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精霊憑きの物語  作者: 味 毛布
青の書
54/365

第ニ十三話 ヒトミとシノハ


 □□□□


「昨日より動きのキレが少し悪くなった?」

「少々他のこともしておりまして。ミツエ様にご迷惑をおかけするかもしれません」


「それでも私よりずっと上だわ。今日も頼むわ、ヒトミ」

「ええ、もちろんです」


 ここは寮の裏にある広場。今日の教練が終わって、六人で練習をやり始めているところだ。イノカとの練習を今より多くできないか、フタバと相談した。前半と後半に分けることもできる。休憩中にシノハとムツミに助言することもできる。時間に余裕があるのなら、それで構わない。ただ魔人の情報はいつ得られるかわからない。その前にできるだけ力を付けておきたい。


 ミツエの中にあるハイブリッド・ナノマシーンの修正も終わっていない。シノハにも早くできるようになってもらいたい。シノハだけでできるようになれば、私たちが魔人のもとへ向かっても、ミツエのことを任せられる。ミツエも体術の練習相手を求めている。強くなりたいとの気持ちが感じられる。体の動きがよくなれば、小刀も扱いやすくなる。


 ミツエの動機はよくわからない。強くなりたいとの気持ちは真剣なものに感じられる。何か思い詰めていることでもあるのだろうか。いつか話してもらうためにも、ミツエとの練習は続けたい。


 私の力はたかが知れている。リアルでは体を自由に動かすこともできない。VR環境で体を動かす練習を積んだため、ずいぶん動かせるようになってきてはいる。他のアプリのデバッグやテストプレイも継続している。電脳世界のことも詳しくなってきた。この世界のシステムを維持するのは私ではまだ難しい。教授のフィルタはまだ越せない。私にはその程度の力しかない。でもあきらめたくない。一人も欠けることなく、みんなで新しい世界へ行くんだ。


 次の瞬間、視覚データが途絶え、ミツエに良いものをもらってしまった。こちらの扉も開きそうですワ。



 □□□□


 ──フタバさん、攻撃が迫ってくるときに、剣気で視覚データを操るのは、やめてもらっても構いませんワヨ!

 ──ふーん、何のことかな。ふふっ。


 ──何か新しい扉が開きそうですワ。

 ──ミツエ様とかな。


 ──い、いえ。も、もちろん、一番目はフタバさんがよろしくテヨ。

 ──じゃあ私が開いちゃっても良いかな。


 ──え、えーと、今はちょっと待って欲しいですワ。

 ──ふふ、どうしようかな。


 今のフタバさんは、嬉しそうなフタバさんだ。少しワクワクしている気持ちが伝わってくる。私もちょっとドキドキする。



 □■□□


『今の状態では、言葉がときどきくずれてしまうかもしれません。良いですか、シノハ?』

「は、はい。もちろんです。ヒトミ様」


 今日の稽古のとき、ヒトミ様が「頭の中から」話してくださった。ヒトミ様はお体を使ってミッちゃんと稽古をしておられる。フタバ様と心でお話をされている。普段よりずっと細かいお話をされているみたい。頭の中から話してもらえるのは、依り代に憑かれた精霊様からだけだと聞いている。お体をまとわれながら、他の依り代の頭の中からお話される精霊様のことなど聞いたこともない。


『ありがとうシノハ。あの二人は強いわ。皮をかぶる余裕もなかったのです。今の状態はシノハにしか頼めません。霊気の相性の違いでしょうか』

「皮をかぶるでしょうか」


 意味はよくわからないけど、普段よりもお気軽に話してくださる。暖かな気持ちも伝わってくる。私の霊気と相性が良いみたい。とても嬉しい。


『え、えーと、その、とにかく、あまり気にしないでください』

「はい、ヒトミ様」


『ふふ、できれば様付けもなくしてください。かしこまった話しか方もしないでもらえると嬉しいです』

「そ、そんな、ヒトミ様。お、おそれ多すぎます」


『ふふ、少しずつでも良いですよ、シノハ』

「は、はい」


『よし、これでシノハ・ルートにも入れそう!』

「シノハ・ルートでしょうか」


 意味はよくわからないけど、ヒトミ様が私のことを大事に思ってくださるのは感じられた。嬉しい気持ちが大きくなる。ネットリしたものも感じられた気がする。ヒトミ様がそのように思われるはずがない。きっと気のせいだと思う。


