?カリーナ殿、教えてあげて頂けませんか?』とオレ。
皆が驚いてカリーナ殿を見ている。カリーナ殿は顔が硬い。
おかしなことを言ったかな・・・イルゼ殿も不思議そうにオレを見る。
『レイ様、カリーナは剣や槍を使えないのですが・・・』とシュニッツァー殿が言われる。
『だとしても、舞は舞えますよね。それも見事な舞だと思うのですが。婆様如何です?』
『レイ殿には敵わんな。どこでお分かりになられた?』
『はい、歩き方です。武具を扱う者は何を使うか知られるのを嫌がります。故に歩き方も気をつけるように言われます。しかし、カリーナ様は特に隠す事もなく、舞を舞われる歩き方をされておられます。』
『宗家のご当主殿、武具を扱わぬ者が舞を舞ってはいかぬのではないか?』と婆様が不審そうに言われる。
『はて。その様な事はありませぬが。舞は一族の者であれば、誰でも舞を習う事が出来、舞う事が出来ます。舞は一族の象徴であり、舞うことは一族の慣習であるべきなのです。』
『確か、ある者が宗家より舞う事を禁じられたと、その者は武具を扱わぬ為である、と伝えがあるが・・・』と婆様。
『それは、おそらく、領内に住む事は許されたが、舞を学ぶ事は許可されなかった者がいた、という話でございますね。』
『その者は一族としては認められなかったのです。ですから舞は伝えられませんでした。その詳しい事情は分かりませぬが・・・』とオレ。
『ではカリーナが舞う事を公にしても構わぬと・・・』
『はい。問題は有りませぬ。美しい舞は皆の勉強になります。是非、多くの方々に舞を披露して頂きたいものです。』と。
『畏まりました。私で良ければ喜んでお教え致します。』と、今まで静かであったカリーナ様が話された。
何だろう・・・
『レイゼン様、私が舞うことに何らの問題がないと仰って頂きました。で、この機会に舞についての質問をさせて頂きたいのですが、よろしゅう御座いましょうか?』と言われる。
カリーナ様の目が怖いが。
『はい。何でしょうか?』
『第十一式についてでございます。』とオレを見ている。
十一式は秘技ではないが、なかなか十一式までいかれる方はいない。教えられた方も余程の腕前だ。故に質問してよいのか不安なのだろう。まだオレを見られている。
『双翼円舞でございますね。それは仲々に素晴らしい事でございます。それで?』とオレは柔やかに聞く。
カリーナ様はほっとされたようだ。
『うまく重心の移動が出来ないのです。第十一式の舞はとても美しく、私も是非、上手く踊りたいものだと。何かこつとか御座いますでしょうか。有ればお聞きできればと・・・』
『双翼円舞は短剣もしくは剣や長剣を左右両手で使用する双剣の型になります。双剣をこなす方はなかなかの腕前、そうそうにおられませんからね。』
『では、私が先に舞いましょう。その後、カリーナ様に舞を見せて頂く事に致します。』とオレ。
オレは両手に六角棒を持ち、一度目はゆっくりと、二度目は自己の速さで舞う。それを表と裏で舞う。
見ていた皆も喜んでくれる。双翼円舞の名を知っていても、実際の舞を見た者はそう居ない。
『婆様。如何でございましたか?』と婆様に聞いて見る。
『さすが当代様ですな。速すぎて分からぬ。』と。
『ではカリーナ様、拝見いたしましょう。』とオレ。
カリーナ殿がオレのいた所に立ち、落ち着くように精神を統一し始める。うん?得物を持たずに踊るのか・・・それでは上手く舞えない・・・
『カリーナ様。十一式は素手で舞う式ではないのです。身体にあった得物が両手にある事での重心移動が考えられております。これを持って舞って見て下さい。』とオレの六角棒をわたす。
