第十三話 一美
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何かが燃えている。とても熱い。臭いもひどい。
「一美!」
私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「お兄ちゃん?」
「無事だったか、良かった」
お兄ちゃんは私を心配してくれていた。
「怪我はないか、痛いところは」
よくわからないけど、痛みはあまり感じない。
「うん、大丈夫だと思う。お兄ちゃんは」
「こっちも平気だ。体は動かせそうか」
だんだん意識がハッキリして来る。自分の状態を確認してみる。ところどころ感覚がマヒしているみたい。何とか動かすことはできた。
「うん、動けそう。お兄ちゃん、何があったの。お母さんとお父さんは」
お兄ちゃんは一度目を閉じると、言いにくそうに口を開いた。
「⋯⋯事故が起こった。多分デブリだと思う」
その言葉で、私は今いる場所を思い出した。家族旅行で、月の公転軌道を回るリゾート用宇宙ステーションへ向かう途中だった。確か飛行機に運んでもらってから、成層圏外まで飛んで行く小型の宇宙船だったと思う。小型と言っても30人ぐらいは乗れたはず。ううん、今はそれよりもお母さんとお父さんだ。
「一美、落ち着いて聞いてくれ。オフクロとオヤジが乗っていた部分は、多分デブリの直撃を受けた」
「えっ」
私は慌てて周りを見る。乗客スペースのあったところとの間には、金属のシャッターしかない。私とお兄ちゃんは外の景色を見たくなって、展望エリアに向かう途中だった。ものすごい衝撃に襲われたのは、まわりが金属に囲まれた通路を通っていたときだったと思う。
「お母さん、お父さん!」
まだあまり動けない体を引きずって、シャッターを触る。
「熱い!」
いや冷た過ぎてそう感じたのかもしれない。何とかシャッターを動かそうとしてみた。手が痛くなるだけで動いてくれそうな気配もない。
「一美、ほら、落ち着いて」
「で、でも」
お兄ちゃんがゆっくりと話しかけてくれるけど、とても平静ではいられない。そこで気が付く。お兄ちゃんの下半身が二つの壁の間に挟まっている。あたりには血も浮いていた。
「お兄ちゃん!」
私はすぐにお兄ちゃんを助け出そうとする。ダメだ、全然力が足りない。重力がないのにお兄ちゃんを引っぱり出せない。このままじゃ、お兄ちゃんを助けられない。私は必死に周りを見回す。ほかの人や役に立ちそうな道具も見当たらない。そこでふと非常用脱出ポッドの案内が目に入った。あ、あそこに運び込めれば。いや、その前に応急手当だ。お兄ちゃんを助けるための道具だ。
「お兄ちゃん、ちょっとだけ待っていて!」
この宇宙船に乗る前、全員に渡されたデータを思い出す。避難経路の情報もあったはず。そんなに離れていない。私は大急ぎで扉の前へ行き、ロックを外す。中を確認すると⋯⋯あった。私は応急処置用のバッグを壁から引ったくる。簡易宇宙服や非常食もあったけど、今は関係ない。少し短めのロープと金属製の棒が途中にあった。それも急いで手に取る。
「今助けるから!」
お兄ちゃんの怪我のぐあいを確めようと、隙間からのぞきこむ。
「っ」
少ししか見えなかったけどひどい状態だ。そこでふと気がつく。お兄ちゃんの体を挟み込んでいる壁は、衝撃があったときに「私に向かって」倒れてきたものだ。
「お兄ちゃん。私をかばって?」
いや、考えるのは後だ。今は行動だ。私は棒を使って、即席のテコを作る。グッと棒を押すと、少し動いた。
「ぐっ」
お兄ちゃんが苦しそうにする。そういえばさっきから何も言われなくなった。私はテコをロープで固定すると、もう一度隙間からのぞきこむ。
「うっ」
中はとてもひどい状態だった。震えそうになる手を必死に抑えこみ、応急処置用のバッグを何とか開ける。痛み止めと止血剤・造血剤がセットされている注射器を取り出し、お兄ちゃんに注射する。輸血用人工血液のパックもなんとかセットする。お願い、間に合って。
