第三章 最終話 やがてみのる果実
□□□□
「この中の誰か一人でも反対する者がいるときは、この話はなかったこととします」
──フタバ、いいかな。
──うん。
──フタバにとっても辛い思い出なのに、ごめんね。
──ううん。あのときは私の力が足りなかったから。誰も憎んではいないよ。
治療の前にフタバと心の会話をしたとき同時に記憶も伝わってきた。イノカの治療に必要な情報を得るためだった。そのとき別の記憶も伝わってきた。魔人は魔核にひびが入り、周りに瘴気を放出していた。魔核から出たばかりの瘴気にはその持ち主の記憶が含まれるらしい。以前魔獣で同じことが起こった。
「私たちは構わないわ」
「はい、ヒトミさま」
残りはオオエヤマ家の二人だ。
「⋯⋯罪は許せない。でも人を許すことはできると思うかしら」
「はい、イノカお姉ちゃんとおんなじです」
イノカは葛藤しているようだ。ムツミはイノカの決めた通りにするみたいだ。
「イノカ、あなたが嫌ならやめます」
「ありがとうございます、ヒトミ様。でも私も憎むのをやめたと言ってもらえました。なら私もそうしたいと思います」
きっと、オタミさんのことだろう。
「ムツミも良いでしょうか」
「はい、ヒトミ様。お姉ちゃんといっしょです」
全員手伝ってくれることになった。
■■□□
あの者達はなにをやっているのだ。早く自分の魔核を砕いてくれぬものか。治療は無事終わったようだ。あの少女も例の巫女も幼い精霊も無事だ。六人は自分に近付いてきた。ようやくその気になってくれたか。件の精霊が放つ霊気は強いらしい。瘴気がどんどん浄化され始めた。やがて魔核にも強い霊気が届きだした。魔核も表面から順に浄化されていく。これでようやく終われる。
瘴気が、いや今は霊気か、それが散らされぬ。何をやっている、それでは自分を倒せぬぞ。他の者でも良い、今なら軽く散らせるだろう。他の者達も霊気を集めだす。オオエヤマ家の精霊は赤い霊気だ。あの少女も少しまとっている。イクノブ家の精霊と巫女は青い霊気だ。例の巫女は緑の霊気を集めている。件の精霊のものに近い。だが何かが違う。
赤と青と緑が重なり白き光となった。白い光の中であの少女が何かに祈っている。その間も自分の瘴気や魔核は霊気に変わっていく。霊気は散らされぬ。やがて全ての瘴気と魔核が霊気に変わった。これでは魔人とは言えぬ。まるで精霊ではないか。いったい、何をしたいのだ。
『トウジ兄さん⋯⋯』
「よ、よもや、トミカ!?」
いや似てはいるがトミカではない。あの少女だ。しかし話し方はトミカのものだ。まさか、少女にトミカが憑いたのか。少女は依り代だが幼い精霊が憑いている。二人の精霊が同時に一人の巫女に憑くことなど聞いたこともない。
『トウジ兄さん。私はこの巫女に憑いているわけではありません。兄さんとお話をできるように道を繋いでもらえたのです』
「そ、そのようなことができる者など⋯⋯」
緑をおびた光が舞っている。件の精霊の仕業か。何が望みだ。トミカをまた傷付けるつもりか。カタキの魔人にさえ勝った精霊だ。戦えば必ず負ける。いや戦いにすらならぬ。
「⋯⋯そこの精霊よ。自分は何をされても良い。トミカだけには手を出さないでもらえぬか」
「あなたは多くの人を手にかけました。その者たちを大切に思う人たちも大勢います」
