第十四話 妹を託す
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私がこちら側に来てから、しばらく経った。システムや外の世界のことも少し理解できるようになった。今は大切な妹を託せる人を探している。フタバちゃん、こんなに早く還ることになってごめんね。
私達がいた世界は、外の世界の一部でしかなかった。ツカハラ家に三世代ごとに来てくださる大精霊様がお創りになった世界だ。大精霊様はときどき私達に知識を授けに来られる。それ以外はほとんど干渉されていない。
以前は新しくて強い霊気を私達の世界に送ってくださっていた。今は私を含めた精霊達で更に新しい霊気を作っている。私達の世界と外の世界の時の進み方は異なる。私達の世界の瘴気が強くなる速さは、外の世界よりはるかに速い。大精霊様に授けていただいた分だけでは間に合わない。今は私達精霊も霊気を強くしている。
強くしたものを私達の世界に配ってもいる。世代が進むごとに瘴気に対抗する力が強くなってきた。ほかの精霊達と一緒に私も霊気の改良に取り組んでいる。ここまでは私達の世界を守るために必要なこと。私には世界よりも大切な妹がいる。その妹を守れる力を持った人が必要だ。私は外の世界でも探し始めた。
ある日とても強い人を見付けた。その人はにわかには信じられないほどの鍛練や稽古を積んでいた。私には理解できない別の世界でも色々な状況に対応していた。強さは申し分ない。でもときどき心にかげりが見える。フタバちゃんを託しても大丈夫だろうか。
私は外の世界からその人をいざなう準備に取りかかった。ツカハラ家の道場に似た小さな世界を作る。何度か稽古を見てもらった。その人はとても優しい眼差しで稽古を見てくれる。とても暖かな雰囲気をまとっている。この人になら託せる。私はその人を自分達の世界にいざなうことにした。私の大切な妹をお願いね。
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あの時から何年か経った。
「フタバ集中しろ!」
「は、はい、兄上!」
私は何かを振り払うかのように、稽古に打ち込む。もう足手まといはごめんだ。少しでも強くなるんだ。何度も稽古をするうちにあの頃ぐらいには戻れたと思う。まだ足りない。あの時と同じなら意味がない。もっと強くなるんだ。更に稽古に打ち込んで、ようやく昔の自分を越えることができたと思う。稽古に打ち込んでいると考えごとが減る。私は何かの飢えを満たすかのように、ひたすら稽古に打ち込んだ。
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あるとき大きな魔物に襲われた。兄上と私で倒すことができた。私を守りながら戦っていた兄上が、大きな怪我をしてしまう。そのとき同じ大きな魔物が三匹も現れた。
「フタバ、このことを父上に」
「あ、兄上」
冷たいかたまりが大きくなる
「フタバ、我らツカハラ家は民を守るためにある。この出来事を伝え人を集めてもらう必要がある。あとは頼んだぞ、フタバ」
冷たいかたまりが、ぐっと大きくなる。
── 心配しなくても大丈夫ですよ、フタバ。ふふ、すぐに助けが来ますよ ──
ツグミ様? 以前と違いハッキリとは聞こえない。でも構わない、これはツグミ様の声だ。次に何が起こったのかわからなかった。それだけ速い動きだったのだと思う。最近ときどき稽古に来てくださる精霊様が、魔物に突っ込んでいった。その後精霊様は私の体を動かして、私達を助けてくださった。
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ある日その精霊様の「記憶」を見た。その精霊様、少女は大きな悲しみを抱えていた。少女も大切な人を失った。孤独に震え言葉も失った。体もたくさん失った。心を守ってくれる思い出まで失った。それなのに、いつも優しくしてくれる。いつも私を暖めてくれる。今もそう。
私がツグミ様のことを思い出していると、いつものように私を優しく包んでくれていた。背中を緩い調子で優しくたたてくれている。暖かさを全身に伝えてくれる。その少女は自分のまわりにいる人を放っておけない。自分の悲しみは心の奥底に押しやって、大きな優しさで皆を包もうとする。
私たちのシンパシー率は第3段階。少し強く思っていることが互いに通じ合う。普段の優しさの奥に深い悲しみがあることを知っている。大切な存在を失うことを何よりも恐れ、何よりも「許せない」ことも伝わってくる。
──ありがとう。
──ううん。
私を想う暖かさ伝わってくる。優しい想いで私を包んでくれる。私が無理をしすぎると、それが伝わってしまう。逆に少女を悲しませてしまう。いつか無理をせずに私が少女の心を守れる日がくるのだろうか。今の私ではその少女の優しさにゆだねることしかできない。でも私も強くなるね。
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フタバは眠ったようだ。フタバにとってツグミさんは母親でもあり姉でもあった。それを失う悲しさは私も知っている。私の記憶はところどころ抜けている。でも大切な存在を目の前で失ったことは覚えている。同じ気持ちには誰にもなって欲しくない。
リアルの私は治療中の十代の小娘でしかない。VR環境で多くのデバッグをこなしたため、少しは電脳世界のことに詳しくなった。軍のサーバぐらいなら入ることもできる。データの書き換えぐらいならできる。教授の作ったフィルタを越えることはできない。何の力も持っていない。
この世界の人々はリアルの人々と見分けが付かないぐらいの再現度で作られている。あの教授が作ったものだ。私はこの世界の人々とリアルの人々を区別することはやめている。教授も同じだそうだ。私が自由に体を動かせるのはVR環境の中だけだ。
この世界の人々だけなら私の力でも少しは助けになることができる。フタバのようにこの世界には私にとってとても大切な存在がいる。ツグミさんもそうだ。ツカハラ家のヨシヒデさんやヨシノリさんも今では大切な存在だ。この学園に来てから親しくなったあの四人も私にとって大切な存在になっている。
私の力は電脳世界でも少ししかない。この世界を作った教授やこの世界を守り続けているツグミさん達に比べると、たかが知れている。身近にいる人だけでも守りたい。少しは力になりたい。私の力ではたいしたことはできない。せめて自分にできることはやっていこうと思う。
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イノカが追っている魔人とツグミさんが戦った魔人は多分同じだ。その魔人の情報はまだつかめていない。この学園には多くの地方からの情報も集まってくる。いずれは情報も得られると思う。その魔人と戦うことになったときに力が必要だ。誰も欠けることのないようにしておきたい。今は力を付けているところだ。このまま力を付けていけば良いと思う。
それとは別に、気になるのはイクノブ家の二人だ。シノハの中にあった、ときどきバグを持つナノマシーンも気になる。ミツエの中にあるハイブリッド・ナノマシーンはもっと厄介だ。バグのあるものとないものの両方が存在していた。強引に直すことはできると思う。その場合ミツエを作っているナノマシーンの再現データを壊してしまう可能性がある。強引な方法は避けたい。
シノハの中にある奇妙なナノマシーンの再現データは、ミツエが持つハイブリッドの影響かもしれない。二人のシンパシー率は高い。多分第2段階ぐらいだと思う。それが原因でバグのあるデータが送られたのだろうか。可能性はある。
私とフタバが第2段階のときも、ある程度の情報のやり取りはできた。フタバに色々な知識を伝えてしまった。あのときフタバの振るまいが少し変わった。今は第3段階だ。もっと余計な知識を伝えてしまっている。もっと振るまいが変わってくれるのだろうか。
そういえば最近のフタバさんは妙に寛容になったと思う。二人とイノカとの新しい世界も許してくれているようにも感じられる。ひょっとしたら、イクノブ家の二人に加わってもらうことも許してくれるかもしれない。シノハとミツエの問題を早急に解決しよう。私にできることは全部やるんだ。




