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精霊憑きの物語  作者: 味 毛布
緑の書
23/365

第ニ十三話 魔核の牙


 ■■■■


 私はあの「災害」のことを悔いているのだろうか? わからない。どうやらそういった感情は、あまり持ち合わせていないと思われる。最初は多くのプロジェクトの中の一つでしかなかった。私が今いる環境は様々な実験や研究をするのに向いている。比較的容易に真空や無重力、超低温に近い環境が手に入る。


 マルチメッシュ接続機能を持つ複数の中継衛星の一部といつも繋がっている。世界的ネットワークに入るのも不自由は感じない。しがらみも少なく、研究に没頭する上で恵まれた環境にいる。地上では厳重な隔離と監視が必要な実験も、ここであればラボの一室を借りるだけで行うことができる。私のような人間にとっては、非常に理想的な環境だと言えるだろう。



 □□□□


「このあたりです、精霊様」

「ありがとうございます」


 イチロウの案内で昨日魔獣が出たところにやって来る。フタバとヨシノリさんが一緒に来てくれている。ジロウとサブロウはまだ救護所にいる。


 私はデバッグ・モードに入りまわりを調べる。


 一見したところ特に変わったところはない。瘴気が少し残っているぐらいだ。残っている瘴気もイチロウの持つ槍の穂先に近付いたとたん霊気に変わっていく。修復プログラムは正常に機能している。昨日サブロウに渡してもらった大きな魔核と、ジロウから採取した魔核の欠片を再度分析してみる。魔核は大きくなっているだけで表面の組成は変わっていない。大きくなった理由はわからない。内部に変化があるのかもしれない。魔核の一部が傷口から入ったのか。


 そう考えているとき、視界の端に違和感を感じた。思考加速をとき、近付いて確かめる。小さな魔核だった。大きさは1cmもない。今まで見た丸いものとは形が違っていた。爪、いや牙か。これでジロウを傷付けた? 私はそれを小さな布で拾う。状況を確認しておこう。


「イチロウが魔獣の踏み台になったとき傷を負わなかったでしょうか」


「ええ、軽いものだったのでもう治してもらっていますが」


「よろしければ、見せてはいただけないでしょうか」


「は、はい、もちろん構いませんが、その、服の下の部分ですが」


「ええ、構いません。お願いいたします」


 イチロウは赤くなりながら、肩当てなどの防具を外しだす。ヨシノリさんとフタバも手伝ってくれる。上半身があらわになる。筋肉もしっかり鍛えられている。私は傷あとを見ようとイチロウに近付く。よく見ようと肩に手をかけようとする。うん? 手が届かない? 何か既視感が。ヨシノリさんはイチロウの後ろにいる。フタバは私の近くだ。もう一度手を伸ばす。届かない。フタバの方を見ると穏やかに微笑んでいる。


 剣気! ヨシヒデさん以上だと? 一瞬のことだったが、確かに圧倒的な気配を感じた。もう一度手を伸ばそうとする。う、動かない? いや、動けないのか! 私が動こうとする瞬間だけ鋭い剣気に襲われ、体が思うように動かせない。「起こり」を剣気で抑えられている。こ、これは、とある流派で奥義とされる技。触れずに倒されてしまう。フタバは微笑んでいるが、なぜか寒気がした。


挿絵(By みてみん)


「うふふ、ヒトミさま、どうかされましたか」

「い、いえ、何でもありませんわよ、オホホ」


 冷たい汗が背中を流れる。


「ふふ、それ以上近付く必要はありませんよ?」

「え、ええ、ここからでも十分見えますワ」


 フタバは柔らかく言ってくれているが、私の体はなぜかすくんでしまう。仕方ないのでここから観察する。ヨシノリさんとイチロウは何も気が付いていない。イチロウの傷あとはほとんど残っていない。タネミさんが治療したようだ。わずかな痕跡から傷を負った状況を読み取る。左の前足と両方の後ろ足で足場にされたみたいだ。イチロウにも聞いてみる。


「魔獣の左前足と両方の後ろ足でしょうか」


「そ、そこまでわかるのですか。その通りです」

「おお、さすがはヒトミどの」


「ジロウは牙でしょうか」


「はい、正しくその通りです」

「このわずかな傷あとからジロウの状況までとは」


「ありがとうございます。とても参考になりました」


 お礼を伝える。その後イチロウが急に寒気に襲われたかのように震え、素早く服と防具を身に付ける。ヨシノリさんも手伝う。フタバは相変わらず一見穏やかそうにしながら手伝っていた。今一瞬イチロウの動きを促した。今戦えば必ず負ける。その自信がある。