『えっ! そ、そうか、今は伝わってしまうのか。えー、これも気にしないで欲しくてヨ、オホホ』


 ヒトミ様から心頭滅却とい言葉が伝わってくる。これも気にしない方が良いのかな。


『と、ともかく、今日の練習、じゃなく、鍛練を始めましょう』

「はい、ヒトミ、さま」


 少しやわらかに言えたと思う。ヒトミ様との間が縮まったみたい。また少し嬉しくなった。ヒトミ様は稽古や鍛練のことを練習と言われることがある。一人でもできるのが鍛練、相手が必要なものを稽古と、イクノブ家では呼ばれる。


『えーと、先ずはムツミでしょうか。気に入ってくれたみたいですし、昨日のお菓子の続きで良さそうです。シノハ、私の言葉をムツミにも伝えてもらえませんか』

「はい、ヒトミさま」


 ムツミ様にはヒトミ様が薄い影のように見えるみたい。不思議そうなお顔で見ておられる。ヒトミ様だとは、わかっておられるのだと思う。少し言葉も伝わっているみたい。


『熱電素子の扱い方からかな。再現データを渡せるのなら、そちらが早いのだけど。よし、試してみるか』


 ヒトミ様がご自身に向かってお話されている。知らない言葉がたくさんあって私にはわからないことばかり。


『シノハ、ムツミの手を取ってみてください』


「はい、ヒトミさま。ムツミ様お手をお借りても良いでしょうか」

「うん」


『昨日の経路、えー、力を伝えやすくしたところを通して、今から二人に情報を送ります。できるだけそのまま読み取ってみてくれますか』

「はい。ヒトミさま」


 意味のわからない言葉も少し混じっている。ヒトミ様ができるだけ私にもわかる言葉にしてくださる。言葉の印象も伝わってくる。


「ムツミ様。今からヒトミ様が私たちに何かを伝えてくださるそうです」

「う?」


「できるだけ、その教えをそのまま受け取って欲しいとのことです」

「うーん、うん」


『では、少し送りますよ』


 そう言われると、ヒトミ様は私の中に、昨日の菓子の印象を伝え始める。私はムツミ様にそれを伝える。菓子の印象はとても細かい。菓子を形造る霊気一つ一つの並び方や繋がり方も伝わってくる。普段と状態の違う霊気も多い。霊気の向きさえ伝わってくる。これがヒトミ様が見ている世界? 私が今まで学んできた知識よりも、菓子一つに込められいる知識の方が多い。これを言葉で伝えようとしたら、何年もかかりそう。やがて菓子の知識が私の中でかたまっていく。


『どうですか、イメージはかたまりましたか』


「は、はい。どうにか、かたまりそうです、ヒトミさま」

「うーん?」


 ムツミ様のかたまり方はまだ十分ではないご様子。


『一度では難しいようです。シノハ、あと何度かムツミにデータを送ってくれませんか』

「はい、ヒトミさま」


 ヒトミ様の言葉の意味もわかってきた気がする。ヒトミ様から伝わってくる知識をムツミ様へ送る。同じことを数度繰り返した。最後は私の知識をムツミ様に送ることができた。ムツミ様の中でも十分な知識がかたまったみたい。


『再現データは送れたみたいです。シノハありがとう』

「い、いえ、滅相もありません」


『じゃあ、昨日と同じ要領でクッキーを作ってくれませんか』


 ヒトミ様は何でもないことのように言われる。私やムツミ様にあれだけのものができるのかな。そこで気が付く。ミッちゃんを治すにはこれくらいでは足りない。昨日見せていただけたヒトミ様の技はもっと繊細だった。これはミッちゃんを助けるための鍛練なんだ。なんてお優しい方なのだろう。また涙がこぼれそうになる。でも今は教えていただけた技を使えるようにするのが先。


「はい、ヒトミさま。やってみます!」

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