ジオの夢 十二、マレルノ丘陵
サバよりゴドロノフに戻って数日経つ。オレは元領館の総督府にいる。自治のほうも順調に進んでいる。兵の宿舎の建設も始まった。
『レイ様、シュニッツァー殿ですが、少々厄介な事に。』
『そう、面倒なのは嫌だな。ほっとく?』とオレ。
『それでも良いとは思いますが、いる場所がマルレノ丘陵でございまして、レアンドラ様も係わりそうでございますが・・・』とベルンハルト殿が何食わぬ顔で言う。
『えー、なんでそうなるんですかねぇ。』
祖父様、あなたの遺言は十二歳にとっては大変です・・・
マレルノ丘陵はアゾフ平原北部から西に位置する。低い山に囲まれた盆地だ。オレ等はベレンの街に向かう。ベレンの街はマレルノ丘陵の入口に在り、質の悪い傭兵団に占拠されている。そして、今、其の傭兵団にシュニッツァー殿の一団も参加している。しかも間の悪い事に、討伐依頼が出たとの事。確かに面倒だ。
神槍と雷鳴と呼ばれる男がいるからと、陰伴の三人も来ている。
『ベルンハルト殿、討伐依頼を受けて来られたのですよね。』とオレ。
『はい。他の者に受けられると、増々面倒に成るかと思いまして。』
『討伐の証として、何を持ち帰ればよいのでしょうか?』
『はい。首領と三人の首を持って帰るのが条件となっております。』
『そうですか・・・分りました。では、手筈通りに。』
黒の外套に白の面を付けた、三人同じ衣装のオレ達はベレンの街の門の前に立っている。街は木の壁に囲まれている。見た処、最近作られたようだ。門は閉まっている。オレは黒の長剣を抜く。そして門の繋ぎ目に向けて剣を一閃、二閃させる。ジンツァー殿が其の部分を蹴り倒す。
オレ等は街の中に入って行く。街は大きくない。広場の向こう側に門が見える。ミュンツアー殿が向こう側の門を塞ぐ位置に移動する。
多くの怒号が聞こえ始め、広場に人が集まって来る。酒場らしき店舗から男達が出て来ているようだ。オレの後にジンツァー殿が、脇の離れた所にベルンハルト殿が待機している。オレは周りを見回す。シュニッツァー殿の一団もいるのが見える。
『おい、お前ら何しに来た?』と声が掛かる。
『団長殿は居られますか?』とオレ。
『お前、いきなり団長とは、随分と偉そうだな!』と脇から男が出て来る。
『あなたは副団長殿ですか?』と、男が出てきた方を見る。
その後ろ酒場か・・・の前に椅子に座った男たちがいる。
『そうだ。で何しに来た?』と出て来た男。
オレはゆっくり、その男に近づきながら話す。
『実はですね、あなた方が殺した方々の身内から、あなた方の首の依頼が有りました。それで頂きにあがった次第なのです。ですから、剣を構え、ご準備下さい。』と。
シュニッツァー殿が一門の誰かと話しをしているのが見える。
話をした男も、周りにいる男たちも怒鳴りながら、剣を構え、オレに向かってくる。が、気にせず剣を一閃させる。話をした男の首が飛ぶ。
更に、周りの男達の首を落としながら、座っている男たちの前に来る。
四人が座っている。男たちはどうした事か、動かない。固まったままだ。何を考えているのだろう。剣を一閃、二閃させる。四人の首が飛ぶ。
オレに向かって来る者と逃げ出そうとする者で、広場は混乱する。門に向かった者達はジンツァー殿とミュンツアー殿が斬り伏せていく。オレに向かって来る者はベルンハルト殿が斬り倒す。オレは申し訳ないが、脇に避けてシュニッツァー殿達の様子を見る。
シュニッツァー殿の一門以外は全て討伐が終わった。シュニッツァー殿の一門は二十人いる。討伐の最中、動く様子はなかった。
『さて、残るはあなた方だけとなりましたが、如何致しますか?』とオレは言う。
今のオレの気配は常人並みにしてある。男たちを討った時も途中でベルンハルト殿に替わって貰った。彼らはどう出るのだろう・・・。
『我等は殺しには加担しておらん故、離してもらいたい。』と、おそらくタリオン殿と思われるが、言ってくる。
『言わんとされる事は分かりますが、それは貴方がたの都合でありましょう。その様な言い訳が通るとお思いですか?』とオレ。