見事な舞を見せてくれたカリーナ様だった。しかし、さすがに疲れられたようだ。ぐったりと座っておられる。
『なかなかに美しき舞いであられました。』とオレ。
『いえ、初めて、まともに舞えた気がいたします。さすがに十一式となれば、一度で此の様に疲れてしまうのですね。・・・レイ様は化け物でざいますか?・・・今日はいかほど舞われました?』
『小さき頃より舞っておりますし、暇な時は何時でも舞えと言われておりました。常に六刻は舞えと。何せ神舞を舞わねばなりませぬから。
・・・祖父も父も死ぬ直前まで舞っておられた、と聞いております。』と、祖父や父が舞う姿が目に浮かぶ・・・
『舞えば心が落ち着きます。それに私は成長途中でありますれば、直ぐに重心の位置が変わります故、確認して於きませんと、未熟者なので心配なのです。』と笑う。
『十一式と言えば、私が出会われた二人の婦人の内のお一人は大剣であらられましたが、もう一人方が双剣を使われておられました。それはそれは、見事なものでございました。』
『あの方々も、都合で生まれ地に戻るからと、ご挨拶を頂いたのです。その時、お二人ともお帰りになられるのかと聞いたところ、我らは一族の為にも死ぬわけにいかぬ。だから二人で行動しておる。昔、とんでもない強者に会ってな。それ以来二人で行動するようにした。何が合っても、一人は生き抜けるようにな、と。』
皆が静かに聞いてくれる。
『少年は強い。しかし、慢心が出ないとも限らん。気を付けよ。と言って下さいました。それを機に、軽率な振る舞いを改め、なるべく学院で学ぶ事に専念するように致しました。』と笑う。
『イルゼ殿、この前の様な命を捨てるような事はしてはなりませんよ。親、兄弟、近しいひとが居ないとしても、命を落とせば悲しまれる方は必ずおります。まして、我ら一族は家族と同じであります。それも、古よりの一族の習いでありませんか。一族の者が亡くなったなどとは聞きたくないのです。生きる努力を捨てないで下さいね。』
『それに、もし、困ったときには、私の処へお越し下さい。喜んでお手伝い致しますから。宗家の当主などは皆の相談役に過ぎませぬ。いいですね。』
『・・・』イルゼ殿が黙って頷かれる。
どんな思いかは、顔からでは分らない・・・
『レイ様、ご心配無く。我らが側で支えますから。』とカリーナ様が仰ってくださる。
ベルンハルト殿の気配がする。難儀な事があるようだ。
『ベルンハルト殿、何か御座いましたか?』とオレが聞く。
『黒猫と言う者がダイナの街の件で依頼をしたいと・・・』とベルンハルト殿が言う。
『内容は聞かれてますか?』
『何でも、領主がまた可怪しくなった、また頼みたい、との事でありました。』
『成る程・・・』
『シュニッツァー殿、初仕事をお願いしたいのですが?』
婆様、カリーナ様、イルゼ殿はゴドロノフに向かわれた。オレ、シュニッツァー殿、更に腕の立つ二人、とダイナへ向かっている。タリオン殿には兵五百を連れて別途続いてもらい、街の外にて待機をお願いしている。間もなく門が見えてくるだろう。
『傭兵団の名前なのですが、月の旅団と致しましょう。人員は、ゆくゆく最大七千くらいまでにお願いしたいのですが。』とオレ。
『畏まりました。交代制で構いませぬか?』とシュニッツァー殿。
『はい。いずれ、シュニッツァー殿の交代者も連れてまいりますので。』と笑う。
『それは有り難い。』とシュニッツァー殿も笑われる。
『門でございますな。衛士がいるようですが・・・』とシュニッツァー殿。
オレ等は白の、眼の下からの面を付ける。外套も皆一緒の白だ。
