第十四話 魔人
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「行きますよ、フタバ」
「はい、ツグミ様!」
ツグミ様の木刀が迫ってくる。何合か受けることはできた。でもどうしても無理な体勢になってしまう。ツグミ様の打ち込みはそれだけ鋭い。とうとうさばき切れなくなったところに、スッと木刀が入ってくる。軽く触れるような衝撃だったけれど、これで一本だ。ツグミ様が私に憑いてくださってから三年ほど経ったとき、ツグミ様の姿は見えるだけでなく触れるようになってきた。
父上の話ではご先祖の精霊様の中では格段に早いらしい。精霊様は最初話して下さるぐらいしかできないそうだ。ツグミ様のようにお姿が見え、触れるようになり、お体をまとわれるようになるには時がかかる。更に強い精霊様は依り代の体を動かすまでになられるそうだ。ツグミ様が私の体を動かせるようになれば奥伝の技を直接伝えていただける。そこまで強い精霊様はあまりいなっかと父上はおっしゃておられたが、ツグミ様なら大丈夫だと思う。
早く奥伝の技を直接教えていただきたい。お体をまとわれるところまでこられたので、後二年か三年ぐらいだと思う。今のツグミ様はお体をまとって稽古を付けてくださる。それまでは動き方の見本をみせてくださったり、私の動きの悪いところを指摘してくださったりしていた。触れるかどうかぐらいのときは、私の動きに軽く手を添え正してくださった。その時は、優しい風に包まれているように感じられた。それも嬉しかった。その後、木の槍や短めの木刀での稽古を繰り返す。
「ふう、一息いれましょう、フタバ」
「はい、ツグミ様」
稽古が一区切りついた頃、ツグミ様がそうおっしゃった。ツグミ様との稽古で自分が上達しているのが分かる。もちろん兄上や父上には到底及ばない。最近はイチロウさん達との稽古も増えてきた。あの従兄弟の方達は槍の扱いがとてもうまい。色々学ぶことができる。三人で魔物を退治するとき、縦一列になって進む理由は分からないけど。
「ふふ、姉としてはそろそろ妹のお相手が気になって来ていますよ、フタバ」
「お、お相手ですか。わ、私にはまだ早いお話だと思います」
「まあ! フタバったら。恋する乙女に早すぎるということはありませんよ。ふふっ」
「そ、そうでしょうか。兄上と父上と、あとはツグミ様さえいてくだされば、十分過ぎるぐらいです」
「あら、私は三番目なのですか。うふふ」
「い、いえ。そ、その、ツグミ様は私にとっての『特別』なので、決して三番目ということはありません」
「じゃあ、どなたが三番目なのでしょう。ふふっ」
「え、えーと、そ、その」
「うふふっ、冗談ですよフタバ。気を悪くしないでください、ね」
最近はこの手の話でよくからかわれる。ツグミ様が楽しまれているようなので、構わないのだけど、ちょっと恥ずかしい。ツグミ様は謝られながら、私をそっと抱きしめてくださる。そのまま背中を一定の調子で優しく叩いてくださる。私はこのときが好きだ。暖かで優しい風に包まれているような気持ちになる。ずっと昔に感じたことのある、暖かくて懐かしい感覚を思い出せそうになる。
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「⋯⋯フタバ」
「はい、何でしょうか。ツグミ様」
優しく暖かな風に包まれていると、ツグミ様が普段はあまりされない口調に変わられた。
「フタバが私をとても大切にしてくれていることはわかっています」
「⋯⋯はい」
少し心がざわつく。
「ただ、一つ忘れないでもらいたいことがあります」
「⋯⋯」
「私は『ただの精霊』です」
「そ、そんなことは絶対にありません!」
「いいえ、そうなのです」
ツグミ様の言葉が予想外だったので、思わず大きな声を出してしまった。
「この世界の『成り立ち』について、何度か話をしたことがあると思います」
どうして、そういう話をされるのだろう。ツグミ様は私にとっての「特別」だ。いつも私の心を暖かくしてくれる眼差しで見てくださる。いつも私を大事にしてくださる。私の心は奥の方から暖かくなる。
「⋯⋯フタバ、いずれ私は還ります」
「っ!」
考えてもみなかったと言えば嘘になる。父上に憑いてくださっていた、ヨシカズ様という名のご先祖の精霊様も還られたそうだ。他の精霊様達も同じだ。話で聞いただけの大精霊様は違うようだけど、ご先祖の精霊様達はいずれ誰もが還られている。考えていなかったんじゃない、考えたくなかった。あの冷たさがまた戻って来るのが怖い。私は弱い。技が上達しても心がこんなんじゃ、いつか兄上か父上に迷惑をかけてしまう。でも、どうすれば強くなれるの? いつの間にか、涙がこぼれてきた。
「あらあら、ごめんなさいね、フタバ。今すぐどうこうという話しではないのですよ。ただ『いつかは』そういう日もくるということを、覚えておいてて欲しいのです」
そう言いながらツグミ様はいつものように私を優しく包んで下さる。
「⋯⋯はい」
私はとても小さな声でようやく返事をする。