『世間の者は手を下したか、下さなかったではなく、その一味か、そうで無いかでしか見ません。あなた方はその極悪の仲間としか思われていないのです。そのことを肝に銘じるべきです。』
『そして、我々に対する評価も討ち果たしたか、打ち漏らしたかが評価の対象となります故、受けた以上果たすが役目なのです。』
ベルンハルト殿、ジンツァー殿、ミュンツァー殿が、シュニッツァー殿が動けぬ位置に移動する。オレはタリオン殿に身体を寄せて行く。
『タリオン様、こちらは我々にお任せ下さい。シュニッツァー様に加勢を。』と一人居た女性がオレに向かってくる。その加勢に男も二人来る。オレは剣を抜いていないし、仕舞ったままだ。まして殺気を出してもいない。にもかかわらず、オレを殺りに来るのか・・・
相手の力量も分からず、唯、闇雲に向かってくる。そんなに死にたいのだろうか・・・悲しい・・・悔しい・・・祖父や父は一族の者が無駄に死な無いように、静かに死んでいった・・・情けない・・・一瞬でその思いが募る。
オレは外套の陰で三人の剣を、右手で掴んだ六角棒の柄で弾く。と、身を左に開き、右手の肘で女性の腹部、同じ右手の甲で一人の顔を、更に左掌底で残る一人の顔を打ち、吹き飛ばす。その間、タリオン殿が慌ててオレを突いて来る。それを左手で掴んだ黒の長剣の柄で払い、その鞘で突きを返しておく。その突きは払われたが、間断無く、顔の左右、当たらぬ処に数回突きを入れておく。タリオン殿が驚き、動きが止まる。
『レイ様!』と声がかかる。
ミュンツァー殿か・・・
タリオン殿が驚いたままオレを見る。その驚いた顔を見るとまた、悲しくなって涙がてくる。オレは面を外すと、地団駄を踏む様に地面を蹴る。
『くそ!くそ!くそっ・・・なんで命を粗末にするんじゃ。馬鹿ものが・・・オレは・・・』
『レイ様、それ以上は。』とミュンツァー殿が言う。
『オレははたかが十二歳の子供じゃ・・・』
オレは涙を拭うと、黒の外套を脱ぎ、それと面をミュンツァー殿に渡す。
『ミュンツァー殿、すみませぬが後の処理をお願い出来ますか?』とオレ。
『畏まりました。この村は如何いたしましょう?』
『ジンツァー殿と相談のうえで、兵を入れておいて下さい。人数は任せます。』
『私は、レアンドラ様の元へ参ろうと思います。』
幻馬が現れる。幻馬に乗り、シュニッツァー殿の前に進む。
『シュニッツァー殿、私から申し上げる事はございませぬ。ただ、一度カリーナ様にお会いくださるようお願い申し上げます。』
『尚、次はありませぬ。一族であろうと・・・では。』
幻馬を西、レアンドロへ進める。
ーーーーーー
レイ様は、我らにどうしろと言われる事無く行かれてしまった。シュニッツァー殿はどうお考えなのだろうか・・・
『ベルンハルト殿、レイ様は我らにどうしろと?』と私が聞く。
『シュニッツァー殿、まず、どうされるかお聞かせ頂きたいが?』ミュンツァー殿がシュニッツァー殿に向かって聞かれる。
『どうされるとは?どう言う意味かな?』と私が口を挟む。
ミュンツァー殿の顔が冷たく変わる。
『タリオン殿、我ら一族の者は領地の外に出る勝手は無い。宗家の許可無き場合、討たれても文句は無いはずでありすが。今回は特別と、宗家当主自らその意志を確認しにまいられた。それは一族に戻る気があるか、無いかである。通常であれば、一族より出たものと考えるであろうし、そなた等も当然そのつもりでありましょう。が、当代様はカリーナ様や大婆様の思いを鑑み、わざわざわ、シュニッツァー殿の面子を慮って、ここに来られたのです。』
『それなのに、傭兵紛いの人殺し集団におられるとは・・・、まあそそれはそれで仕方ないと致しましょう。しかし、相手の力量も図れず、命を投げ出すような修練の足りない者を、何故連れ出されました?その者達の命を何とも思わぬのですか?先代様や・・・』
『ミュンツァー、止めよ。』とジンツァー殿が止められた・・・
『すみませんな、タリオン殿。我らはあなた方が戻ろうが、出て行こうが、どちらでも構わないのですよ。お好きにとしか言い様はないですな。我らはレイゼン様がご無事である事、指令の遂行を全うする事しか考えませぬ。何せレイゼン様の右手、左手と呼ばれる存在な者で。』と笑われる。