『構わず参りましょう。おそらくは見て見ぬふりをしてくれると思います。』とオレ。
案の定、オレ等が門を通る時には、衛士の方々は後ろを向いておられた。
『なるほど。』とシュニッツァー殿が感心された。
誰かに監視されている可能性が大いに有るので、マーヤさんの店に向かう。
マーヤさんの店だ。外から見ても店は賑わいがないようだ。
『宿泊と食事はできますか?四人ですが・・・』と帳場に声を掛ける。
『あいよ。暇だから大丈夫だよ。』と、懐かしい声がする。
面を外し、フードを上げて、誰か出て来るのを待つ。
マーヤさんだ!変わっていない。オレを見つけたマーヤさんが飛んできて、抱きついて来る。
『坊!坊、待ってたのよ。全然来ないから心配していたのよ・・・』と抱きついたまま泣いている。
『姉様。父が亡くなり生まれ地に戻っておりました。忙しさに紛れ、連絡もせず申し訳ありませぬ。』とオレ。
『そうなの・・・坊はいつも大変ね。』と涙を拭って言う。
今、皆で食事をしている。マーヤさんもいる。依頼主は夜が深けてから来るとの事でまだ時間はある。
『坊が来てくれたのは嬉しいけど、今度は前のように簡単にはいかないとと思うわ・・・』とマーヤさんが言う。
『やはり緑の衣装を着た頭髪を剃った者達ですか?』
『偉そうにしている奴で、そんなのが居たけど、今度は兵もいるのよ。』
『その兵は傭兵なのでしょうか、それとも何処かの家の兵でしょうか?』
『確か、スピノザ家ね。ここの領主の縁談相手よ。婚姻したとは聞いてないけど、したのかしら・・・』とマーヤさんが首を傾げる。
『もし、婚姻したのなら、その時なら皆で祝ってあげたと思うわ・・・まだ悪い領主ではなかったし・・・』
『どう変わられたのでしょう?』とオレ。
『顔を見せなくなつたわ。そして、税が増えたわ。賦役や人頭税。それに外からの者には交易税ね。お陰で人が来なくなったわ。』と憤慨した顔のマーヤさん。
『しかし、それほどの重税を課して住民を追い出したいのでしょうか?』とシュニッツァー殿。
『ええ、おそらく。領主が人前に表れなければ、いずれ騙し討にした事が噂に上がりますでしょうし、街を造り直したいと思うならば、古い住民は居ないに越したことはないですから。ただ連れて来る多くの人の当てがあるかによりますが。』
『領主は私達を追い出すつもりだと言うの?』とマーヤさん。
『多分、領主殿でないと思います。』
食事も終え、久々にマーヤさんと湯に浸かる。マーヤさんはオレの髪を洗いながら、何故か泣いている。
『坊、良かったわね。』と呟いている。
オレには何が良かったのか分からない。其の事を聞いても、いいの、いいの、とはぐらかされててしまった。
湯から出て、一人、一階の食堂に向かう。食堂には二人の男が離れて座っている。一人はシュニッツァー殿で、もう一人は猫殿だ。オレは、シュニッツァー殿に合図を送り、猫殿に近寄る。
『猫殿、ご無沙汰しておりました。お元気で御座いますか?』と、にこやかに挨拶をする。
『ああ、俺個人は元気なんだがな。』と困ったように返事が来る。
シュニッツァー殿の事を気にしているようだ。
『こちらは狼殿と申して於きましょう。私の連れです。これからは猫殿の依頼を何時でも受けれるように紹介しておきます。』
『そうか、それは有り難い。狼と呼ばれるだけの腕前であるのは分かる。よろしく頼みます、狼殿。』
『猫殿でありますか、こちらこそ。』
『で、ご依頼の内容は?』とオレが聞く。
『まずは、今のさばっている奴らを叩き出してほしい。
そしてその後におかしな奴らが入り込めないようにして欲しい。』と、猫殿がオレをじっと見る。