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「フタバ、怪我はありませんか?」
「はい、大丈夫です。ツグミ様!」
今日は魔物が多い。兄上や父上はもちろん、他の門下生も実戦経験のある者が総出で対応している。あまり戦いに慣れていない人達は、それほど強くない魔物に対して何人かで戦っている。兄上や父上は一人で広い範囲を受け持っている。大丈夫だろうか。私は兄上や父上には到底及ばない。それでも今はツグミ様がいてくださるので、ある程度強い魔物相手でも何とかなっている。
先ほども腰ぐらいの高さの魔物を三体倒せた。これもツグミ様が手を貸してくださっているからだ。戦いの最中や終わるたびにツグミ様は私のことを気づかってくださる。もし怪我をしても、すぐに治してくださるので、私もそれほど緊張することなく戦える。それより先ほどからツグミ様の姿が薄くなるときがあるのが気になる。
「ツグミ様、一度下がりませんか」
私がそう言うとツグミ様はイタズラがバレた子供のような表情をした。
「ふふ、私はまだまだ大丈夫ですよ、フタバ」
「しかし、その先ほどから少しお姿が」
「⋯⋯今日は戦いが続いているので、少し霊気が足りなくなるときがあるのです。そんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫ですよ、ふふっ」
「霊気ですか」
「ええ、普段の稽古や少しばかりの治療であれば、減った分は自然に回復します。今日はそれが足りなくなるときもありますが、すぐに追いつきますよ。現にこうして話している間に、もう元に戻りましたから、ね」
ツグミ様は普段通りの笑顔をみせてくださる。気のせいだろうか。心がざわつく。
「わかりました。ただくれぐれも無理はしないでください。ツグミ様」
「あらあら、奥伝の私が中伝の方に心配されてしまったわ。うふふっ」
冗談めかしておられるので、本当に大丈夫なのだろうか。心の奥からあの感覚が上がって来そうだ。
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「フタバ、気を付けて。何か嫌な雰囲気だわ」
「はい、ツグミ様」
私の巫女としての力は弱い。それでもツグミ様がおっしゃられる雰囲気を感じることができた。今の相手は大きなクモの魔物だ。私とツグミ様で右側と左側を受け持っている。やがて魔物を倒すことができた。一人では無理だったと思う。
「ツグミ様、ありがとうござ、えっ?」
急にツグミ様が私を突き飛ばす。直前まで私が立っていたところを、ものすごい勢いで何かが通り過ぎる。
「い、いったい。ツ、ツグミ様!」
ツグミ様は初めて見る魔物と対峙していた。魔物? でもあれは。
「フタバ、動けますか」
「は、はい」
「ならば、すぐヨシヒデさんに報告を」
「え、私も一緒に」
「なりません、すぐに下がりなさい!」
今まで聞いたことがない厳しい口調だ。魔物は「太刀」でツグミ様に斬りかかる。ツグミ様も受けさばいているが、反撃まではできない。強い、ツグミ様よりも? 私は立ち上がると、ツグミ様の助勢に向かった。
「フ、フタバ!」
私の技量では、かえって邪魔になってしまうかもしれない。でもここでツグミ様から離れることなど、できはしない。
「くっ! 万物に宿るかけまくもかしこき者たちに願いたてまつる」
祝詞? でもあれはかなりの消耗をするはず。ツグミ様の周りに緑の光が集まってくる。今までみたことがない大きさだ。「魔物」はさすがに驚いたのか、少し後ずさる。
「その光と力にて まがごととけがれを はらえ給い清め給えと かしこみかしこみ申す」
そう言うとツグミ様は、魔物に向かって両手をかざす。光の集まりが魔物の方に飛んで行く。魔物はそれを避けようとしたが、光はそれを追いかける。魔物が避けきれずに光が当たる。一瞬魔物が膨らんだが、弾けることはなく、後ろに飛んでいった。ツグミ様がその場で膝をついていた。お姿も薄く見える。
「ツグミ様!」
私はすぐにツグミ様にかけよる。私は自分の霊気をツグミ様に送る。私の力は小さいけれど、少しはマシになるかも知れない。やがて少しだけ色合いが安定してきた。まだ完全には治っていない。
「もう! 姉の言うことを聞けない妹に育てたおぼえはありませんよ、フタバ」
ツグミ様が答えて下さるが、まだ安定しない。
「ツグミ様、あの魔物は一体何なのでしょう」
「あれは『魔物』ではなく『魔人』と呼ばれています」
「ま、魔人ですか」
「ええ、虫などに瘴気がついたものが魔物。動物なら魔獣と言いますよね」
「は、はい」
「魔人は元々、人や精霊なのです」
「ひ、人に、精霊ですか」
「ええ、そのため魔人は、人や精霊であった頃の力を使えるものもいます」
「そういえば、剣術を」
「魔人になるものは、元々強いものが多いと聞きます。故にツカハラ流では魔人と戦うのは奥伝の上位以上の者に任せるよう言われます」
私が知らなかったのはまだ中伝だったからだ。兄上や父上なら戦いになったのだろう。私は助太刀どころか足手まといだ。