『で、出来ればお手伝い頂きいのですよ。二人しか居りませぬので、人手が足りないですから。』とジンツァー殿が話を変える。
我らは後処理の手伝いをしている。遺体を村の外の一箇所に集め焼いている。しかし、何とも凄まじいものだ。多くの遺体が胴体と首が離れているのは、見るに忍びない。焼き終わるのに時間が掛かった。
ミュンツァー殿とジンツァー殿は兵の件で話をしている。兵符を部下に渡している。どこから連れて来るのだろう?それに、いつの間にか、ベルン殿が居なくなっている。
『お手伝い助かりました。我らはここに残っておりますが・・・シュニッツァー殿は戻る事をお勧めしますよ。もし戻らずに消えるような事にでもなれば、レイ様か、我らが追う事になりますので。』とジンツァー殿がシュニッツァー殿に話し掛け、笑っている。
先程、ミュンツァー殿の話をジンツァー殿が途中で止められた。何を言いたかったのであろうか。確かに、まだまだ未熟な者達だが、我らが補助をしてやれば大丈夫だろうに。シュニッツァー殿は何も言わず、考えておられるが・・・
ーーーーーー
オレはマレルノ丘陵を西へ進んでいく。目的の街はマレルノ丘陵の西の終わり山々の麓にある。その街から北へ向えば、山々を抜けてシュペルゲンの街に達する。ベレンの地とレアンドロの地の境界にきた。と、レアンドロの地に砦だろうか・・・丸太の柵に囲まれた住居らしき造作物が見える。
まぁ、後でよいだろう・・・オレはそのまま通り過ぎて行く。
『少年、何処に行くのかな?』と、後方から声が掛かる。
下半分の面は浸けていたが、フードは後のままだ。結んだ髪を見られたか・・・幻馬を返して相対する。女性が二十数人いる。あの砦から出て来たのか・・・
『はい、この先の街に諸用がありまして、その街へ向かっております。』とオレが答える。
『諸用か・・・、あの者達の知り合いかな。』と、ひとりの女性が微笑みながら聞いてくる。三十前後のお年のように見える。金色の髪がうねって背中の半ばまで達している。
この集団を束ねている方なのだろう。革のチョッキに、その内衣は、赤、紫、青の花柄模様で踝の長さだ。とても鮮やかで目立つ装いだ。それに頑丈そうな革の長靴を履かれている。
『あの者が何方を指されるか、分かりませぬが、祖父の遺言にて、レアンドラ様にお会いすべく、訪ねる途中でございます。』
『ご祖父殿はいつ亡くなられたのかな?』
『はい、長く患っておりましたが、昨年の秋口でございます。』
レアンドラ様であろうか・・・
『そうか・・・それは残念な事でありましたね。』と言葉遣いが変わる。
『私がレアンドラです。あなたはアイゼン様のお孫殿ですね。ライゼン様のご様子は聞いてもよろしいでしょうか?』とレアンドラ様の顔が硬い。
『はい・・・』と何故か涙が出て来る。面を外し、涙を拭う。
女性の方々がオレの顔を見ている。オレは照れ笑いをする。そんなに見なくても良いのに・・・
『お恥ずかしい処を。父は今年の冬明けに、やはり病にて亡くなりましてございます。』
『そうでありましたか・・・取り敢えず、住まいの方にてお話をお聞き致しましょう。』とレアンドラ様。
一階の大広間に案内される。吹抜けの天井は太い木の柱がみえる。食堂と兼用のようだ。広間の真ん中に大きな卓があり、レアンドラ様の傍らに連れられ、座る。
『色々、大変でございましたのね。』とレアンドラ様が言われる。
『いえ、私は外に出ておりまして、祖父の死に目にも、父の死に目にも会えておりませぬ。それが二人の遺言でもありました故。ですから戻りました時には、さ程の実感も無く、領地の回復に心を費やす事ができました。祖父も父も戰場に立てぬ故、一族の者の血を流させる訳にはいかず、領地も取られるままほ放ってありましたので。先ず、取り返す事から始めまして、それは最近終りました。』と、また涙が流れてくる。
『それらが終りまして、祖父も父も確かに居ないという実感がひしひしと湧いて参ります。で、ここの処で急に悲しみが増しまして、思い出すと直ぐに涙が出てしまうのです。特に初めてお会いした人の前で、留めなく流れてしまいます。大変にお恥ずかしい処お見せいたし、失礼を致しました。』と、顔が上げられない。