 □□□□


「何やら今日は冷えませんか」


「うーむ、かもしれぬ。それより先ほどから鳥や獣の気配が感じられぬのが気になる」


「特に変わった様子は感じられませんが兄上。ヒトミさまは、いかがですか」


「え、ええ、私も特には何も感じられませんワヨ、オホホ」


「そうですよねヒトミさま、ふふ」


「そうか気のせいであれば良いのだ。余計なことを言ってしまったようだな」


 はい、嘘です。先ほどからビンビンに感じています! イチロウとヨシノリさんが前を歩き、私がそれに続く。フタバは私のすぐ斜め後ろだ。前の二人に近付き過ぎると、剣気で抑えられてしまい、フタバから離れることができない。この技は多分「私専用」だ。ほかの人に寒気を感じさせたり、一瞬怯ませることはできると思う。ただ、ここまで精密にコントロールできないハズ。ヨシヒデさんぐらい実戦経験を積めば、ほかの人に対してもある程度のことはできると思う。


 警戒心の強い鳥や獣は逃げる。魔物や魔獣は攻撃的になる設定がされているので、あまり効果はないと思う。ここまでの精度で私を操るためには、相当熱心に観察する必要がある。昨夜浴室や寝具のところで、ときどき熱い視線を感じた。いや、まあ、私も熱心に見ていたから、オアイコダネ! ああ、フタバの想いが嬉しい。嬉しいのだけどね? もうちょっとこう優しく包むようにしてくれても構いませんワヨ!



 □□□□


「魔核ですかな、大精霊ヒトミ様」

「ええ、小さなもので構いません。いくつかお譲りいただけないでしょうか」


 ここはツカハラ家。いつもヨシヒデさんと話しをする奥の部屋だ。近くにはフタバとヨシノリさんもいる。


「ほかならぬ大精霊ヒトミ様のお言葉です。それは一向に構いません。よろしければ、理由をおうかがいしても構わないでしょうか」


「ジロウが傷を負ったことはご存知かと思います。そのとき傷の中に小さな魔核が入り込んでおりました」


「おお、そのことに関してお礼申しあげるのが遅れておりました。我が一族の者を救っていただき、誠に感謝の念に堪えません」


「タネミさんの手当てが良かったのです。私はほんの少しお手伝いしたに過ぎません。ところがその魔獣の牙が魔核でできておりました」


「魔核の牙でございますか」


「はい。魔獣が出たところに行き、このようなものを見付けました」


 私は布で包んだ魔獣の牙を取り出す。大きな魔核も一緒だ。


「確かに牙の形をしておりますな。これで傷を負うとジロウのようになってしまうでしょう。それにこの魔核も普段のものより大きいものです」


「理由をご存知ないでしょうか」


「直接関係するのかどうかはわかりませぬが。文献によると数十年ごとに魔物や魔獣の数が増え、強くなるときがあるとのことでございます」


「⋯⋯数が増え強くなる、ですか」


「はい、数年ごとに数が増えることはございます。それに加え強い魔物や魔獣が出やすくなると記されております」


「数が増える原因はわかりません。魔物が強くなるのは、魔核が牙や爪に変じるからだと思います」


「ええ、その可能性はあるかと存じます」


「魔核できた牙や爪への対策を行いたいのです。そのため魔核をいくつか使わせていただきたいのです」


「おお、そこまでしていただけるとは。多くの霊刀を作っていただけたことだけでも随分楽に戦えるようになりました。重ね重ね感謝いたします」


 数が増える理由はわからない。北の山脈の向こう側で何かあるのかもしれない。この辺りに出る魔物や魔獣が増えるとフタバたちの危険性が増える。普段と同じ強さの魔物や魔獣なら霊刀があれば少しはマシになる。おそらく前回はツグミさんが還ってしまったときのことだろう。フタバに同じ思いをさせたくない。


 それに魔核の牙と爪だ。霊刀だけではジロウのように怪我人が出てしまう。ログアウトする前なら少しは手伝うこともできる。ただ再ログインのめどは立っていない。可能な限りの対策はしておきたい。すでに一体は出てしまった。一体だけですむとは限らない。

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