「それは、わかっている。自分のしたことだ。自分に返してくれて構わぬ。だがトミカだけは傷つけないでもらえぬか」
自分の目の前でトミカを傷つけるつもりか。そこまでしないと気が済まぬぐらい憎まれていたのか。いや、その憎しみは当然のものだ。だがトミカだけは何としてでも守りたい。
「自分にできることであれば、何でもしよう」
「⋯⋯今から近くの里を襲えますか」
「そ、それは、自分にはできぬことだ」
「どうして、でしょうか」
「その里の者を大切に思っている者がいるからだ」
「世界のために力を使うことはできますか」
「ああ、それであれば、いくらでもやる。だからトミカだけは傷付けないでもらえぬか」
世界中から聞こえてくる声のことか。体が全て霊気になってから大きく聞こえる。この声の者たちを助けることなら自分にもできるであろう。
「では、二人で一緒に、世界のために力を使ってくだい」
思わぬ暖かな声に件の精霊の顔を見た。それまでそんな余裕はなかったのだ。件の精霊は優しい眼差しで自分を見ていた。白い光が強くなる。緑をおびた光が大きくなる。二つがからみあい天へ向かって飛ぶ。やがて天から無数の光が降り注いできた。
□□□□
『トウジ兄さん⋯⋯』
「トミカ」
『ごめんなさい、私のために⋯⋯』
「何を言う、トミカは悪いことなどしておらぬ」
トミカはイノカと繋がっている。互いの無事を確認するかのように、トウジがイノカをしっかり抱きしめる。トミカはそんなトウジに会えたことを嬉しがっているようだ。
──ねえ、ヒトミ。
──は、はい。何でしょうか。
──二人はいつ還るのかな。
──さ、さあ。いつなんでしょうか。
──イノカ様はあれで良いのかな。
──さ、さあ。どうなんでしょう。
派手に霊気を飛ばせば、この世界を守っている精霊達の一人ぐらいはやってくると思っていた。もしくは世界の声が大きく聞こえるようになったトウジが還っていくかと思っていた。
『トウジ兄さん、とってもキレイ⋯⋯』
「うむ、そうだな。最後に良いものをトミカに見てもらえた」
降り注ぐ光の中で二人が寄り添う。
『兄さん、お礼を言っておかないと⋯⋯』
「うむ、うっかりしておった。トミカはやはり、しっかり者だな」
『もう、兄さんたら⋯⋯』
「本当のことだぞ、トミカ」
トミカに来てもらうときは、白い光の中でイノカに願ってもらった。強い法術と近い血筋のためか、こちらはスンナリいった。
『ヒトミ様、ありがとうございました⋯⋯』
「おお、ヒトミ様とおっしゃるのか。トミカとまで会わせていただいけたこと、幾重にも感謝致します」
「え、ええ。たいしたことはしておりませんので、お気になさらず」
イノカと繋がったとき、トミカにも情報が伝わったようだ。
『では私たちをそろそろ⋯⋯』
「うむ、そうだな。早く世界のために力を使いたいものだ。ヒトミ様、送ってもらっても良いだろうか」
自力で還るわけではないらしい。
「そ、そうですか。せっかく会えたのですから、もう少しゆっくりしていただいても良いかと思いますが」
『ありがたいお言葉ですが、この体も巫女に返しませんと⋯⋯』
「うむ。とてもありがたきことではあるが、自分の罪を少しでも早く償いたいのだ」
「そ、そうですか。それは残念ですわ」
──フタバ、ど、どうしよう?
