第ニ十ニ話 オバテク様
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「⋯⋯魔獣でしょうか」
「はい、ヒトミどの。今回あのものらは魔獣を退治したと聞いております」
ここはツカハラ家の救護所の一室。怪我をしたときの状況を聞いておきたかった。ヨシノリさんとイチロウが対面に座っている。フタバは私の隣だ。近くの部屋は怪我人を寝かせる場所が並んでいる。そこで寝ているジロウにサブロウが付いて様子を見ている。
「元が虫などであれば魔物、元が動物ならば魔獣、元が人や精霊ならば魔人と呼ばれております、ヒトミどの」
魔人の話のときフタバが悲しそうな顔をする。私はそっとフタバの手を握る。
「精霊様に強くしていただけた槍がなければ、おそらく三人とも生きてはいなかったと思います」
イチロウがそのときの様子を語り出す。三兄弟は私が穂先を霊刀化した槍を持って、いつもの見回りコースを回っていた。途中小さな魔物に出会った。穂先を霊刀化していれば、小さな魔物であれば触れただけで消滅する。ように見える。私がやったのは穂先のナノマシーンが修復プログラムを送るように変更しただけだ。魔物も含めこの世界の生き物は何種類ものナノマシーンの再現データでできている。
正常な動作をするものが霊気、バグのあるものが瘴気と呼ばれている。瘴気に侵食された生き物は巨大化し攻撃的になる。私が直接見たのは魔物だけだ。フタバの記憶にあった魔人は少し大きくなっている程度だった。ある程度大きくなった魔獣や魔人は、巨大化することより攻撃力を上げることにリソースを費やしているのかもしれない。霊刀はバグの修正を行うプログラムを送るようにしたものだ。
元々正常な動作をしているものには影響が出ないように調整している。修復プログラムを受信したバグあるナノマシーンは正常な状態に戻る。近くにバグのあるものが存在するときは、そちらにもプログラムを送る。バグがなくなると元の大きさに戻ろうとして大部分のナノマシーンが空中に放出される。ここの人達から見ると、魔物の体が消滅したように見える。ただ修復プログラムをうまく送り込めないナノマシーンもある。
どこかのマッドが作り出した、有機と無機のハイブリッド・ナノマシーンだ。正確にはその再現データだ。ハイブリッド・ナノマシーンは無駄に性能が高い。私もその技術で救われたのだが、それはそれだ。バグが残っているハイブリッド・ナノマシーンの集まりは魔核と呼ばれる。魔核のある大きな魔物では霊刀の効果が薄れてしまう。瘴気だけなら触れれば消滅する。魔核があるものであれば二太刀は入れなければ倒せない。
「⋯⋯魔獣に対して槍はいかがだったでしょう」
私は気になっていたことをイチロウに聞く。
「普段に比べ、格段に戦いやすくなっておりました。ただ魔獣は私やジロウのように中伝の中でも中程の者にとっては手強い相手です。ましてやサブロウはまだ初伝でしかありません」
フタバは中伝の中でもかなり上の方だ。もう少しで奥伝になれそうだと聞いている。ヨシノリさんはその上の皆伝。ヨシヒデさんはツカハラ流最高段位の極伝だ。
「我らは三人そろうと特別な三位一体の戦い方ができます。オヤジ殿に憑いたご先祖の精霊様に伝えてもらった戦い方です。精霊様は既に還られました。しかし技の方は文献でも残していただけたのです」
あー、あれだ。一度見たことがあるやつだ。黒い槍を持った三人がお団子のように縦一列に並んで魔物に向かって行くやつだ。縦一列に並ぶ理由が良くわからなかったけれど、それなりの攻撃力はあった。
「そのときも普段のように進んで行ったのですが、その白い魔獣が跳び、なんと私を踏み台にして! ジロウを攻撃したのです」
この話を聞いていても大丈夫だろうか?