「⋯⋯一美」
ほんの少しだけ顔色が良くなったお兄ちゃんが弱々しくつぶやく。
「お兄ちゃん、絶対に助けるから!」
私は他に使えそうなものがないか必死に探す。ともかく止血だ。でも壁をどかすと傷口が開いてしまう。救急セットの中には針と糸なども入っている。けどここじゃ手当てなんてできない。いや、できるかどうかじゃない、やるんだ。私は救急セットの中にあった医療用テープを手の届くところに貼っていく。テープは血ですべってなかなか貼り付いてくれない。
「⋯⋯一美、ここも崩れそうだ。だから」
「イヤ!」
お兄ちゃんが言おうとしていることを遮るように叫ぶ。どうして血が止まらないの? どうして誰も助けてくれないの? どうしてお兄ちゃんは私をかばったの? いつの間にかほかの言葉も叫んでいた。
「かわいい妹のため、兄として当然のことをしただけだ。さあ、そろそろ安全なところへ移動して、お兄ちゃんを安心させてくれ」
私はイヤイヤをする。お兄ちゃんは少し困ったような表情をすると、少し強目に私を押す。お兄ちゃんは私と違ってスポーツも得意だ。重力を感じない通路もすぐに移動できるようになった。私はそこまで自由には動けない。壁や手すりが必要だ。お兄ちゃんに押されたとき、どこにもつかまっていなかった。私の体は押され、そのまま通路の端まで緩やかに飛んでいく。そこにあった脱出ポッドの入り口にすっぽりと入っていった。
「ぐぅ、がっ!」
私が慌てて立ち上がろうとしている間にお兄ちゃんはテコに使っていた棒を強引に引き抜く。棒を入り口の近く目掛け投げた。シュと入り口が閉まるとともに、その向こう側から金属が崩れるような振動が伝わってきた。お兄ちゃんが狙った通り入り口が閉まったんだ。最期に見たお兄ちゃんの顔は、まだ小さかった頃、イタズラに成功したときに浮かべる笑顔だった。
「お兄ちゃん!」
私は脱出ポッドの小さな窓から、必死に周りを見ようとする。
「お、お母さん、お父さん?」
窓から見える宇宙船は半壊していた。船首の方にデブリがぶつかったのか、大きな穴が空いていた。あれではひとたまりもなかったと思う。メインの制御装置も船首の操縦席近くだったはず。お母さんとお父さんは、私たちを隔離していたシャッターの前にいた。
「あっ」
よく見るとお父さんはお母さんが飛ばされないように必死で支えていた。お母さんの手はちょうどシャッターを降ろす非常ボタンを押していた。制御装置が止まっても、乗客エリア側の非常ボタンなら操作できたと思う。二人が身に着けていたのは乗客全員に配られた簡易与圧服だけ。ほかの乗客と同じくヘルメットもない。時間があればヘルメットも装備できる。でも今回は誰も間に合わなかったみたい。いきなりの真空だと数秒ももたなかったはず。自分たちが避難することより私たちの気密を優先してくれた。
私たちを守ろうとしてくれたんだ。ごめんなさい。せっかく守ってもらえたのに、お兄ちゃんは。
ガクン。
「え、何」
急に脱出ポッドが揺れ出す。空気の抜けていく音も聞こえる。デブリに当たったときに、こちらも壊れていたみたいだ。もう、いいよね。
『⋯⋯一美』
『一美ちゃん』
『一美』
みんなの声が聞こえた気がした。私もみんなのところへ行くね。
『⋯⋯生きるんだ』
『生きていて欲しいわ』
『あきらめるな』
くっ、せっかく守ってもらったんだ。そう簡単に手放すことはできない。きっと幻聴だろう。でももう本物の声は聞けない。なら幻聴でもいい。私は無理矢理自分を奮い立たせ、簡易宇宙服に手を伸ばす。これがもつ間ぐらいは頑張るね。その後、酸素もなくなり脳組織の一部と体組織の半分以上を失った。ある種の低温睡眠のような状態だったからか、ギリギリ治療を受けることができた。やがてとてつもなく大きな喪失感が私を襲い出す。
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これは、ヒトミさまの「記憶」?