──うーん、ヒトミの方が詳しいと思うかな。
『まあ、何かと思って来てみれば、フタバとヒトミ様だったのですね。うふふ』
ツグミさんが来てくれた。よし、予定通りだ。決してイチカバチカでやったわけではありませんワ。
□□□□
その後トウジとトミカはツグミさんの案内で、世界のために力を使う精霊達のもとへ向かった。
フタバとツグミさんも言葉を交わしていた。ツグミさんはときどきフタバのようすを見に来ているとのことだった。そのとき私にも声をかけてくれると言ってもらえた。今後の連絡手段の目処がたった。今回得たデータも渡せた。ずいぶん驚いていた。かなり強い霊気を作れたらしい。シノハとムツミのことも待ってくれるよう他の精霊達にも伝えてくれるそうだ。
イノカとムツミのシンパシー率も第2段階に上がった。私が作ったプログラムの効果もある。シノハと共にムツミにも霊気の改良は続けてもらう予定だ。イノカはトミカの思うように体を動かしていたそうだ。トミカの記憶も流れ込んできたと言っていた。トウジを憎む気持ちは減ったかもしれない。
ハイブリッドのドローンも散布し直した。霊気が強くなったので山脈の六合目までカバーできている。神刀化も行った。瘴気を見付けたら自動で浄化するように設定した。魔核の小さな魔物であれば退治できると思う。
今回の件でわかったことが一つある。ミツエとシノハがあの魔獣を引き付けておいてくれなければ、だれかを失っていた。フタバとムツミの治療がなかったらイノカは助からなかった。イノカの剣が魔核にひびを入れなかったら、フタバかムツミを失っていたかもしれない。だれか一人でもいなかったら、だれかを失っていたかもしれない。
仲間がいるとそれだけで強くなれる。強さだけじゃない。普段の生活もずっと楽しくなっていた。これからもみんなのことは大切にしていこう。私の特殊な状況に安易に巻き込むことはできないけれど、リアルでの友人も大切にしよう。なぜかお見舞いメッセージも、もらえなかったが。
□□□■
「⋯⋯教授のフィルターは私のパーソナル・アドレスに届くメッセージも妨げているのですか」
「いや、そんな設定はしていないが。各国が制限している分はあると思われる」
「どうして各国はそのようなことをするのでしょうか」
「うむ。私が行っている研究の中には、情報が公になってしまうと、社会が多少混乱する可能性があるものも含まれているからだろう」
⋯⋯やはりそうか、教授のせいだった!
「多少の混乱といいますと」
「うむ。おそらく技術レベルが少し後退すると思われる」
「⋯⋯少しですか」
「うむ。大まかな概算だが一万年ぐらいだと予測できるのだよ、一美君」
「一美です! 石器時代じゃないですか!」
「いや、これでも軽い方なのだ。もう少し情報が漏れると、五十万年ぐらい後退する可能性がある」
「人類が滅んじゃいます!」
⋯⋯落ち着け、まずは落ち着くんだ。
「うむ。次は惑星規模の破壊が可能になるかもしれないのだ」
「⋯⋯惑星規模ですか」
「ああ、この太陽系の第3惑星ぐらいなら消滅する可能性がある」
「地球がなくなってしまいます!」
「う、うむ。あくまで可能性があるという程度なのだが、なぜか各国の監視が厳しくてね。私も困っているのだ」
⋯⋯いや、各国の方が困っています。
□□□□
今日はオタミさんのいる里による日だ。ドローンを神刀化したので、小さな魔物なら自動で退治してくれる。大きな魔物や魔獣が出ると私たちが退治しに行く。魔物が出ない日でも里は順に回っている。
「ふん、また来たのかい。まあ、上がって行きな」
「はい、失礼します。オタミさん」
「私も失礼します」
「おじゃまするわね」
「はい、上がらせていただきます」
「なんだい、辛気くさい顔して。嬢ちゃんは約束を守ったんだ、さっさと入りな」
「は、はい」
「う、うん」
オタミさんが作ってくれるものは、なぜかいつも美味しい。今日は何だろう。
【赤の書 了】
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。このサイトでは比較的目立たないテーマであるうえ、とても拙い文章でしたが、多くの方に読んでもらえたことが、とても励みになりました。
これで三章は終わりとなります。一年前初めて小説を書いたとき、文庫一冊分だけでも書き上げることを目標に一章を終えることが精一杯でした。
四章以降も各章の最初と最後は決めてから書き始めてはいます。なかなかそこに持っていけず苦戦しました。物語全体の最後も同様です。現在最終章になる予定の部分を書いています。こちらは現在も苦戦中です。ともかく始めたからには終らせることが目標です。
四章は近々投稿を始めたいと思います。よろしければ、そちらもお付き合いください。