『お幾つになられましたか?お名前もお聞きしておりませんでしたね。』とレアンドラ様。
『レイゼンと申します。今年十二になります。』
『しっかりされておられますので、十六程と思っておりました。』と驚く。
『それはお若いのに、ご苦労な事を。』と周りの方々も声を上げて驚いている。
『レイゼン殿は、一族の方々の前では弱みを見せぬように気が張っているのですね。』とレアンドラ様。
一頻り、話しをしてくださった。心が落ち着く事が出きた。で、来訪した要件を話し始める。
『祖父の遺言は、
我が友レアンドロ殿とは、お互い助力を約した仲である。我は、その友の危急時に動けずにいた。誠に心残りである。レアンドロ殿の御息女レアンドラ嬢が如何されているかも気掛かりである。故に、レアンドラ嬢がお困りでないか、様子を調べ、如何であるか気に掛けてあげて欲しい。そして、もしお困り事が有ればお助けしてあげてくれ。
との事でございました。』
『で、微力ではございますが、何かお手伝い出来る事があればと思い、参ったのです。』
『レアンドラ様の可給のご希望は、街に戻られるという事でよろしゅうございましょうか?』とオレが話すと、
『レイ殿。確かに、それが目下の希望でなのですが・・・その為には如何したら良いか、手立てが分からないのです。何せ今は兵も居なくなりましたので・・・』
『裏切り者が出なければ、私達が街を去る事もなかったのですが・・・』
『裏切り者でございますか・・・それで納得致しました。常々祖父が申しておりました。レアンドロ殿は唯一、儂が本気で打ち合えるお相手であると。故に、高々五百程の兵に遅れを取るとは、私には思えませんでした。』とオレ。
『ええ、裏切り者より重傷を負わされても、尚裏切り者達の多くを討ち、私達を逃がし、事切れたようです。』
『私達に、兵をお出しくださるのですか?』と、レアンドラ様より少々年上の方が言われた。
『兵が必要とあればお出しいたします。現状、住民の方々が如何程で、兵の常駐はどうなっておりましょうか?』
『今は、住民はおりませぬ。兵は五百程にございます。』と年上の方が答える。
『住民の方々が居ないのであれば、兵は必要ありませんでしょう。兵を出せば、相手方も兵を要請致し、揉め事が長くなりまする。』とオレ。
『ではどの様に?』と同じ方が聞く。
レアンドラ様はオレを見ているだけで、何も聞かない。
『住民の方々の保護が必要無いとあれば、私一人で一刻も在れば、十分かと・・・』
『なりませぬ。もし宗家の御方になにかございますれば、一族の方々になんとお詫び申したらよいか?』
『トニア、止めなさい。』とレアンドラ様が入る。
この女性はトニア様と言うのか。レアンドラ様は派手な美しさだが、この方は厳しい美しさだな。剣の腕前も、なかなかだ。レアンドラ様の腕とそれ程変わらない。
『いえ、止めませぬ。我ら二十数人であつても躊躇致しておりますのに、お一人でとは全く無謀としか思えませぬ。まして、十二歳とお聞きすれば尚更お止め致します。』
『トニア様と申されたか、では、私を皆様でお打ちになられて見ては如何でしょう。もし、皆様が一打でも私を打つ事ができますれば、別の方法を考えましょう。』
トニア殿が合図を送ると、皆が席を立ち、剣を構える。
『レアンドラ様はよろしいのですか?お相手致しますよ。』と笑ってレアンドラ様を見る。
レアンドラ様は首を竦めただけで特に何も言われない。
オレはトニア殿を見ながら、殺気を強くしていく。トニア殿も、皆も動かない。
『レイ殿、その辺で許してあげて下さいね。』とレアンドラ様か少々困った顔を見せる。
オレは強めた気配を消す。固まっていた皆がうごきだす。剣をしっかり学んでいる為に、気配にて実力が理解できるから動けずにいた。
『トニア、どうでしたか?』
『まるで、先代レアンドロ様にお相手頂いているようで、息が詰りました・・・』と。
『でありましょう。我が父も宗家については、若き時より一騎当千であり、半日でも戦い続ける怖ろしき者よ、といっておりました。レイゼン殿も人を殺めた事がお有りですか。』
『・・・はい。八歳に外に出てより、数え切れぬ程になりましょう・・・』