『つまり、テンフォやエイプスの街と同様に庇護を受けたいという事でしょうか?』と。
『出来れば・・・』
『成る程、お代はそれでという事になりますか?』
『出来れば・・・』
『まぁ、仕方ない・・・猫殿と姉様の為に頑張りましょう』とオレは笑う。
『済まないな。面倒をかける・・・宗家の方は大丈夫だろうか?』と猫殿。
シュニッツァー殿が難しい顔でオレを見る。猫殿がシュニッツァー殿の顔を見ている。
『宗家も二つの街に近いから嫌とは言わないでしょう。』
『虎殿は宗家の者なのか?』と猫殿が聞かれる。
今は誤魔化しておこう、と頭に浮かぶ。
『宗家の者というより、使われ者ですね。』
『そうか・・・なのか。』と猫殿。
『先程、街から兵が・・・奴らの兵が出て行っのだが・・・』と猫殿が続ける。
『それであれば、おそらく、狼殿が待機させている兵に気が付いたのでしょう。』
『兵を連れてきたのか?』と猫殿は嬉しそうだ。
『勿論ですよ。一度やられたのに、また来たと云う事は、ある程度の兵力を備えていると見るのが妥当です。傭兵は負けたら終わりですからね。十分な用意をするのが当然です。』と笑う。
猫殿もそれを聞いて安心したようだ。
『いや、この前は一人で済ませてしまったから、今度は二人で大丈夫と言われたら、どう止めようかと思ったが・・・』
と笑う。
『うん・・・二人でも大丈夫と思いますが』とシュニッツァー殿が笑う。
『駄目ですよ、狼殿。坊に危ない真似をさせてないでくださいな。行くなら一人でお願いしますね。』と、マーヤさんが戻って来て言う。
シュニッツァー殿はしまったという顔をしている。
あっ、成る程、そう云う事か。猫殿はマーヤさんに止められているのか・・・猫殿を見る。猫殿が頷く。
『姉様、今回は立ち回りは無いですよ。其の為に狼殿と兵を連れてきたのですから。それに、相手は出ていったみたいです。』とおれは柔やかに言う。
『なら、良いわ。ゆっくり飲みましょう。』とマーヤさん。
朝食も終わった。この後、領主の館に行く予定だ。猫殿を待っている。その間に、シュニッツァー殿は連れてきた二人と三人で街を見て回ると云って出て行った。オレは店先の卓の椅子に座り、周りを見ている。勿論、面は付けている。マーヤーさんも隣に座っている。何故か不機嫌だ。
『少年。父殿が亡くなられたの?』とマーヤさんが沈んだ顔で聞いてくる。
『今年の春先でした。我が家系は死に顔を・・見られるのが嫌らしく、死に目に会えませんでした。』と涙が滲む。
其れを見たマーヤさんが、
『少年、ごめんなさい。そんなつもりではなかったのよ。』と手を握ってくれる。
『いいのです。知り合った方が、坊、我慢をするな。泣きたい時は泣いた方が良いと言われます。姉様も泣かれたい時は泣かれればいいのではないですか・・・』、
『そうね。本当にそうね。坊はいい人に巡り会えたわね。』と泣いてくれる。
『これも姉様のお陰と感謝しております。』と微笑む。
『ねえ、坊、一つお願いがあるのだけどいい?』
『勿論ですよ。姉様の頼みであれば、出来る事なら何でも致しますよ。』とオレ。
『坊は私にとっての大事な子供なの。だから、月に一度は顔を見せてほしいの。』と顔を伏せている。
『そんな事で良ければ一度とは言わず、二度でも三度でも来ますよ。』とオレ。
マーヤさんの顔が明るくなって、オレを見る。
『今まではともかく、これからは宗家の旗が立ちますから、堂々と来れますし、何なら呼び付けることもできますよ。そうだ。これからは母様とお呼びしましょう。』
『その呼び方は嫌よ。今迄通り姉様にして。』と、また顔が不機嫌そうになる。
『は・・・』とオレ。