「そ、そうでしたか、それでマッ⋯⋯ジロウさんが傷を負ったのですね」
「はい、そうです。白い魔獣は私とオル⋯⋯サブロウとで何とか倒しました」
おい、ワザとやってないか! ご先祖の精霊はきっと大精霊に知識を伝えられたに違いない。いや、どこかのサイトの情報を読み取った可能性もある。落ち着け、まずは落ち着くんだ。作品設定では100年以上前の話だ。あと10年か20年で200年前になる。それだけ前なら著作権もセーフだろう。メタなことを考えてしまった。ともかく話を戻そう、まだ大丈夫なハズ。
「そ、それで、普段と何か違いはなかったでしょうか」
「そうですなあ。倒した後で見てみると、魔核がかなり大きめでした。普段であれば指一本分もないのですが、今回は拳ほどの大きさでした。サブロウが持っていますので後程お持ちします」
魔核が大きい。しかも拳大だとは。今まで見たことのある最大の魔核は、2mの巨大カマキリのもので、1cmぐらいだった。
「魔獣の大きさはどうでしょうか」
「私より少し大きめでした。この辺りに出る魔獣としてはままある大きさです。なぜか魔核だけが普段より大きかったのです」
やはり魔核が原因のようだ。魔核が大きくなった理由はわからないけど。これも調べておきたい。
「色々教えていただき、ありがとうございます」
「いいえ、とんでもございません。これくらいではとても精霊様からいただいたご恩をお返しできておりません。ジロウのことも含め、本当にありがとうございます」
丁寧に礼をしたイチロウは、ジロウとサブロウのもとへ向かっていった。
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「この度は、息子を救っていだだき大変感謝しております」
ここはまだ救護所。先ほどまでイチロウが座っていた場所に女の人が座っている。ヨシノリさんとイチロウはジロウの様子を見に行った。女の人はツカハラ家に帰ってきたとき話をした人だ。
「元々の手当てが良かったのです。私は少し手伝ったに過ぎません」
「とんでもございません。私の手当てだけであれば、ジロウを失っていたかもしれません。誠にありがとうございます」
女の人の名前はタネミさんという。タネミさんはヨシヒデさんの実の妹にあたる。ツカハラ家の中では直系に近い血筋だ。あの三兄弟はフタバやヨシノリさんの従兄弟になる。タネミさんは法術の才能があるそうだ。この世界の法術はナノマシーンを動かすことを指す。うまく動かせる人は私がやったように怪我の治療もできる。あまり得意ではないらしいけど、フタバも少し治療ができる。タネミさんに精霊が憑いたことはないそうだ。ただ今のツカハラ家の中では治療する力が最も優れている。この救護所を任されてもいる。
「⋯⋯タネミさんの治療が良かったのは確かです」
あの時、無力だった私とは違って。さっきとは逆にフタバが私の手を優しく包んでくれる。私の記憶を見ているので、気にかけてくれたのだろう。ありがとう、フタバ。
「⋯⋯ここにある薬はずいぶん状態が良いように見受けられます」
「⋯⋯ええ、大精霊様より様々な知識を授かったと聞いております」
タネミさんは私の微妙な変化に気付いたのか話を合わせてくれる。大精霊か、何か手がかりが得られるかも? 私はあらためて周りを見回す。陶器の入れ物に様々な薬品が詰め込まれている。効能を保つためときどき新しいものに変えているそうだ。他にも包帯やガーゼになりそうな布が清潔な状態で並べられている。救護所の入り口近くには清潔な水も引かれている。救護所内で使う水は一度煮沸して消毒するということだった。怪我の治療を行う道具も同様に煮沸消毒している。
まるでリアルの病院のよう。もちろんリアルの病院に置いてある最先端の医療機器などはない。それでも可能な限り近付けようとしている。オバテクは、ひょっとして善良な人なの? いや、その判断はまだ早い。バックの企業か国家がお人好しだとは限らない。もしかしたら真面目な研究か何かかもしれない。だがフタバのこともある。慎重に判断する必要がある。
「タネミさんはオバテクについて何かご存知ないでしょうか」
「オバテク様言うと、ツカハラ家に来ていただける大精霊様の、内々での呼び名であることは知っております。何でもよく口にされる言葉から名付けられたそうですね。ええと確か口癖は⋯⋯」
タネミさんが懸命に思い出そうとしてくれる。
「小さな頃に小耳にはさんだ話ですので、どこまで正確かはわかりませんが『こ、これでもまだオーバーテクノロジー、だと?』と、よく言っておられたそうです」
オバテクはオーバーテクノロジーの略? ひょっとして、この世界にできるだけ多くの知識を伝えてようとしていた? ここの人々のことを考えて? もしかしたら味方にできるかもしれない。次にツカハラ家に来るのは今の世代か次の世代のはず。もし今の世代なら、フタバ? フタバは私を含めると二人の精霊の依り代になっている。多分そうだ今の世代ならフタバに憑く可能性が一番大きい。その可能性を見落としていた。




